01 インヴェイジョン
「兵糧を集めさせたのは、ここ、ここ、そして、ここ。
合流する他の魔族もそこに集まる手筈だ。」
日暮れ前、城の作戦室の中で、魔王が木の板を指さしながら言った。
板には、辛うじて地図と呼べる絵が描かれている。何か黒い石で魔王が手描きしたものだ。
キティンは、6人の近衛兵と一緒にその落書きを見つめた。
「こんなもので分かるわけがないだろう。」
「お前たちドラゴニュートの元住処に向かって進軍すれば、行く先々で待っている魔族のほうから声を掛けてくる。
食料と兵を拾いながら元住処まで行け。
そうすれば人間たちの要塞は目と鼻の先だろう?」
「だが、適当に進めば人間の斥候に見つかる。どうするのだ?」
先の戦争の前から、結構な量の斥候がドラゴニュートの国よりもこっち側に入り込んでいる。
様々なスキルでコチラを見張っているようで、行動が筒抜けになったり、罠が仕掛けられていたりと面倒な奴らである。
「案ずるな、斥候の眼は潰しておいた。」
「なんだ、斥候の眼を封じるようなスキルがあるのか?」
「いや、そのままの意味だが?
とにかく、お前たちは軍の統率に集中しろ。よいか。」
「むぅ。」
キティンは、不満を込めた相槌をしながらも、内心、ネオがまあまあの戦準備をしていたことに少し感心した。
いつもガットに乗って飛び回っていることは知っていたが、どうやら、各地に散らばっている魔族をまとめ上げるために奔走していたらしい。
だが、キティンの父にしたようなやり方で魔族を服従させているのだとしたら……。
反吐が出る気持ちを頑張って抑えつつ、明日から兵士たちへどう指示を出すのかに頭を切り替えることにした。
その時だった。
城の入口の方から、ザバッと水が飛び散るような音が聞こえた。
玄関の扉に化けているカツェとかいうスライムが、また何か獲物を捕まえたらしい。
無謀な人族とかならどうでもいいのだが、万が一、魔族を喰おうとしていたら面倒だ。
「見てくる。」
壁に立てかけていた斧槍を手に取り、キティンは作戦室の扉へ向かう。
近衛兵たちもぞろぞろついてきた。
そして、部屋の扉を開けようとした。
だが、キティンが扉を開けることはなかった。
勝手に開いたのだ。
扉の向こうに見えたのは、見たことのあるエルフの顔だった。
名前はマコ、だったはず。
「……。」
キティンの方が背が高いので、やや上目遣いの少女と目が合うことになった。
すぐに気付いたのは、彼女の首元から腹のあたりまで、赤黒く汚れていることだ。
白い服に良く目立つその色は、まず血で間違い無い。
次に気付いたのは、血の汚れだけでなく、服のあちこちに水で汚れたようなシミがあることだった。
ただの水ではない。
ねっとりと粘り気のある液体が服についている。
「スライムの……?」
「ネオはいる?
入ってもいいかしら。」
二人が口を開くのは同時だったが、キティンは最後までは言葉にできなかった。
平然としていてほぼ無表情のエルフと、それと不釣り合いに汚れた服装のいびつさに、キティンは寒気を覚えた。
どこか、殺気のようなものを感じる。
こちらの様子を窺い、すぐにでも行動に移せるように構えてすらいるような……。
キティンは、自分が彼女の前に立ちはだかるような状況になっていることに気付いた。
片手にしっかりと武器を握ったままである。
しかも、昨日、こちらから攻撃を仕掛けた前例もある。
「あ、ああ。いるぞ。」
そそくさと横に退いて道を開けた。
「ありがとう。」
マコは礼を言った。
そして、静かに作戦室に入ってくる。
漠然と漂う緊張感は消えていない。
「おお、マコよ。
昨日ぶりだな。
ぬ!どうした、その血は!」
その貫禄ある声色とは裏腹に、ネオは嬉しそうに出迎えた。
当然、服の汚れにも直ぐに気付いた。
「ネオ……。」
マコは恨めしい相手に向けるような眼差しで魔王を睨みつけた。
次の言葉を待つ一瞬の間。
それは、何か只事では無いことが起きたことを示すのには十分だった。
キティンたちも息を呑んだ。
そして、エルフが口を開く。
「もーっ!
ネオのせいでケガしたのよ!
何考えてるのよっ!」
エルフの少女がぷんぷんと怒りだした。
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マコはネオの前まで進むと、右手で魔王の顔をビシッと指さした。
「ネオさあ、ここに来たおっさんの騎士に『ドミネイト・モンスター』使って私を攻撃するよう命令したでしょ。」
「む?
確かにその魔法は使ったが、攻撃の命令などしてはいない。
ただ、王国にマコがいるという話を信じ込ませただけだ。」
……キティンの記憶では、もっと色々言っていた気がする。
「えー?
まあ、確かに、会っていきなり斬りかかってきた訳でもないか。
でも、そもそも何でそんなことしたのよ。」
「ふむ。
まあ、マコと連絡を取る手段が無かったのでな。
何かコチラに帰ってくるきっかけになればな、と思ったまでよ。」
「へえ。」
魔王の言い訳を聞いたエルフは不服そうに腕を組んだ。
「……。
もしかすると、マコは王都での暮らしが気に入って、二度と帰って来ないのでは無いかと考えてな。
ついでに、何かトラブルでも起きれば良いな、と。
その、あれだ。申し訳ない。」
「はあ。
そんなことだろうと思ったわ。」
心なしか、魔王が一回り小さくなった気がした。




