07 王の勅命
養子であるロランが首都エクスに帰還してから数日後、ガノはシャール王から呼び出された。
ガノの妻はシャール王の妹にあたる。
つまり、ガノは王の義弟である。私的に面会し、世間話や食事会をすることは多々あった。
王とガノが城内の一室で会うことを不思議に思う者は誰も居ない。
だが今回ばかりは、話の毛色が異なっていた。
応接室に居るのは、シャール王とロラン、そしてガノの3人。
王の趣味に合わせ、調度品は白や黒、茶といった落ち着きのある色に統一されている応接室なのだが、今日はいつになく重苦しく感じられた。
話は、ロランの口から一通り聞かされた。
魔王との敗戦の後、ロラン一行が軍隊から抜けだして魔王討伐に向かったこと。
空を巡回する魔王をドラゴンごと撃ち落とすも、正体不明のエルフ神官によって回復され、逃亡されたこと。
朽ちた城砦まで追いかけるも、マコと名乗るそのエルフによって追い返されたこと。しかも、その際には伝説の回復魔法で治療までされたこと。
ガノは、静かに唸るしかなかった。
まず、ロランを失いかねない作戦に怒りが湧く。
魔王はロランの姿を見て逃げたという話であるから、倒せる見込みがあると踏んだのだろうが、あまりに拙速な判断である。
実際、今回の件は待ち伏せを受けたようなものであり、そのエルフでは無く、魔王と共に他の魔族が待ち構えていたのなら、帰ってくることすらできなかっただろう。
魔王の出現に誰もが気を取られているが、先の戦ではドラゴニュートやスライムによる被害も大きかったと聞く。ロランが族長どもをあらかた退治したとは言え、魔族も未だ無視できない脅威なのだ。
だが、今回の作戦の立案者はおそらくシャール王である。
用兵は迅速であるべきとの王の信条と、身内を信頼しすぎる王の心情が合わさった結果だろう。
少なくとも、ロランが話す間、シャール王は何度も頷きながら聞いていたので、この作戦自体は王の認めるところである。
反論は出来ない。
そもそも、ガノにこの話をしたのは、終わった作戦の可否を聞くためでは無いだろう。
「私を呼んだのは、そのエルフへの対応のため、ですかな。」
「おお、流石はガノ、話が早い。」
シャール王がニカッと笑った。
ガノは話を続ける。
「伝説の復活魔法『リザレクション』を行使したのであれば、聖人として認め、迎え入れることができますな。」
「やはり、父上もそうお考えになりますか。」
「神から使命は告げられずにこの世界に遣わされた聖人は多いと聞く。
気が付いたら廃墟の中に立っていた、とおっしゃった方もいたとか。
何も知らないところを、魔王に付け込まれた可能性がありますな。」
「魔王によって召喚されたのかも知れないと、アストルは言っていました。」
「召喚術については魔術師のモージ殿ならば詳しいだろう。
だが、そこまで強力な存在を召喚することは出来るのか?。
召喚する存在に見合うだけの時間や魔力が必要だと聞いたことはあるが……。」
つい息子のロランと話し込もうとしたところで、シャール王がゴホンと咳払いした。
「そのエルフの処遇についてだが、こちらの戦力になってもらえれば上々。
だが、そこまでは狙わん。
まずは、魔王から引き離せれば良い。」
「歴史上、いずれも聖人は人と共にありました。
聖人とは知られずに、しばらく冒険者や田舎の一村人として暮らしていた場合はあったようですが、魔族に味方したことはありません。
今回もその様になるでしょう。」
「うむ、話が早く、本当に助かる。
そのエルフ、対価を要求してくる可能性もある。
富でも名誉でも、何でもくれてやると言って構わん。
全て、任せたぞ。」
「御意に。」
金銀財宝の類ならまだ良いが、地位や領地を寄こせと言われる可能性さえある。
領地も持たないような者にその様な交渉をさせるのは荷が重い。
横で話を聞いていたロランは、何か言いたげだ。
大方、聖人ともあろう者が対価を要求するのだろうか、とでも思っているのだろう。
若いな、と思いつつガノは声を掛けた。
「さて、ロラン。そのエルフについて、詳しく教えてくれ。
できれば、会話の一言一句まで思い出してもらえると助かる。」
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ガノは、大鷲グウェイの背の上で目を開いた。
「聖人とも目されるエルフを『魔王から引き離す』、か。
大任であるな。
若者たちには、任せられん。」
ロランの前では、王も、ガノ自身も、さも平和的な交渉を行うかのように会話をした。
だが、王のお考えは、あくまで『魔王から引き離せれば良い。』の一点。
そのためなら『富でも名誉でも、何でもくれてやる』と嘯いても構わないとの仰せだ。
一応、聖人エスの著書を使って一芝居打つ準備もあるそうだが、『富でも名誉でも、何でもくれてやる』のは実際には不可能。
つまりは、“嘘を吐いてでもエルフを魔王から引きはがせ”と言うこと。
そして、大事なことがもう一点。
――エルフの生死について、言及はなかった。
もちろん、聖人であれば、殺害など有り得ない話である。
だが、あの会話の中で、王は、そのエルフを聖人として認めるとは、決して“言わなかった”。
ガノとロランが聖人の話をしようとすると咳払いで打ち切り、会話に加わらなかった。
認めるのでも、否定するのでも無い。
それは、聖人とは認めないこともあり得ると言うこと。
試しにガノが『聖人が魔族に味方したことはない。』と話してみると、『話が早くて助かる』と肯定を返してきた。
結局は、『魔族に味方するのであれば、聖人ではない』ということだろう。
「やはり、若者たちには、任せられん。」
ガノは静かにつぶやいた。
果たして、もし、もしも、そうなった場合、どうなるのだろう。
とりとめのない考えがガノの頭にふわりと浮かんだ。
神の意に反するかのような行動をとった時、人類はどのような審判をうけるのだろうか。
今までと同じように世界は進むのかも知れないし、
もしかすると、聖人とは真逆の存在を遣わされるのかも知れない。
聖人とは真逆の存在。
魔王みたいなものだろうか。
「魔王は魔族にとって、聖人みたいな存在なのかも知れん。
フッ。」
頭に浮かんだ冗談ごとを、ガノは自嘲でかき消した。




