06 西の空
「うんうん、分かった。そうだよねえ。」
シスターエイの前で「読めない」「分からない」と騒々しい見習い修道士とマコ達を、リナードはなだめている。
見習い達は大体が10代の少年少女なのだが、その中に混ざっても全く違和感が無い年齢不詳エルフのマコ。
リナードは一緒くたにしてあしらっているのだが、マコ本人はそれでいいのだろうか。
普通のエルフはプライドが高いので、扱いには注意が必要なはずなのだが、マコに会ってからはシスターエイの常識が揺らいでいる。
エルフによっては多少雑に扱っても問題なさそうだ、と。
場が静まって一息つくと、リナードは皆から白い本を回収し始めた。
「あら、国にお返ししますの?
てっきり頂けるものかと。」
シスターエイは、ついケチ臭いことをこぼしてしまった。
リナードは持っていた十数冊の白い本を近くの長椅子に置き、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「お渡しできるのは診療所ごとに一冊です。
数日前から急いで作っているらしく、まだ写本の数が足りないのです。
本物には、表紙にドラゴンが描かれていたそうなのですが、省略されていますね。」
「急いで、ですか。
もしかして、何か重大な内容が記されているのですか?」
「言い伝えによると、この世界の慣例や規則などを示した本であるそうです。
歴史学にとっては重大な史書になるかも知れません。」
「慣例や規則、ですか。」
聖人エスが活躍したのは800年も前である。
昔の法律などに興味が無いといえば嘘になるが、そこまで知りたいと思う事でも無い。
魔王が出現して世間が騒いでいる今、なぜ、古い史書を読める人間を探しはじめたのだろうか。
「偉い人の考えることは分かりませんわ。」
ふと、パラパラと紙をめくる音がシスターエイの耳に入る。
いつの間にか、マコは長椅子に座りながら、積みあがった白い本をめくっていた。
「一冊貰えるんなら、コレを貰ってもいい?」
そう言うと、マコは白い本の一冊を手に取った。
どうやら、リナードとシスターエイの会話を聞いていたらしい。
散らばった白い本をよく見ると、本によって若干筆跡が異なっている気がする。
まあ、どれも読めないことには変わりないのだが。
「では、この診療所にはその一冊を置いていきましょう。」
リナードは苦笑いしながら、マコの申し出を快諾した。
そして、マコが散らかした白い本を鞄に入れてから、聖堂の中を見回した。
「ブラザーイーやブラザーエヌ、シスターエルはまだ、お戻りでは無いのですか?」
「ええ。
……まだ三人とも、戦場から戻ってはおりません。」
「軍隊はもう南西の砦まで帰って来ているそうなのですが、
魔族による追撃への警戒と、『行方不明者』リスト作りのため、怪我人も健康な者も足止めを受けていると聞きます。
……きっとご無事ですよ。」
妹であるシスターエルのことを想い、暗い表情になっていたのかもしれない。
気を遣わせてしまった。
『行方不明者』とは、つまり『死体が見つからない者』と言う事だ。
「行方不明はともかく、怪我人なら私がみんな治療してあげるわ。」
返事をできずにいると、横からマコの陽気な声が聞こえた。
長椅子に座ったまま、マコはニコニコしている。
「フフ、そうですね。
でも、いまは首都で回復魔法を使える者は少ないのですから、急に出て行ったりはしないでくださいね。」
今この街に残っている神官は少ない。
その神官が暗い顔をしていては、街の雰囲気が余計暗いものになってしまうだろう。
マコのように、全部自分にまかせろと冗談を言えるぐらいに泰然と構えることも、きっと神官の役目だ。
「うーん、それは約束できないわ。」
シスターエイは、マコが馬の魔物を退治するために朝から急に出かけたことを思い出した。
何かあれば、またいなくなるつもりなのだろう。
つい、表情がほころんでしまう。
「フフフ、それは仕方ありませんね。
……シスタージー、ありがとうございます。」
「え、何が?」
「ハハハ、これは心強いですね。
では、私は他の診療所も回らないといけませんから、そろそろ失礼します。」
リナードは、なにかに満足したかのように晴れやかな表情を見せると、荷物を背負って聖堂の扉へと歩みだした。
シスターエイは一緒に聖堂から出て、リナードを見送った。
大通りを西に進んでいったところを見るに、次は西門前の診療所へ行くのだろう。
「さて、今日も一日頑張りましょう。」
背筋を伸ばし、すっかり明るくなった西の空を見上げた。
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王国の首都から遥か西、風を切って大空をゆく影があった。
大鷲グウェイ。
同胞を魔族から守るため、人類に協力することを選んだ鷲たちの王である。
つい先日、三日ほどかけて勇者一行を魔王の居城から首都エクスに運んだばかりだった。
今日、その背に乗っているのは、勇者では無い、幾人かの男達であった。
その中でも一際目立つのは、身に着けた白銀の鎧に白いマントを纏わせている細身の男。
白髪交じりの短髪と、シワだらけのしかめ面に年齢を感じさせるその男の名は、ガノ。
シャール王の妹と結婚し、勇者ロランの義理の父となった男である。
彼に対するシャール王の信頼は厚く、貴族として王国の領地の一部を任されているほどである。
それだけでなく、その智謀を高く評価され、聖騎士としての称号をも与えられている。
そのような男が今、死地とも言える場所へ向かっていた。
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聖騎士ガノは、顔に当たる強風を物ともせず、真正面を睨みつけた。
目的地は、遥か西の地にある、魔王ネオの居城。
グウェイによれば、なるべく休まずに飛んでも3日は掛かるという。
背後には、フランリング王国騎士団の精鋭3人が同乗している。
装備の重さなども考えると、グウェイが背に乗せられるのは4人までが限界であった。
魔王に対峙するための手勢であればあまりに少ないが、今回の目的は戦闘することではない。
目的は、交渉。
それも、相手は魔王ではなく、魔王の部下を名乗るエルフだ。
ガノは目を瞑り、今回の任務を受けた時のことを思い返す。
それは、養子であるロランが首都エクスに帰還してから数日後の事であった。




