03 パフィ
ガットはとりあえず城砦で食事でも、と促したがネオが遮った。
「待て。2匹目の将軍も紹介しておこう。」
「2匹目、ですか?
そこの7人のドラゴニュートを軍の指揮官に据えるのでは?」
ガットの知る限り、ドラゴニュートの知性は高く、主従関係や指揮系統を構築するぐらいの秩序は持つことができる種族である。
将軍にするにはうってつけだろう。
ただし、オーガのような、腕力と権力の区別がつかない種族達が言う事を聞くのかは分からないが。
「いや、ドラゴニュート6匹はあくまで女王の護衛だ。
もう1匹の将軍はその後ろに居る。」
ネオの言葉を聞いて、ガットはドラゴニュート達の後方にある半透明の立方体を眺めた。
ソリは止まっているのにプルプルと震えている。
いや、表面がうごめいている。
「スライム、ですか。四角いのは初めて見ました。
失礼ですが、軍を任せられるような頭脳は無いのでは?」
「うむ、我輩もそう思っていた。
こいつを見つけるまでは、な。
カツェ、騎竜のガットだ。
話せるかな?」
ネオはスライムに向かってガットを紹介した。
途端に、ボコボコと音を立てながら立方体が縦にふくらんだ。。
空気を取り込んだようで、内部には球状の気体の塊がうっすら見える。
そして、長方形になったスライムの上部にポコッと穴が開いて、人間の口の様にパクパクと動き出した。
人間の男と女の中間ぐらいのやや高めなトーンで、「アー、アー」と音が鳴り、そのまま――
「ゴキゲンヨウ。ガット君。
ワタクシの名はカツェ。
人にはゼラチナス・キューブと呼ばれている、スライムの一種ダ。
以後、ヨロシク。」
偉そうな挨拶がスライムから飛び出した。
ガットは驚いた。
会話ができるスライムなど聞いたことが無い。
「これは、これは。
よろしくお願いいたします。
まさかスライムと会話ができるとは思っておりませんでした。」
「生き物の声帯の形をマネしながら、空気を流せばコノ通り。」
「なるほど。
素晴らしいですね。
このあたりのスライムは皆このように会話ができるのですか?」
「ワタクシは特別。
普通のスライムであれば出来ないヨ。
と言っても、普通のスライムだって言葉の意味は分かるのダヨ。
『頭脳は無い』なんて、言わないようにしてあげタマエ。」
「これは失礼しました。」
「マア、確かに頭も脳も無いがネ。ファーファッファッ。」
笑っていいのか分からない冗談を言って、空気が抜けるような音を出し始めた。
笑い声なのだろう。
ガットはとりあえず口角を上げた。
ネオは満足げに頷いている。
「どうだ、面白いだろう?」
「ネオ様の高尚なる笑いのセンスは蒙昧たる私めには到底理解できず……。」
「くだらんギャグのことでは無い。
こいつの存在自体が面白いと言っているのだ。」
くだらんギャグの発生源がしぼんでいくのを目の端で捉えた。
掛ける言葉も無い。
「しかしながら、会話ができるからと言って、将軍の役目を果たせるとは限らないのでは?」
「確かに会話だけなら他の種族も可能。
だが、スライムの特性が問題だ。
我輩も知らなかったことだが、スライムは会話が出来ないが、スライム同士でくっつくことにより意思疎通はできるようなのだ。
今までは同じ魔族で固まって行動していたため、不都合は無かったのだろう。
だが、これからは様々な種族がそれぞれに合った役割を持って軍団を形成することになる。」
「スライムとの意思疎通が必要ですが、それはカツェ様にしか出来ない、という訳ですね。」
「ソノ通り。
存分に頼りにしていただいてケッコウ。」
いつの間にか長方形が復活していた。
その脇で、ドラゴニュート達が物珍しそうにカツェを凝視している。
どうやら、彼らもスライムが話すのを初めて見るようだ。
そんな彼らを横目に見ながら、ネオが口を開いた。
「幾らか会話してみたのだが、それなりの知能は持っているようだ。
なにより、カツェはモチベーションが高い。
……ドラゴニュート達とは違ってな。」
「モチベーション、ですか。」
「ワタクシには目的がアル。
それは――
肉を食べるコト!」
ガットはカツェを見た。
感情は全く読み取れない。仕方なく、ネオに視線を戻した。
「ネオ様。
……大丈夫ですか?」
「言いたいことは分かる。
だがな、実はここが一番の問題だ。
……我々には兵糧が無い。」
カツェの冗談かとも思ったが、そうでは無かった。
生死のかかった切実な問題である。
「今回、オーガとかオークといった肉食の魔族達は、我輩の説得には簡単に応じてくれたよ。
勇者から逃げ続けても、このままでは餓死すると思ったのだろう。
ちなみに、ドラゴニュートのように雑食の魔族達はやや危機感が薄かったな。
カツェには肉食の魔族達を指揮してもらうつもりだ。」
「ワタクシにお任せアレ。
腹いっぱいになるまで食らい尽くしてくれよう……オヤ、ワタクシ、腹はありましたカナ?
ファーッファッファッファッファッ。」
ガットはカツェを見て、ネオに視線を戻した。
ネオは目を閉じ、ゆっくりと首を振った。
「管理者には、知性よりも図太さや忍耐力が求められることもあるのだ。
部下にオーガやオークのような馬鹿が居る時は、特にな。」




