09 陰の助っ人
リナード一行の少し後方。
広大な麦畑の一画に身を潜めながら、フロリマールは驚愕していた。
クレーモン家の息子が難度高めのモンスター退治の依頼を出かけたのを心配してこっそり付いてきたのだが、出てきたのは明らかにレベル10の馬の魔物。いや、10以上かもしれない。
冒険者レベル7のイゾリエでは歯が立たず、一撃で戦闘不能になってしまった。
茶色のちぢれた髪の毛を掻き上げ、急いでヘルムを被る。
身に着けている最高級の鎧を軽く叩いて、間違いなく装着できているか確認した。
自分でも敵わないかも知れない魔物だが、騎士として、目の前で同年代の騎士が命を落とすのを黙ってみていることは出来ない。
その上、彼はシャール王の親族で、名門クレーモン家の跡取りだ。貴族としても見過ごすのはマズイ。
ちなみにフロリマールも貴族ではあるが、他国の王の血族であり、シャール王の血は引いていない。
「くそ、そもそも戦場に出たことも無い奴が魔物の強さなんて分かるわけがない!」
依頼の難度はレベル7になっていたが、どうせギルドの職員が依頼者のリナードに聞き取りして適当に決めたのだろう。
たしかに、馬の魔物ならば強くてもレベル7ぐらいが妥当だ。
剣を取って駆けだそうとしたその時、
「待って、フロリマール。」
ななめ横から引き留める声が上がった。
長身のフロリマールより頭二つ分ぐらいは小さいので、ななめ横だ。
引き留めたのは、パーティを組んでいる魔術師のフローレ。
彼女は肩のあたりで切り揃えられた黒髪を揺らし、冷静な口調で前方を指さした。
「神官様が何かしようとしてる。」
「今日ギルド登録したばかりのシスターか、……って、速え!」
麦畑からスッと姿を現したシスターは、何か魔法を叫びながら、リナードに向かって駆けだした。
いや、駆けだしたと思った時にはすでにリナードを突き飛ばしていた。というのが正しい。
おかしなことが起きている。
「魔法は全てリナード様に掛けたみたい。種類は、あっ。」
フローレが解説する間もなく、シスターは馬の後脚で蹴り上げられ、その体が宙に浮いた。
放物線を描きながらも、猫の様に体をねじっている。
麦畑に消える前には、姿勢を整え終わっていた。
無事着地したことだろう。
目の前で起きた奇妙な出来事に、フロリマールは言葉を失った。
「……ええと、『ヘイスト』は聞いたことがある。十数秒だけ時が加速したかのように動けるの。
『ヒロイズム』は心を奮い立たせ、攻撃の精度が少し上がる。二つとも高位の魔法。
あとは聞いたことが無い。きっとエルフの秘術だわ。」
冷静な口調のままだが、付き合いの長いフロリマールには、フローレが興奮しているのが分かった。
エルフの秘術。
通常、魔法は訓練して覚えるものだ。例外的に、戦闘を繰り返して天啓のようにひらめく者もいるが。
訓練するというのはつまり、魔力をこのように動かすとこのような現象が起こるぞ、と師匠が弟子に教示し、継承してやるということである。
だが、短命な人間ではその継承がうまくいかないことがある。長い歴史の中で、失われてしまった魔法が数多くあるという話だ。
しかし、長命な種族であるエルフであれば話は変わる。
弟子に教える時間はたっぷりある。そもそも継承する必要が無いほど寿命が長い。
嘘か真か、数百年前の聖人、エスに会ったことがあると嘯くエルフまでいるらしい。
結局、別に秘匿されているわけでは無いのだが、エルフにしか使えない魔法のことを秘術と呼ぶようになっている。
そう言ったわけで、王国ではエルフの国と友好を結び、エルフ側にかなり有利な条件で交流を奨めている。
だが、失われる魔法は魔力の消費が多く魔力の動きも複雑であるという共通点があり、人間への継承はうまく進んではいない。
そもそも継承が困難という理由で失われたのだから、仕方の無いことではあるが。
フロリマールは、リナードが馬をポコポコ殴っているのをまじまじと眺めた。
時が加速しているだけとは思えない動きだ。
おそらく、脚力が上がってより俊敏になっている。技術力も向上しているようだ。
腕力は、戦闘前にかけていた魔法の効果が続いている。他の魔法の効果がわからないが、おそらく防御系の魔法もかけたことだろう。
あっという間に馬は倒れた。
「すごい。すごいとしか言いようが無い。くう、畑で無ければ魔法陣が見えていたかも。」
静かな声でフローレが悔しがっている。
魔法陣はフロリマールもまだ見たことが無い。
なんでも、失われた魔法のなかには、足元や中空に魔法陣が浮かび上がるモノがあるという。
普通であれば体内で魔力を練るだけで魔法は発動するのだが、強力なものは体の外でも魔力を動かさなければいけない。
その魔力の軌道が規則的な模様となって目に見えるようになったものを魔法陣と呼ぶらしい。
おとぎ話だが、『勇者物語』によれば、勇者が魔族の群れに『ヴェンジャンスストーム』という嵐の魔法を使ったとき、荒野の見渡す限りに魔法陣が現れたとか。
フローレは魔術師としての知識欲を刺激されているようだが、フロリマールは別の点が気になった。
「なんで、リナードに倒させたんだ。
シスター自身でも戦えたんじゃないか?」
経験を積んだ神官は、正直、そこらの騎士より強い。大司教テュルパや、賢者オリビアがいい例である。
蹴り上げられた時の身のこなしを見ても、あのシスター自身相当な手練れであることは間違いない。
「さあー。戦いの前にそう決めてたんじゃない?」
フロリマールはどうも納得がいかない。
「まさか、リナードに恩を売るためか?貴族に取り入りたいとか。
うーん。でも、エルフは人間社会の地位うんぬんには無頓着だからなあ。
だれかと情報共有しておくべきかな。」
「でも、これを他人に話しても、『リナードがすごい。』で終わっちゃう話じゃない?」
「確かに。シャール王の親戚はツワモノぞろいだからな。
リナードもその仲間入りか。実際倒したのもリナードだしな。
もしかすると、それを狙ってか。
未熟なリナードを強者扱いさせて、何か得するのか。
いや、リナードを隠れ蓑にして、自分の実力を隠すため?」
「とりあえず疑ってみるのは貴族の悪い癖。」
フローレは放っておいて色々と考えたが、何せ情報が足りないので答えが出ない。
リナード一行をまた見やると、シスターが馬体の脇で立ち上がったところだった。
そのとき、シスターの傍らで馬の魔物までもがユラリと立ち上がった。
気絶していただけらしい。
シスターに噛みつかんと口を開く魔物。
まずい!と思った瞬間、シスターの姿がブレた。
フロリマールの見間違いで無ければ、シスターは噛みつかれる寸前に体を回転させ、馬の鼻先にビンタを放った。トンデモナイ速度で、だ。
ヘイストを使う時間など無かったが、使っていたとしか思えない。目で捉えるのがやっとだった。
シスターが馬の鼻と口を掴むと、馬はフラフラと後ずさりして、膝を折って座り込んでしまった。
もう戦う意思は無いらしい。
「ほーう」とフローレは感心したように声を漏らした。
「エルフのドルイドは動物と会話できるそうだから、きっと説得したのね。
乗馬もできるかも。」
「説得?説得したように見えたか?
俺には力づくで黙らせたように見えたぞ!
モンクが相手の攻撃に合わせてカウンターを放つときの動きだ、あれは!」
「え、カウンター?いつ?」
そう言いながらフローレがリナード一行に向かって歩き出したのを、フロリマールは焦って止めた。
「どこへ行くんだ。」
「シスターに是非ご挨拶を。」
「いやダメだ。こっそりついてきたのがバレるだろう。
心配だったなんて言ったら、リナードの誇りを傷つけるぞ。
それにあのシスターは素性が知れん。ちょっと様子見だ。」
「えええー。」
フローレを引っ張りながら、フロリマールはその場を離れた。




