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魔王幹部少女の好き勝手  作者: もじゃね
マコと教会
32/49

08 騎士の雪辱

 リナードは駆けだした。

 正面で悠々としている魔物に向かって。


 森の主バヤールは巨尻をこちらに向けたまま、首を左に曲げ、片目でリナードを睨んだ。


 リナードは止まらない。

 体があまりにも軽い。

 20歩分ほどはあった魔物との距離は一瞬にして無くなった。


 ふと、巨大な馬の上半身が浮いた。

 後脚2本で立っているかのような姿勢。その高さはリナードの三倍もあるかに見えた。

 体は半回転させてリナードを向いている。


「踏みつぶして地面に植え込むつもりか、イゾリエと同じように。」


 折れた大剣はまだ右手に握っている。

 だが、魔物の固い皮膚に傷一つ付けられないことは分かっている。

 リナードは、自身を睨む馬の目を狙って投げつけた。


 バヤールは顎を軽く上げて、剣の柄を避ける。

 と、同時にその巨体が、恐るべき重圧と共に落ちてきた。


 普段のリナードでは脚がすくんでいたかも知れない。

 だが、その攻撃は2度も見ている。

 そのうえ今は、体も、頭の中も冴えわたっている感覚がある。


 左前に飛び込んで、馬の側面を取るのは容易だった。


 「どどっ」と、馬の蹄が土にめり込む鈍い音が聞こえた。

 リナードの眼前には無防備な赤毛の馬のわき腹がある。

 武器は無い。

 しかし、必要ない。

 リナードの両手には固く握られた拳がある。


「ハッ」


 踏み込み、全体重を乗せた右拳がわき腹にめり込む。


 「ブオオッ」と野太い悲鳴を響かせて、馬はよろけるかのように数歩前に逃げた。


「効いた!」


 だが喜ぶ暇はない。

 また、リナードは馬の後方にいるのだ。

 そして、後脚がゆらりと浮いた。


 シスタージーを蹴り上げた時と同じ予兆。

 だが、今度ははっきりと見える。

 剣の達人の一閃より速いであろうその動きが、いまのリナードには緩慢にすら見える。


 余裕をもって体を横にずらし、蹴りあがってくる太い脚を避けた。

 まるで、この世界でリナードだけが倍の速度で動いているかのようだ。


「まさか、このような力が私に眠っていたとは――

 さあ!反撃させてもらう!」


 後方に跳ね上がるような馬の蹴りを横に避けると、先ほどと同じように赤毛のわき腹が眼前に来た。

 もう一度、リナードは渾身の右拳を見舞った。


「バオオッ」とまた悲鳴が響いたが、今度は逃がさない。

 右手を引くと同時に半身をひねって左拳を突き出す。

 鎧の小手の留め具が割れた。それでも止まらない。


 更に踏み込んで右拳を。また左拳を。

 もう一度踏み込んで2度殴る。

 4度殴る。

 8度。

 16度。

 32度。


「うおおぉおぉるるるぁあああああ!」


 力の続く限りリナードは拳を振るい続けた。


 馬の悲鳴が聞こえなくなっても踏み込み続けた。


 何度拳を叩きつけたか分からない。


 何を殴っているのかも分からなくなった頃、急激に体が重くなった。

 正しくは、元の重さを取り戻したかのように、体が動かなくなったのだった。


 踏み出そうとした右足が上げられずに転び、リナードはようやく気付く。

 バヤールは口からよだれを垂れ流し、もはや戦おうとも逃げようともしていない。



 膝をついたリナードの目の前で、

 森の主の赤茶けた巨体がゆっくりと倒れていった。



「やった、のか?」


 リナードの問いは、無言になった馬によって肯定された。


「やった、やったぞおおおお!」


 1人で勝鬨を上げた。

 仲間と共であればどれほど喜ばしかっただろうか。


 そう、仲間たちを助けなければならない。

 こうしてはいられないと、震える膝に力を込めて立ち上がった。


「フフフ、おめでとう。」


 そのとき、後ろから聞いたことのある声がした。


―――――――――――――――――――――――――



 そこには、生前となんら変わらないシスタージーの姿があった。


「本当に、ほんとうに見守ってくれていたのか。」


 リナードの目から涙があふれてきた。

 こんな不甲斐ない自分のために命を落としたのにも関わらず、魂だけになっても優しい笑みを返してくれるシスター。

 いくら感謝してもしきれない。


「ありがとう。ありがとう。そして、すまない。」


「ちょっと、大げさじゃない?」


 シスターの軽い口調すら、リナードの胸を締め付ける。

 涙を拭ってリナードは震える唇を開いた。


「待っていてくれ、遺体を連れてすぐに街に帰る。もしかしたら復活できるかもしれない。」


 口ではそういいつつも、リナードは絶望していた。

 復活できるのは、体の損傷が少ないときだけ。

 即死するほどの一撃を受けた体では、魂を肉体に戻す「レイズデッド」を使っても息を吹き返すことができない。


 シスタージーは、微笑んだまま、胸のまえで左の方を指さした。

 その方向に目をやると、横たわるイゾリエの姿があった。

 上半身が地面に埋まるほどの攻撃を受けたはずだったが、今は傷一つないように見える。


 シスターの最後の力で癒したというのか。


「君はッ!?」


 わずかな望みを見出して、シスターを見る。

 だが、シスターは静かに首を振った。

 リナードは全てを悟る。


「ありがとう。本当に、ありがとう。」


 感極まって、シスタージーの手を取り、リナードは何度も礼を言った。

 彼女こそ、神に仕える者の鑑だ。

 小手が壊れてほぼ素手になっていた両手はぬくもりをひしひしと感じる


……

…………

………………ぬくもり?



「私は治療するほどのダメージは無かったわ。

 そっちの戦士さんはまだ生きてたから、回復魔法で何とかなったの。

 早とちりして遺体呼ばわりするのは可哀そうよ。」


 何がどうなっているのか。

 なぜ、この手を取ることができたのか。

 なぜ、その手に血の通ったようなぬくもりがあるのか。

 シスターの体は致命傷を受けて麦畑に転がっているはずではないのか。


 リナードはこんらんした。

 シスターは握られていた手をするりとほどいて、バヤールが転がっている方へ行ってしまった。


「討伐した証拠に頭とか持ってく?

 あら……コイツまだ息があるわ。どうしよう。

 あ、軍馬にしたら便利じゃない?」


 振り向くと倒れているバヤールの太い首に、シスターが手を回していた。

 じゃれついているようにも見えるその光景だが、シスターが力を込めれば馬の首が引きちぎれるのではないか、と不気味な違和感を覚える。


「ぐんば、ああ、軍馬ね。いいね。しつけが大変そうだが……」


 リナードは適当な返事をするので精一杯だった。

 シスターは目の前で馬の蹴り上げを受けたはずだ。

 幻視でもしたのか。実は避けていたとか?


 シスターを見ると、教会のローブに蹄の跡がくっきり残っていた。

 ますます意味が分からない。


「それにしても、すごいラッシュだったわ!

 『修行僧モンク』になるのもいいんじゃない?」


「モンク?教会の修道僧のことだったか。

 確かに、精神的にもっと鍛えたほうがいいのかもしれないな。」


 全身から力が抜けていくような感覚がして、リナードはヘニャリとまた膝をついた。


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