06 聖人の証明
玉座の間は、しんと静まり返った。
シャール王は目を閉じ、アストルは口をへの字に曲げている。
衝撃的な発言をしたオリビアは、黙って王を見つめている。
ロランが自身の首の後ろに流れた汗を片手で拭おうとした時、王はゆっくりと目を開いた。
「その伝説は余も知っている。マコとやらについての報告を受けた時、余も聖人エスの名を思い浮かべた。」
王が先に聖人エスの話をした理由を、ロランは理解した。
この世界とは異なる言語・地名を知り、常人では到底及ばない力を持っていた聖人エス。
伝説の聖人と、自分たちとは次元の違う強さを持つマコとの共通点に、王は気付いたのだろう。
王の言葉を聞いたオリビアは、目をギラギラと輝かせた。
「おとぎ話で、勇者が『神から遣わされた』とされている所を見るに、昔の人々も薄々気付いていたのでしょう。
……神によって、異世界から召喚された者であると。
マコ様も同様の存在かと考えられます。
早急に救出し、相応の地位でお迎えしましょう!」
「ちょっと落ち着けって、オリビア。」
顔を歪めながらも黙って聞いていたアストルだったが、ついに口を出した。
元々、二人の意見はぶつかり合っていた。
アストルにしては長く我慢したほうである。
「神によってじゃあ無く、魔王によって召喚されたのかも知れないだろ。
それに、救出って言ったが、あのエルフ自身の意思で魔王のところに居るのかも知れない。いやになったら逃げ出すぐらいの力量はありそうだったろう?
危険な場所まで助けに行く必要は無い。
オリビアの信心深さは知っているけどよ、憶測で話を進めすぎだ。」
「アストルよ、『信心深い』を『思い込みが激しい』と同じ意味で使うものでは無い。」
今度はシャール王がアストルをたしなめた。
いつの間にか立ち上がっていたアストルが片膝をついたのを確認してから、王は話を続ける。
「分からぬものは分からぬ。そうしておいた方が柔軟な対応ができることもある。
誰が召喚したのか、なぜ魔王の下にいるのかといったことは、ひとまず置いておく。
オリビアよ、先ほど、エルフを倒せないのであれば離反させようという話をしていたところでな。
相当の地位で迎え入れるというのはいい策だ。
だが、そのためには理由が要る。
貴族か、騎士か、司教か、なんであれ、その地位に着くにふさわしいことを示す証拠が必要だ。
良い案はあるか?」
「聖人エスの真似をして、けが人の治療や死人の復活、魔族の退治をして貰えれば、誰もが納得するのでは?」
オリビアではなくアストルが答えた。
そろそろオリビアが怒りはしないかとロランは不安になる。
シャール王は慣れているので、とくに叱りもせずアストルに答える。
「それは最も簡単だが、最も危険な手段でもある。
まず、回復魔法による治療費は神官たちの生活を支えている。この現代において、聖人エスのように誰にでもその能力を施すことは、教会の収入源、その利権とぶつかることになる。
伝説の魔法や高すぎる身体能力を見せるつけることも、悪手だ。
その力を恐れる者や利用しようとする者が必ず現れる。
いずれにしろ、良い事は起こらぬであろう。
なにより、たとえ余が願ったとしても、そのエルフが思い通りに動いてくれるとは限らん。
まずは、嫌われず、敵対しないということが重要だ。
……我々はそのエルフの力を利用しようなどと欲は出さず、しばらくはこの国で快適に過ごしてもらい、気に入ってもらう必要がある。
うむ、ちと難題かな。」
シャール王はアストルから目線を外して中空を見つめ、考え込む素振りを見せた。
が、間を置かず、オリビアが持っていた本の中から一冊の本を抜き出して掲げた。
「これを利用しようと考えております。」
ドラゴンが描かれた古めかしい本だ。
表紙の上部には何か文字らしき記号が書かれているが、ロランには読むことは出来ない。
見たことの無い文字だ。
「聖人エスが書き残した本のうちの一冊です。
異世界の言語で書かれており、自身と同じ異世界から来た者のために残したとされています。
この世界のことを説明した本であるとして、識者からは『世界文書』と呼ばれております。
しかし、これまで誰も真っ当に解読できたことはありません。」
「それか。余も知っておる。
ふむ、それを解読できる者として王国に迎えるのであれば、内政とも軍事とも無関係な役職に据えることができる。
妙案だな。」
「ん?あのエルフはこの本を読めるのですか?」
この本を読むことができる前提で話が進んでいるような気がして、ロランは口を挟んだ。
「それは分からないわ、ロラン。
でも、誰にも読めないから良いの。
マコ様が解読したと王国が喧伝したって、誰にも否定できないのだもの。」
オリビアの静かな声がロランの心をざわつかせた。
しかし、ここで『嘘は良くない』などと言いだすほど子供ではない。
強大な敵の1人を寝返らせようという策略なのだから、虚言も要するだろう。
責めるとすれば、エルフ1人倒せなかった自身の力量である。
「この本を読めるということにしておけば、マコ様がお力を行使したとしても色々と説明が付けられます。
この本を読んで魔法を覚えたとも、聖人エスと同様に神から遣わされたともいえるでしょう。
しかし、『世界文書』はあまり知られていない書物です。
解読できる者を探しているということの宣伝と、誰も読むことができないということの確認も兼ねて、王都に広めようかと考えております。」
オリビアの提案に、シャール王は軽く頷いた。
「では、文筆家や芸術家に写本を作成させ、王都に流通させます。」
「うむ。
さて、マコなるエルフへ使者を送らねばならんな。
誰か適任は居るか?」
「ハッ、私が。」
ロランは即答した。
だが、王は手のひらをロランに向け、それを制した。
「それはできぬ。
今回の魔王討伐作戦自体、秘密裏に行われたもの。
お前は平野での戦争から陸路で帰還したばかりであるということになっている。
今は、斥候が魔王を捜している最中であり、勇者は英気を養っているということにするのだ。
このような時に勇者が旅に出てエルフを連れて帰ってくるというのは妙だ。
民は、勇者一行ならば魔王を必ずや打ち倒すと信じているのだ。
要らぬ情報を与えて不安にさせるようなことはできぬぞ。」
王の言葉をかみしめながら、ロランは考え、1人の信頼できる男の顔を思い浮かべた。
「私の継父であるガノはいかがでしょうか。その優れた智謀、常に見習わなければと思っております。」
王はゆっくりと頷いた。




