01 ボーイミーツボーイ?
「目を覚まして、マコちゃん!」
一週間前から欠勤しているはずの会社の同僚、藤原真雄の声が聞こえた。
「真雄か?どうしてたんだ、ってなんでオレの部屋に……いっ!?」
もごもご言いながら目を開くと、
黒髪オールバックにあごひげを生やした渋い男性キャラクターがいた。
「ネオさん?」
ゲーム中に寝てしまったのか?いや、ゲームの画面ではない。
横を見ると、崩れた石壁と遠くの険しそうな山々が目に入った。月明かりに照らされた石造りの建物の廃墟に、オレとネオは立っているようだ。
少なくとも、オレの部屋ではない。
「そう、ネオだ。久しぶり!」
状況を飲み込めていないオレをそのままに、ネオが真雄の声で話し続けた。
「ここは、僕たちがプレイしていた『スプリームファンタジー』の世界だと思ってくれ。」
「は?」
つい上擦った声が漏れた。
『スプリームファンタジー』。剣と魔法の世界を舞台とする、王道ファンタジーもののオンラインアクションRPGゲーム。ヒュムやエルフなどの人族キャラのほか、ゴブリンをはじめとして、オークやらウェアウルフやらスライムやら多彩な魔族キャラをメイキングしてプレイできるのが特徴的だ。
ストーリーは、人と魔族間の戦争に身を投じて活躍する主人公、というありがちなものだ。
しかし、種族ごとの個性が強いことを生かして、人と魔族が入り乱れた戦略的な戦いができるということで、多人数プレイヤー同士のギルドバトルが大人気であった。
そんなゲームでオレは、エルフの美少女キャラ「マコ」を5時間かけてメイキングし、転職を繰り返しながら防御系スキルと回復・支援系魔法を獲得、「死なない後衛」として重宝されるぐらいにはやりこんだ。
ここがそんなゲームの世界だと言われても、困る。
あまりにリアルすぎる。
風が頬をなでているのを感じる。なにやら焦げ臭いのが分かる。ネオの顔の毛穴が見える。キモイ。
そもそも『スプリームファンタジー』はVRゲームでは無い。
自分のキャラの背中を見ながら遊ぶ第三者視点のアクションRPGだ。
会話だって、オレはマイクを使わず、キーボードを打ってチャットしていた。声を出しても相手には届かないはずだ。
「マコちゃん、とりあえず後ろを見てくれ。」
言われるがまま、後ろを振り向いた。
「ヒィ!」
驚いて、女の子みたいな甲高い悲鳴を上げてしまった。
瓦礫の上に黒いドラゴンが横たわっている。おそらく瀕死。
うろこがシュウシュウと煙を上げていて、その隙間からは赤黒い血が流れている。長い首、焼けた翼、尻尾。その体躯は少なくとも20mはあるだろう。
「『キュアル』で回復してやってほしい。」
キュアル――味方単体の体力を中程度回復させる魔法。
ゲームでは何千回も使ってきた基本的な魔法だが、今のオレはコントローラを持っていない。メニューなど開けられない。
唖然としたまま、とりあえずゲームのコントローラを持ったつもりになって、胸の前で両手をニギニギ。
またネオから声がかかった。
「フッ、まずは『キュアル』と唱えるんだ。」
あっ、コイツいま鼻で笑ったな。
「そして――魔法が発動すると信じるんだ!」
……
信じる!?
「それで魔法が使えていいの!?大丈夫?この世界!」
あまりに胡散臭い。声が裏返った。
「悪かったね!でも使えるんだよ、この世界では!さあ、君ならできる!じゃないと……」
「じゃないと?」
その時、爆発音と同時にネオの背後の石壁が吹きとんだ。
「魔族の王、ネオよ!ここで貴様を殺す!」
崩れた壁の向こうから、鈍色の大剣を持った鎧が叫びながら迫ってくる。
演技などではない、殺してやると言わんばかりの明確な殺意を感じる。
いや、実際言っている!
「じゃないと僕がころされる!」
「キキキュ、キュ『キュアル』!」
黒いドラゴンが勢いよく頭を持ち上げ、ネオの背後に向かって炎を噴いた。
「ありがとう!さあ、マコちゃんこっちに!」
「は、はい!」
ネオは素早くドラゴンの首の付け根のあたりにのぼり、オレを引き上げた。
ドラゴンの流血は止まり、うろこは黒光りしている。魔法は効いたようだ。
ドラゴンが翼を広げ羽ばたくと、その巨体が急上昇していく。
下をのぞくと、鎧を着た男以外にも何人か居るのが見えた。ドラゴンの炎は効かなかったのか。
「仲間がいたのか!?『サンダーレイン』!」
鎧男の後ろで、赤いローブを着たおじいさんが魔法を叫ぶ。
雷を落とす魔法だ。
ゲームでは序盤に覚えられる基本的な魔法だが、普通に考えて、雷なんて受けたら人は死ぬ。
「マッマッ『マジカルウォール』!」
とっさに魔法攻撃を軽減する呪文を唱えた。
真上から落ちてきた光が何かにぶつかって弾ける。威力は低いようだ。
「怖いーっ!」
さっきから声が裏返りっぱなしだ。
「フハハハハハハ」
ネオ、一体何が面白いのか。あと、その笑い方はなんだ。
ドラゴンが高度を上げ続ける。鎧男たちが米粒くらいの大きさになったころ、ネオは穏やかな顔で言った。
「約束通り、また一緒に冒険にいこう。」
書くのはこんなにも難しいんですね。