「きゅう」 鴨が羽ばたく日。
残り一話で完結となりました。
◇1
いつも練習熱心で熱く雄弁と語っていた鴨がとうとう羽を広げ、大空へ飛び舞う日がやって来た。籠から抜け出し、自由に羽ばたいてほしいと思う。
夏休みの体育館。ここが鴨の入る女子バスケットボール部の練習試合の会場だった。お客なんて私だけだろうなぁと少々恥ずかしがりながら体育館に入ると、あらあらビックリ。他の部員の彼氏さんや友達が二、三人ステージに腰を下ろしていた。私も仲間に入る様にして壁に寄り掛かる。そこで鴨の姿を発見した。
「あ、鴨」手を振ってみると存在に気付いたのか、鴨が緊張を交えた歪んだ笑みを見せて手を振って来た。可愛いなぁと和む。癒される。やっぱり好きだ。
「もう、本当に来るなんて」鴨が私の方へ駆け寄り声をかけて来た。私もその場に立つ。「あたし活躍出来ないかもよ?」
「大丈夫だよ」
微笑みながら私はカメラで鴨を映した。そして、カチャ。「羽ばたく当日の鴨」「やかましいわっ」鴨が即返して来た。「とにかく、頑張ってね」私は本当に、鴨に頑張ってほしかった。
「任せんかい。じぇじぇ!と言わせたるで」
「じぇじぇ」
「早い早い。まだ何もしてない」
鴨が手を左右に振りながら鋭くツッコミを入れる。でも表情はぎこちなく、不安と緊張で頬が引き攣っていた。「大丈夫。鴨なら出来るよ。いつも川で優雅に泳いでるじゃん」
「泳いでねーよ」と鴨が名前で弄ばれている事に気付き戻って行った。私も壁に寄り添いながら背を擦る様に腰を下ろした。「頑張って。鴨」そう願い、祈り続けた。
◇2
実はと言うと私はバスケを詳しくはなかった。というよりルール自体も曖昧だった。だから単にゴールにボールが入ればいいだろう、と把握する。私はただ単に鴨が見れればそれでいいのだ。勝敗の行方は気にしてはいない。
「それでは試合を始めます」
中央に立つ審判が辺りを確認し、笛を加える。そして、甲高く笛が鳴る音が響いた。その瞬間に喧騒となり初め、ボールが地面にバウンドする音、靴が地面に擦れキュッと軋む音が絡む様に重なり騒がしくなる。
鴨はというと、まだ出番ではなく、壁に寄り掛かってその時を待っていた。良く見ると太股が震えている。
自分達の学校のユニフォームを着た選手がボールを捉え、手を回す。だが、そのボールは奇麗に軌跡を描き相手選手に奪われた。奪われたボールは元々から電池が入ってるかの様に操られ、私達の選手は翻弄されていた。相手選手はボールを足に回し、交差させる。と思えば一瞬で右手から左手に操作する腕が変更されており、目で追っていると何もしていない私でも眩む。凄いな、と思わず関心してしまい、駄目だ駄目だと激しく顔を振る。
鴨もその上手さに戦慄しているのか、目が見開いたままだった。もしかしなくても、鴨のチームは弱いのだろう。
「あー一点入った」
隣で試合を眺めていた男子がボールを目で追いながら呟く。そのボールは予言通り、吸い込まれる様に鴨のチームのゴールを潜った。一人で取っちゃったよ、とボールを駆使していた選手に目をやる。
しかし、あのボール本当にラジコンか何かではないだろうか。そんな事まで思わせる動きだった。上からレーンで繋がれたりしていたら傑作だが、そんな筈も無いだろう。
先程まで弄ばれていたボールは再び空間を舞った。高く上がり、鴨のチームの選手が掴む。だが、上手く掴めずボールが滑り落ち、簡単に相手に奪われた。「「あーあ」」隣にいた男子と同時に声が漏れ、視線を向けると「ダメだこりゃ」と言わんばかりの表情で首を弱く振った。
「いくら鴨が下手でも、このチームなら大差無いでぇ・・・」
勝敗は気にしないと言ったが、これはさすがに酷い、と脳内で溜息を吐く。
ボールはまたしても奪えず、相手チームは余裕の表情で鮮やかにパスが回されていた。鴨のチームは翻弄されるように体勢を動かし、目が螺旋を描く様に疲弊していた。
そしてゴール。
鴨のチームのゴールも「早く決めてゲーム終わらせんかい」と言っている様にネットを揺らせていた。そして試合が滞る。タイムらしい。
白髪交じりの頭をした顧問が鴨達を集合させる。何かを真剣に話している様だった。「「無理なのに・・・」」またしても失望の声が隣の人と重なった。また視線を向け引き攣った笑みを見せる。
そしてタイムが終わり、選手達はコートに戻り、身を構える。「あ」そこで鴨の姿が視界に映る。「鴨だ」とうとう鴨の出番が来たらしい。
正直、希望は毛頭も存在しなかった。期待は気体、淡く曖昧。それでも私は高揚した。
気付けば、カメラを構えていた。
はい!久々の更新です! いままで祖母の家におり、ただただ伊坂幸太郎のSOSの猿とバイバイ、ブラックバードを読み直しておりました。お陰で久々に文章が上手く書けた気がします。