第23話 俺にとっては、一生
(……って、ずーっとノルベルトといられるわけじゃないのね……)
数曲踊った後、ノルベルトは客人と話すためにルアーナから離れてしまった。
仕方ないと分かっているが、寂しくはある。とはいえ、婚約者だからといって、ずっと付きまとっているわけにはいかない。
(まあ、この機会になにか食べたらいいわよね)
と、ルアーナが壁際のテーブルへ歩き出した瞬間、離れた場所にいたオルガが距離を詰めてきた。
そして、片手にワイングラスを持ったまま、バランスを崩して転んだ。
ワイングラスは彼女の手を離れ、空中をさまよい、ルアーナめがけて飛んでくる。まるで、最初からそれを狙っていたかのように。
顔を上げたオルガが、にやり、と口角を上げたのが分かった。
(このままじゃ、白いドレスがワインで汚れちゃうわ……!)
きっと、オルガはそれを狙ったのだろう。
事故に見せかけて、ルアーナに恥をかかせるために。
「……けどね、オルガ。効かないの、そんな嫌がらせ」
とっさに右の手のひらを目の前に突き出す。そして、早口で詠唱した。
「水の精霊デルフィーニよ。神聖なる水の力、生命の根源たる水の力を用いて、我が身を守る壁となりたまえ」
唱えた途端、ルアーナの前に水の壁ができる。グラスはその壁にあたり、絨毯の上に落ちた。
「……え?」
ぽかん、とした顔でオルガが見つめてくる。
「あら? もしかして、魔法を見るのは初めて?」
にっこりと笑ってやると、オルガは顔を真っ赤にした。騒ぎを聞きつけた使用人達が集まってきて、慌ててグラスを拾ってくれる。
「ルアーナ、大丈夫か?」
そして、ノルベルトもきてくれた。
「ええ。オルガが転んでしまって、グラスがぶつかりそうになったの。だから、とっさに魔法で身を守ったんですわ」
旅を終えてからも、ルアーナは魔法の訓練を密かに続けていた。
そして習得したのが、先程の魔法である。
水の壁を作り出し、身を守る魔法。強度はまだまだで、戦いに使えるレベルではないが、日常のトラブルでは役に立つ。
「それより、よかったら、もう一曲、踊ってくれないかしら?」
「ああ、ルアーナ」
ノルベルトの手を取る。オルガのことはもう、一瞬たりとも視界に入れなかった。
◆
「お疲れ様でした、お嬢様」
「ノルベルトこそお疲れ様。疲れたでしょう?」
「……ええ、かなり」
息を吐いて、ノルベルトが椅子に座る。着替えを終えた彼はずいぶんと眠そうだ。
けれどルアーナをねぎらうために、わざわざルアーナの部屋を訪れてくれたのである。
(女性の部屋を訪れる……って認識がなさそうなのは残念だけど、私のことを気にしてくれるのは、やっぱり嬉しいわね)
「お嬢様、これからもよろしくお願いしますね」
「……これからはずっと、ルアーナ呼びでもいいのだけれど?」
「許してください。俺にとっては、お嬢様は一生、お嬢様なんですから」
困ったように笑うと、ノルベルトはルアーナの頭をそっと撫でた。
「ノルベルト……」
「どうかしましたか?」
「好き! 狡い! 大好き!!」
こんな顔で見つめられたら、子供扱いしないで、なんて言えなくなってしまう。
「……ねえ、ノルベルト。一つ、お願いがあるのだけれど」
「なんでしょう?」
「……今日、一緒のベッドで寝てくれない?」
ねだるように言って、上目遣いで見つめる。
しかし、ノルベルトの返事は厳しかった。
「だめです、お嬢様」
「……ノルベルトの意地悪、イケメン、優しい、格好いい、好き、一生一緒にいて、結婚して」
「……せめてあと二つくらい、悪口を言ったらどうなんですか」
「だってないんだもん! 悪いところなんて!」
喚いたルアーナの頭を、ノルベルトがもう一度優しく撫でる。
そして立ち上がると、柔らかく微笑んだ。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「……おやすみなさい」
「また明日、お迎えにあがりますから」
王になったというのに、丁寧に頭を下げて、ノルベルトが部屋を出ていく。
先程までノルベルトが座っていた椅子に腰を下ろして、ルアーナは決意を固めた。
(いつか絶対、ノルベルトの方から『お嬢様の部屋に泊まりたい』って言わせてみせるんだから!)
――ルアーナとノルベルトの『契約』婚約終了まで、約三年。
二人の婚約生活はまだ、始まったばかりである。




