プロローグ
――水平線のもっと先まで逃げられればいいのに
「……あぁ、そうだね……」
波音に上書きされてしまいそうなほど、彼女のか細い言葉に
僕はただ肯定することしかできなかった。
そんな僕の声が聞こえたのか、彼女はくるりと振り向き、微かな笑みを浮かべる。
僕は彼女から顔を反らす。
僕はなにもできない。なにもしてあげられない。
……そんな無力な自分に嫌気が差す。
でも、彼女はそんな僕から目を離さない。
「……覚えてる? ちいさいとき、いつもここで遊んだよね」
波音を縫うように、彼女は――
「……いつものように、いつもどおりに君が私を追いかけて……いつも私はつかまって」
彼女はくるっと反転し、砂浜を踏み歩く。
「……そして、疲れ果てて……この砂浜でたくさんへたり込んだよね」
ザァー、ザァー
「そしたら、いつのまにか夜になってて……二人で夜星を眺めてさ」
ザァー、ザァー
「……君は星に詳しくて、いつもいつも私に教えてくれて……」
ザァー、ザァー
「そんな熱心な君の横顔を眺めてるだけで私は……」
波打ち際。
「……この思い出、この記憶だけで私は”私”を思い出せる」
水平線から太陽が覗き、彼女を照らす。照らされた彼女の顔は、残酷なまでに青白く、生気を感じられない。
「ユウ……ありがとう 私を愛してくれて」
「ッッ!!」
僕は衝動に駆られて、走り出す。僕は、なにもできない。なにもしてあげられない。だけど、僕は彼女に伝えないといけない。僕も彼女に伝えないといけないことがある。彼女が背負う宿命に抗ってでも、彼女と一緒にいたいと……僕も君を愛していると――
「リンっっ!!」
リンは一瞬驚き、僕に柔らかく、儚い笑みを浮かべる。
――しかし……。
「いかなきゃ……」
リンはナニカを察知したのか、全身から装甲を展開し、瞬時に飛び立つ。
「ッッ! リンっっ!!」
彼女を呼ぶ僕の声は容易くかき消され、爆発的な風圧が僕を襲う。
ひとしきりの風圧が止むと、リンはすでに天高く飛翔し、まだ仄かに暗い朝空に一筋の軌跡を描き、また僕を置いていく。
空気切り裂く衝撃が遥か遠くから微かに伝わる。
ザァー、ザァー
波音だけが変わらず、絶え間なく。
僕は膝から崩れ落ち、跪く。そんな僕に波が迫り、触れる。
冷たい海の感触が僕に現実を伝える。
最後に彼女を抱きしめてたら、この冷たい現実を消してしまえてたのか。
後悔が渦巻く。
そして、僕は彼女が飛び立った天を仰ぐ。
傍観者でしかない無力な僕は、彼女の無事を、ただ祈るしかない。戦場へ駆けていった彼女に……
(神様、どうかリンを、守ってくれ……)
そんな祈りしかできない。
ザァー、ザァー
ただ波音と冷たい海の感触は、僕を現実から逃がさない。




