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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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次女の旅立ち

読んでいただいてありがとうございます。

「お待たせしました」


 準備が全て終了したセレスたちは、ノクス公爵領に行くため、ちょうどそちらの方に向かうという商人の一行に同行させてもらうことにした。

 商人も護衛に騎士が一人増えて、薬師も一緒ということで、快く引き受けてくれた。

 ヒルダの知り合いということなので、身元は保証されている。


「ヒルダさん、どうかしましたか?」


 セレスの様子を見てくすりと笑ったヒルダに、セレスが何かおかしなところでもあるのかときょろきょろと辺りを見回した。


「いいえ、薬師の皆さんから、お嬢様のお守りをちゃんとするようにと念を押されました」

「えー、ひどいです」

「妥当でしょう」


 セレスのことを見守ってきた同僚薬師たちは、もちろんセレスが薬草のこととなると、すぐにふらふらとどこかに行ってしまうこともちゃんと承知している。


「お嬢様、基本的には私から離れないでくださいね。どこかに行く時は、ちゃんと周りを見て誰かに声を掛けて、見える範囲で行動してください。一人でふらふらしないでくださいね」

「は、はい、分かりました」


 ヒルダのどこか怖い笑顔の迫力に負けて、セレスは反論することもなく頷いた。

 もう大人なんですが……と思っても、そんなことを口に出したりしたら、ヒルダからさらに正論を言われて撃沈しそうな気がした。


「あ、荷物を馬車に持っていきますね」


 荷物を持って走っていったセレスの元気な姿を見て、ヒルダは楽しそうにくすくすと笑った。

 途中、何もないところでちょっと躓いて、近くにいた女性がとっさに支えてくれていた。

 本当にこの方からは目が離せない。

 セレスの黒い髪の毛が、日の光を受けて艶めいていた。


「元気のよさそうなお嬢さんですねぇ」


 この一行を取り仕切る商人にそう言われて、ヒルダは頷いた。


「えぇ、そうですね」


 黒髪に染めたが、父には分かってしまうかもしれない。

 会わないようにしなければ。

 父が、『ウィンダリアの雪月花』のことをどう思っているのかは分からない。

 けれど、あまりいい感情を抱いていないのは確かだ。

 ノクス公爵家全体で、そういう傾向があるのは知っている。

 ただ、あの森と山に入ることになるので、その辺りは心配でもある。

 父が昔見せた、何かに怯えていたようなあの表情も気になるところだ。


「ヒルダさん、終わりました」


 荷物も全て載せ終わったのか、セレスがヒルダに向かって笑顔で手を振っている。

 あの笑顔を守ることもまた、自分に科せられた使命の一つだ。

 そう思って、ヒルダは歩き出したのだった。


  ◆


「ねぇ、ジークフリード様」

「どうした?」


 毎日の日課であるユリアナとのお茶の時間。

 今までは忙しくて、こんな時間も取れなかったが、ユリアナが倒れて以来、時間を作っては一緒に紅茶を飲んで話をしていた。


「わたくし、今、幸せですわ」

「そうか?」

「はい。貴方様の名前をこうして呼べるのですから」


 ふふふふふ、と幸せそうに笑うユリアナを見たジークフリードは、目の奥にずきりとした痛みを感じた。


「痛ッ!」

「どうかなさいましたか?」


 心配そうにジークフリードを見るユリアナの声に重なるように、別人の声が聞こえる。


『大丈夫ですか?』


 この部屋にいるのは、ジークフリードとユリアナだけだ。

 他の人間などどこにもいない。

 だと言うのに、ジークフリードの中からこの声が消えない。


「……いや、何でもない」


 軽く頭を振ったジークフリードは、心配そうに伸ばされたユリアナの手を無意識に拒絶した。

 そのことにジークフリードは気が付かなかったが、ユリアナは一瞬、憎々しげな顔をした。

 もちろん、ジークフリードがユリアナの方を見た時には、きれいに消していたけれど。


「そういえば、ノクス公爵が来ただろう?」

「はい。ですが、お父様はあの通りの方ですから、ジークフリード様が気になさることはありませんわ」

「だが、君の父君だ」

「ふふ、そうですわね。正直、お父様とは、父娘らしい会話というものをしたことがありませんの。何を考えているのかさっぱりですわ」

「そうか? 十年前、君を王妃にするという約束を取り付けた時は……」

「ジークフリード様?」


 急に言葉が詰まったジークフリードの名前をユリアナが呼んだのだが、ジークフリードはその時のことを思い出していた。

 あの時、ノクス公爵は何と言っていた?

 確か、そう、予定通りだ、とぽつりと言っていた。

 それは、ユリアナが王妃になることが予定通りのことだと思っていたのだが、本当にそうだったのだろうか。


「痛ッ!」


 再度、目の奥に痛みを感じた。

 


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