北の大地へ①
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「ノクス公爵領に、ですか?」
「はい。ダメですか?」
セレスが、ヒルダにノクス公爵領に行きたいと急に言い出した。
「ダメ、ということはありませんが……」
セレスにノクス公爵領にある小さな村に行きたいと言われて、ヒルダは戸惑った。
ヒルダ自身はノクス公爵家を出奔している身だが、別に出禁になっているわけではない。
実際、何度かこっそり領都に帰ったこともある。
だが、オルドラン公爵家の義娘であり、『ウィンダリアの雪月花』でもあるセレスが行くとなれば、不安を覚えても仕方がない。
「……行くとしたら、ご身分を隠して、となりますがいいですか?」
「もちろんです。ただの薬師として行きます」
正式な貴族令嬢の訪問となれば、それなりに根回しが必要になる。
もちろん貴族令嬢、それも公爵家の令嬢としてそれなりの人数を引き連れて大きな馬車に乗って、となる。
セレスが望むような自由に動ける時間もないだろうし、しかも行きたいその村には行くことが出来ないだろう。
あの父が、オルドラン公爵家の令嬢が領内を自由に動き回る許可を出すわけがない。
「久しぶりに髪の毛も黒く染めて、普通の薬師を装います」
「あぁ、それもありましたね」
最近、きっと誰もがセレスの正体については見て見ぬふりをしているのだろうと、密かにヒルダは思っていた。
じゃないと、いくら髪の毛を染めることが流行っているとはいえ、誰も何も言わないのはおかしい。
雪月花に憧れてるのか? くらいの冗談は言えるはずなのに、誰も雪月花のせの字も出さない。
「ヒルダさん、どうでしょう?」
父は、雪月花を害する気概などないだろう。
どちらかと言うと、避けている感じの方が強い。
関わりたくない、そんな雰囲気だ。
ヒルダのことを覚えている者も残ってはいるだろうが、騒動さえ起こさなければ、今まで通り静観の構えを見せるだろう。
一応、四大公爵家の一つなので、領内の治安維持にもそれなりに力を入れている。
護衛がヒルダ一人でも、おそらくは大丈夫だ。
こう考えると、行ってはいけない、という理由がない。
「分かりました。オースティ様にお伺いは必要ですが、秘密裏に行くのならおそらくは大丈夫です」
「なら、私から手紙を出しますね」
「えぇ、きっと愛娘からのお願いの方が、効果が高いですよ。ですが、お嬢様、どうしてあちらに行きたいのですか?」
「……お姉様たちのことを知るために。それから、私自身のことも」
西のウィンダリア侯爵領ではなく、何故か北のノクス公爵領に行った姉。
出来損ないと評された魅了の香水ではなく、本当の魅了薬のレシピを残したトーイという北の方の出身と思われる薬師。
息子に魅了の香水を渡していた、ノクス公爵家出身の王妃。
「北に何があるのかな……」
セレスは、今まで一度も行ったことがない北の大地に、何故か導かれているように感じた。




