真の薬と偽の薬⑥
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細かく砕いたオードリーの葉を月の水に一晩浸す必要があったので、セレスは一度、屋敷に戻った。
まずは、残っているレシピ通りに薬を作ってみて、そこから改良出来るかどうかを確認するつもりでいた。
翌日、薬師ギルドに来たセレスは、今度はその濡れたオードリーの葉の水気を軽く絞ってから、乾燥部屋へと持って行った。
しっかり乾かすと書いてあったので、乾燥部屋で乾かさないと、外だと全て飛んで行ってしまう危険性がある。
細かくしてあるのも良し悪しだ。
「んー、先に月の水に浸して乾燥させてから、細かく砕いちゃだめなのかな?」
その方が葉の形のまま乾燥させられるので、今の状態よりはどこかに飛んで行ってしまう危険性は低いはず。
「まぁ、作ってみないと、何とも言えないよね」
セレスが考えることは、きっと昔の人も考えたはずだ。その上で、先に細かくしておいて方が、薬としてより効果が高いという判断に至って残っているレシピなら、従った方がいい。
昔のレシピの中には無意味なことが書いてあるものも多いが、中には本当に重要な手順で書いてある薬もあるので、一概に全部が全部、間違っているとは言えない。
なので、最初はまずレシピ通りに薬を作るしかない。
どれだけ無駄なことだと思ったり、無意味に薬草を消費しているだけだと思っても、そこに理由があるのなら、手順通りに作るべきだ。
「ヒルダさん、乾燥させる間に近くの森に行ってもいいですか?」
「はい。この辺りで出るのは猪くらいですが、注意してくださいね」
「猪ですか。薬草とかでも関係なく食べちゃうので、ちょっと困るんですよね」
苦いだけの草なら食べないと思うけれど、薬草の中には美味しい物もあり、獣や虫が好んで食べる物もある。
薬師としては困るのだが、森の中に自然に生えている物である以上、仕方のないことだ。
「もっとも、獣が食べない植物なら毒を疑った方がいいので、ある意味毒味役をしてくれてると言えばそうなんですが……」
「そうですね。森の生き物がそういうことは一番良く知っていますから」
セレスとヒルダは馬車に乗って、クレドの街の近くにある森へと出かけて行った。
森に着くと、ヒルダが先に降りて、周囲を確認していた。
「王都の方にある森とは全然、違いますね」
「そうですね。何と言うか……重い?」
まず、空気の中に含まれる緑の匂いがとても濃い。
もちろん、王都近くの森もちゃんとした森なのだが、空気の濃さが全く違う。
まるで空気までねっとりとして、絡み着いてくる。
「お嬢様、獣や虫に注意してくださいね」
「はーい」
きょろきょろと辺りを見回して薬草を探し始めたセレスに、ヒルダが注意をした。
それにしても、とヒルダは辺りを見回した。
この濃い森の空気は、ヒルダが育った屋敷の近くにあった森を思い出させる。
ノクス公爵領にあるその森は、あの父でさえ手を出さなかった森だった。
そこは、一見、何の変哲もない森だった。
幼い頃のヒルダは、妹と共に厳しい淑女教育を施されていた。
父の、姉妹の内のどちらかを必ず王太子の婚約者にするのだという、どろどろとした執念を感じて、ヒルダは怖かった。
いつしかその怖さが反発に繋がり、ヒルダは剣術ばかりするようになった。
もちろん父は怒ったが、ヒルダは剣術の修行を止めなかった。
結果、父は妹を王太子の下へ送るべく彼女の教育に力を入れ、ヒルダは放置されていた。
ヒルダはそれをよいことに、屋敷を抜け出して、近くに住んでいた腕の立つ騎士から剣の修行を受けていた。
会うたびに父は冷たい目をしてヒルダを見ていたが、あれはきっと道具が意思を持ったことにいらだっていたのだ。
己の意のままにならない道具など、父にとっては不要のモノでしかない。
たとえそれが実の娘でも、その程度の存在なのだ。
妹は、昔から何故か、自分こそ王太子妃に、そして後には王妃になるのだと言っていたので、最初から姉のことなど眼中になかったのだと思う。
師匠の騎士に連れられてその森に何度か行っていたが、一度だけ、父がそのことを知って怯えていた。
……そう、あれは、怒っていたのではなくて、怯えていたのだ。
表面上は、怒鳴っていた。
ヒルダに、森には入るな、と怒鳴り散らして去って行った。
けれど、その身体が微かに震えていたことに、ヒルダは気が付いていた。
師匠に理由を知っているか聞いたら、あまり詳しくは知らないけれど、と前置きして、自分が知っていることを教えてくれた。
この森は、手を出した者に容赦しないのだ、と。
『森の中に入って薬草や森の恵みを採取したり、獣を狩ることは許されているけれど、それが行き過ぎたり、森そのものをなくそうとした場合、罰が下るのだと言われているんだよ。ノクス公爵家が、あの場所にある森を、邪魔だと排除しようとしなかったと思うかい? 何代かに一度、そんな言い伝えは信じないと豪語して、森に手を出す愚か者は出るんだ。当代もその一人だよ。若い頃に、父君と一緒にあの森を壊そうとした。けれど結果は見ての通り、今もこの森は存在していて、君は君の祖父君と会ったことはない。そして、その時以来、公爵はこの森に関わることはしていない』
ヒルダは、祖父に会ったことはない。
というのも、祖父は父が若い頃に急な病でなくなったと聞いているからだ。
一度だけ、先々代のティターニア公爵に祖父のことを聞いたことがあるが、彼も何の病気だったかは知らないと言っていた。
ヒルダは、ひょっとしたら、それが森に手を出そうとした者に対する罰の一つなのかもしれないと考えていた。
ここは、その森に空気感がよく似ている。
そういえば、あの森には、神様を祀った場所があるのだと聞いたことがある。
狩人や冒険者など、森の奥深くに行く者だけが知っている、小さな神殿があるのだそうだ。
当然、誰も住んではいないので、そこに行った者が掃除などをして、供え物を置いてくるのが規則になっている。その代わり、神殿で雨宿りなどをすることが許されているのだそうだ。
もしかしたら、ここにもそんな神殿があるのかもしれない。
そんなことを考えていたら、薬草を見つけたセレスが嬉しそうに採取しては薬草用の袋に入れていた。




