3.7
カトーとジャックは、陸舟のすぐ近くで焚火を囲んでいた。
これまでそうしてきたからか、カトーは鍋を火にかけている。黒くて分厚くて重たい鋳鉄の鍋だ。フレンディアナに立ち寄らされた際に購入した、ダッチ・オーブンとかいう調理器具である。カトーが言うには、荒野を動き回るようなアタシらこそ使うべき道具なんだとか。ダッチ人とかいう生き物についても語っていたけど、そっちの方は憶えてない。ともかくカトーは、その万能調理器具で、夕食を作ってくれているらしい。
ジャックの方は、大きめのレッグポーチから色々取り出し、銃の手入れをしているようだった。
そんなに色々持ち歩いてたんだ、と言いたくなるほど、あれこれ出てくる。ナスみたいな形の袋に、細くて小さな金属棒、布、青いキャップの小瓶、などなど。
カトーが布バッグに手を入れ、チリパウダーの瓶を取りだした。ノーメックスのグローブをはめてダッチオーブンの蓋を開け、これでもかとばかりに振っている。しっかりズームをしていれば、舞い散る赤い粉まで見えたかもしれない。
と、ジャックが眉が歪め、口を開いた。アタシは思わずバイオニック・アイの推測機能も起動し、二人の唇を読みはじめていた。
「おい、カトー。なんだその手に持ってる瓶は。それに、この匂いは」
「なにって、チリパウダーだよ。こいつがないと話にならないからな」
「……なにを作っているのか、聞いてもいいか?」
「おいおいおいおい! おっさん! 聞くまでもないないだろうがよ! 芋と、豆と、トマトの水煮とひき肉を入れたスープに、チリパウダーだぞ? 分かんだろ?」
カトーの唇の動きを目で追いながら、アタシは思わず笑ってしまった。今日までうんざりするほど――本当にうんざりするほど聞いた言い回しである。続く言葉は、
「テックス・メックスだ!」
アタシの口から、ふひ、と変な笑い声が出た。ジャックには聞かせられない。
頭を振って気を取り直し、観察を再開する。
ジャックはアタシも何度かしたように、手の平で顔を覆って、夜空を仰いだ。
「……勘弁してほしいな」
「なんでだ? 嫌いなのか? テックス! メックス! 最高の料理じゃねぇか。我らがアッムェェェリカァ、が誇る、サイッコーに美味い料理群のひとつだろうが!」
「テクスメクスをアメリカの料理というかね? カトー、意味わかってるのか?」
「もちろん分かってるさ。認めたくねぇが、オレは農家の息子なんだよ。我らが愛すべきかどうか微妙な隣人が作った料理を、俺たちがパクった料理だ。美味いぜ?」
カトーの言い分はともかく、料理の腕の方は本物だと思う。『ときたま』の他に、『料理を作る』グッドマンも、とってもいいやつなのだ。正直に言えば、ギャンブラーなんて似合わない商売はやめにして、ぜひ旅人の胃袋を満たす食堂をやるべきだと思う。それだったらアタシも通うと思う。
なにせ旧ペンシルヴァニアの田舎町であまりの安さに買い込んでしまった、口に含んだだけで目眩を覚え咀嚼するたび吐き気を伴うジャガイモを、普通に食べられるように調理してしまうのである。まさに神技ってやつなんである。
カトーに苦笑で返し、ジャックはナスみたいな形の袋の注ぎ口を指で押さえて逆さにし、戻してから、銃の弾倉へ差し込んだ。何の儀式か分からないけど、中身は多分火薬だ。
「それじゃ聞こう。カトー、お前のご先祖様は極東の島国に住んでたって知ってるか?」
「当たり前だろ? おれのご先祖様は誇り高い種族だからな。おれは親父の親父のそのまた親父に教えられたね。なにが極東だよバカ野郎、って言ってたよ」
「――なんだって?」
「だから、『なにが極東だよバカ野郎』って、言ってたんだよ。『腰抜けどもめ。喧嘩にゃ勝ったが俺らが怖いに違いない。だから一番遠くにいることにしたいんだ。アホどだからな。性根が弱いんだこの国は。お間抜けのビビリ屋なんだ』とかなんとか、よく言ってたな」
「……お前のひい爺さんはイカれていたのか?」
カトーは眉をぴくりと跳ねて、鍋から引き上げた杓子をジャックに向けた。
「その点に関しちゃノーコメントだ。イカれてないって言ったら、おれの頭と品性が疑われちまう。だけどもおれは、口が裂けても、身内をくさすようなことは言わない」
ほんとに家族のことが好きだな、カトーは。普段は一言も口にしないのに。
まぁ生きてる家族を大事にするのはいいことだから、その点に関しては評価してあげてもいい。きっといまのカトーは、『ときたま』のグッドマンになっているのだ。
ジャックは唇の両端を下げ、少し大きなパチンコ玉みたいなものを、弾倉の上に乗せた。あれが多分、弾丸だ。実物は初めて見たけど、ホントにただの鉛の玉らしい。
「言ってるようなもんじゃねぇか」
「いや、違うね。論理はともかく、おれには、ひい爺さんの言いたいことがよく分かる。丸い地球の上で極なんとかって呼んでも、原点をどこに取ったかって意味しかねぇのさ。要するに、そう呼ぶことで誰かが納得したかったって、それだけなんだ」
「ほう? なるほど? つまりはこう言うわけだ。『ナカサキ一族は時計を捨てた』」
さすがに時計は使うと思うよ、ジャック。農家だし。
カトーは、つまらない冗談だな、と言わんばかりに杓子を宙に泳がせた。
「おれの話をちゃんと聞いてたのかよ? いいか? 新たなる澄風で世界は洗われちまったし、海は濁ったきりで誰も外に出られないんだ。おれから言わせりゃ、『みんなで決めた時間をみんなで守ろう』なんて発想、意味がねぇんだよ」
「だからお前の国は極東じゃないってのか? バカバカしい」
ジャックは弾倉を回して、銃についてる棒を力任せに押し下げた。この作業は知っている。弾を薬室に押し込む、意外と力がいる作業だ。
カトーはふいにジト目になって、杓子で鍋の縁を叩いた。
「視点が大事だって言ってんの。いいか? おれらが住んでるこの星の直径は約一万三千キロメートルで、円周は約四万キロメートルあるんだ。今おれから一番遠く離れてる人間は誰だかわかるか?」
カトーは杓子を振った。トマトソースの飛沫がジャックの顔に飛んだ。
「あんただ、ジャック。おれとあんたの間の直線距離は約二メートルさ。だが、おれはあんたに背を向け、地平線に言う。『よし、こんだけ逃げれば大丈夫だぜ』ってな。そういうことだよ」
「……ヤード・ポンド法で言え」
「……ああ、クソ。だから崩壊前世代は嫌なんだ。――ひい爺さん以外はな」
「俺はそこまで爺じゃない。崩壊中世代だ。崩壊後世代の方が分からんよ」
ジャックのツッコミには耐えたのに、最後の愚痴でアタシは吹き出してしまった。バブ爺と同じだ。それを言ってしまったら、お爺ちゃんの仲間入りだよ、ジャック。いつまでも『男同士のひみつの会話』ってやつを盗み聞いているのも悪い気がして、アタシも夕食前の団らんに加わろうかと思った。
そのときだった。
カトーが、重大なことをジャックに尋ねた。
「その崩壊中世代のあんたが、引退したきっかけは?」
「……しつこいな。どんな理由でもいいだろう」
「よかないね。なんせ、ジェシーに偽名を使ってたんだ。協力者としちゃ、理由が知りたいもんだよ。裏側を隠し続ける奴は信用できないからな」
アタシも知りたい。
「お前が言うか。お前だって、本名は彼女に言ってなかっただろ?」
「おれは通り名を名乗っただけさ。あんたはおれには名乗って、ジェシーには名乗らなかった。どう考えたって、意味が違うんじゃねぇのか?」
カトーがしたり顔でそう言うと、ジャックは深くため息をついて、話を始めた。




