3.6
「いったいどうやって、その骨董品で撃退したんだ?」
カトーがため息混じりにジャックに言った。
失礼な! アタシらを救ってくれた英雄の剣に!
アタシがそう反論するより早く、ジャックが当然のように答えた。
「お前がロープと風に振り回されてるのを見て思いついたんだよ。ロープを撃った」
「マジかよ。その骨董品で? いくら二、三〇メートルたって、確率は?」
「知らん。三発撃って一発当たった。だから三分の一でいいだろう」
「そりゃ命中率だ! 確率じゃねぇだろ!?」
相変わらずカトーは面倒くさいことばかりいう。
アタシは同業者からもらった地形データを参考に陸舟をなだめて、抗議した。
「生き延びたんだから、それ、止めてくれない?」
「あ? それ? どれ?」
ホントに全く分からないって様子でカトーは首を巡らせた。まったくムカつく。
アタシはため息をこらえきれなくなっていた。
「その、確率はどんなもんだってやつ。もう毎日毎日、いい加減聞き飽きたんだよ。その面倒くさいベルヌーイがどうとかいうやつ、嫌いなんだってば」
「なんだと? 人の信仰についてとやかく言うのはルールに反してるだろ」
「なにがルールさ。知ってる法律があるなら言ってみなよ。機能してるかどうか教えてあげるからさ」
ジャックが呆れたように息をつき、口を挟んだ。
「お前さんら、いつもそうやってやり合いながら、ここまで来たのか?」
「やり合ってたんじゃないね。オレが一方的にやり込めてきたのさ」
「よく言うよ! アタシが仕事を受けてやんなきゃ、すぐに野垂れ死んでたね!」
「なんだとぉ? 前から言おうと――」
「その辺にしてくれ。お二人さん、気付いてるか? お前さんらな、息ぴったりだぞ」
冗談じゃない! と、抗議のひとつもしたかった。
けれどそれより早く、ジャックが帽子を取って、空にかざしていたのだ。まるで踊っているかのように滑らかに動く手に、アタシの目は吸い寄せられた。
茶色いカウボーイハットは空中を一回りして、白髪の目立つ頭に再び降りた。帽子の軌跡を追うのを止めた目は、自然と流れて遠くの空へと向かう。煙草の灰を水に溶かしたような空は、砂丘の稜線から差し込む赤に負け、薄汚れた紫色へと変質しはじめていた。
すぐに、夜が来る。
アタシはメインパネルを操作して、周辺で屋根がありそうな場所を検索した。廃墟がいくつかあるらしい。陸舟も近くに置けそうだ。地形図を譲ってくれた名も知らぬ陸舟の船長に感謝である。でも、紹介してくれたバブ爺には感謝しない。お尻を触られたから、まだ割に合わない。
「近くで野営をするから、自衛の準備はしといてね」
アタシは、積荷ひとつとジャックに言った。
バブ爺の知り合いからもらった地形図を頼りに仮停泊地に向かうと、巨大なクレーターがあった。大きな爆弾でも落ちたような穴が重なりあってできたクレーター。周辺には崩壊前に立てられたビルの瓦礫や廃墟が段状に連なっている。教えられていた固定周波数を発信すると、すぐにビーコンの返答があった。
穴と周辺の瓦礫に注意しつつ信号を辿っていくと、クレーターの中ほどまで続く、半ば人の手が入ったスロープにでた。その先に、かなり立派な倉庫――いや、廃墟があった。横倒しになってしまったビルだ。
新たなる澄風が吹いたとき何があったのかは分からない。でも、建物の基礎にダメージを受けたビルが滑り落ちたのだろう。時が過ぎ、雨が降り、土砂が流れ、横倒しのまま安定した。そして今では、内陸部と東海岸をつなぐ中継地点となった。
――全部ただの想像。実際にどうしてそうなったのか、安全なのかも分からない。
アタシは適度に風を逃がして速度を落とし、周囲を警戒しながら近づいていった。
バブ爺の知り合いを疑いたくはない。けれどアタシは東海岸ではよそ者だ。それに、彼らが知らない間に野盗や危険な原生生物が住みついた可能性もある。
瓦礫の間を抜ける風音は野盗の息遣いに聞こえ、陸舟の通ったあとに響く幽かな物音は獣の足音を思わせる。知らない土地では、心配しすぎるということはないのだ。
ちらっと見ると、ジャックもちゃんと周囲に気を払っているようだった。一歩街を出れば、危険地帯だ。そんな状況でも手の平の上でサイコロを遊ばせるカトーは、実は大物なんじゃないかと思う。多分、一時の気の迷いってやつだろうけど。
いずれにしても、街以外の場所で夜を一回飛び越えるのなら、やらなきゃいけないことがある。すごく単純で、とても大切で、それさえしとけばゆっくり眠れる。
さぁ、安全確認だ。
マストを畳んだ陸舟を建物に押し込み、キーを抜く。
安全確認に行くのはアタシ一人。誰が行くか選ぶとき、迷いはなかった。
まず、カトーは陸舟の傍に置いていくしかない。
カトーは役立たずな上に足手まといで、連れて行っても役にも立たない。でも彼は料理上手で、一度食べると、ついもう一度頼みたくなるご飯を作る。だからカトーの居残りは、今日までの、そして今後の道中でも決して変わらない選択だ。
もちろん、彼を守りたいわけじゃない。
アタシにしてみれば前金だけでも十分な額をもらっているし、元を正せば賞金首で同情の余地なし。陸舟の船長としても賞金稼ぎから守ってやるのは職務の外だ。
しかもアタシは、エクス・マイアミのミセス・ホールトンが賞金稼ぎ狩りの犯人なんだと、すでに知ってる。カトーを守ってあげる利益も、後金を除けば他にない。だからカトーは居残りになるのである。他に理由はないはずなのだ。うん。
次にジャックだ。今回に限っては彼にも陸舟の傍で待っていてもらうしかない。
できれば一緒に行きたいけれど、そうはいかない。ジャックの得物は拘りの詰まった前装式の拳銃だ。いつでも撃てる弾丸は、すでに残り三発まで減っていた。可能な限り速やかに、再装填をすませなくちゃならない。そして求められる安全確認は、それを待ってはくれない。
懸念されるのは陸舟を盗まれることだけど、鍵は抜いていくから心配いらない。となると残る問題は、船をあれこれ調べられるかもしれないってことだけだ。
アタシは、ひとつ、ふたつ、みっつと考えて、諦めた。
見られて恥ずかしいのは、メインパネルに張った写真と、普段の野営で寝泊まりしている陸舟の貨物空間に貼られた写真だけ。……あと写真に書いてたかもしれないLとOとVとEの文字列だけだ。多分。
自信はないけど、命には換えられない。
そう思ったアタシは、張り切って安全確認に出た――のだけれど、拍子抜けした。
周辺には、生き物の気配すらなかった。
もちろん倒れた建物内をあちこち歩き回ったし、持参した鉤付きロープを使って登ったり、降りたり、元は窓で現在は天井の割れガラスを超えて屋外も検索した。
その頃には太陽はすっかり隠れていて、空にはポツポツお星さまが浮かんだ。
当然、アタシは左目を瞑ってバイオニック・アイを起動し、暗視した。
やはり生き物はいなかった。
取り越し苦労に、ため息ひとつ。でもこれは我慢できる苦労のひとつ。
アタシは足取り軽く船まで戻った。そして同時に、いつも澄ました顔して無茶ばっかりいうカトーの奴を、脅かしてやろうと思った。
そのためには、ジャックが邪魔だった。いや、ジャックがいるのは嬉しいし、邪魔だなんてとんでもないけど、カトーを脅かしてやるには邪魔だったのだ。
気づかれてしまうだろうか。気付かれたら笑われるだろうか。
なんだかいつもよりふわふわした月明かりの下で、抜き足差し足、そろそろと気配を隠して歩く。わざわざ少し遠回りして音と気配を拡散してみたりして。陸舟から少し離れた位置に突き刺さってた雑貨店の看板に身を潜ませたりして。
アタシはバイオニック・アイでズームをかけて、二人の様子を窺った。




