40 ダンプ野郎
2日目はレンタカーのX-トレイルに乗っての調査となった。中央道を府中インターで降り、多摩川に掛かった新しい橋を越えて、野猿街道を橋本方面に向かって30分ほど走ると、窪木商店の看板と、その背後に5、6メートルの高さに積まれた産廃の山が見えてきた。窪木商店はドイツ・リンデマン社製の大型ギロチンシャー(裁断機)とシュレッダー(破砕機)を備えた中間処理施設だった。もともとは鉄スクラップ業者だったが、産廃処理を兼業するようになったのだ。車を路肩に駐車したまま路上から様子を伺っていると、20トンセミトレーラーや10トンの箱車が続々とスクラップや廃棄物を運び込んできた。廃棄物処理業者は、入荷ヤードで廃棄物と有用物を仕分けしてから処理機にかけるのが普通だが、スクラップ業者では、スクラップと廃棄物をアンコ(混合物)にしてシュレッダーにかけていた。鉄だけを切ると刃が痛みやすいので、適度に混ぜた廃棄物を緩衝材として使うのである。
身長185センチはありそうな大男が、2人の車に気づいて外に出てきた。工場長の小宮だった。
「あんた、そこ邪魔だよ」小宮はすごみを聞かせて言った。市役所や都庁のパトロールなら、追い返してやろうという剣幕だった。
「警視庁の目黒だ」
「桜田門の旦那がこんなとこまでなんの用ですか」目黒が見せたバッジは効果覿面で、小宮は急に下手に出始めた。
「これはなんだよ」目黒は畳みかけるように足下に散らばった点滴のチューブを蹴飛ばした。
「こんなものどっから出てきやがったのか」小宮は背を丸めてしらばっくれた。
「医廃まで受けてるのか」
「まさか、どっか他所に仕向けたのが、たまたま混ざっただけですよ。これっぽちなら、いいじゃないすか」
「まあいい。それより、ちょっと調べてもらいたいことがある」目黒は九谷商会で入手したマニフェストを見せた。
「この荷はどうなった」
「どういうことですか」
「ここのギロチンじゃ処理できないだろう」
「そんなことは」
「早いとこ歌ったほうがいいぞ。それともフダ(令状)とって徹底的にやろうか」
「そんなことになるんじゃねえかと思ってましたよ。実は流しのダンプに頼んだのがありまして」
「流しってことは一発屋か」
「いえ、そのサンプルってことで」
「どこのサンプルだよ」
「処分場が見つかったら契約するってことで」
「つまり契約書もマニ伝(産業廃棄物管理票)もなしだな」
「まあ、そおっすね。やっぱ、やばいっすか」
「今日は廃掃法の捜査じゃねえんだ。正直に言えば生安(生活安全課)には内緒にしてやるよ」
「ほんとすか」
「流しのダンプはなんてやつだ」
「池田って野郎です」
「連絡は取れんのか」
「住所は八王子だったと思います。うちが教えたってのは言いっこなしに願いますよ」
小宮はあっさりと池田の書いた領収証を示した。1台10万円と書かれていた。流しのダンプ屋は架空の住所を使うのが通り相場だったが、池田が書いた住所は本当っぽかった。
「池田が福島に運んだんでしょうか」窪木商店を出るなり涸沼が言った。
「そうとはかぎらねえが、ブツに触ったのはちげえねえかもな」目黒は慎重な物言いだった。
八王子の正法大学の裏手にある池田のアパートはすぐに見つかった。デパートで化粧部員をしている内妻は留守で、昼間の仕事がない池田は和室で寝転がっていた。掃き出しの窓が開けっ放しで、隠れようもなかった。目黒が警察官だと名乗っても驚く様子はなく、ただ迷惑そうに顔をしかめた。手足のひょろりと長い猫背の男で、無精髭を生やし放題にしていた。
「刑事さんがなんの用すか。俺はなんにもやっちゃいないすよ」池田は大きな地声で答えた。
「産廃運んでんだろう」
「そりゃ頼まれりゃ運びますけど、このごろはあんまりやってないすから」
「深箱で産廃やらなかったらなにやってんだよ」
「土砂すよ。残土」
「ふざけんなよ。土砂禁(土砂等禁止車両)だろうが」
「加減して積みますから」
「窪木じゃ、オメエに頼んだって言ってるぜ」目黒は小宮との約束を反古にして、あっさりとネタをばらした。
「冗談じゃないですよ。あんなとこ行ったことないすよ」
「よくあんなとこって知ってるなあ。車見せてみろ」
「勝手に見てってくださいよ。鍵付けてあっから」
「一緒に来いよ」
「めんどくせえなあ」池田は草履履きで、ダンプを無断で置いてある近所の空き地に目黒を案内した。
「そのアンテナはCBか」目黒は派手な再度ミラーに付け直した運転席のルーフのアンテナを見上げながら言った。
「そうすけど」
「免許ないなら外せよ」
「使わなけりゃいいんでしょう」
「いっぱしの言い訳するんじゃねえ。このナンバーなんだよ。ガムテープ貼った跡があんじゃねえか」目黒はナンバープレートを隠した痕を見とがめた。オービスやNシステムでナンバーを読まれないために、フロントナンバーの数字をつぶすのである。不法投棄する時に、用心深くナンバーを隠すダンプは珍しくなかった。
「整備工場で塗装かなんかの時に貼ったんでしょう」池田は嘯いた。
「ざけんなよ。なんで1文字だけ隠すんだ」
「知りませんよ」
「荷台見せてみろ」
「勝手にどうぞ」
「相川、見てこい」
偽名を呼ばれて、涸沼は一瞬キョトンとしてから、思いついたように荷台に登った。荷台は確かに空だった。その間に目黒はダンプの脇に回って、後輪のタイヤハウスを調べた。
「こいつは食品会社のポリエチレンの包装材だな」目黒は車軸にからまった廃プラを引っ張り出した。
「農業系すよ。残土の現場にゃよくあるビニールです。いろいろ混ざってますから。都内のビルの現場なんか、掘っては埋め、掘っては埋めしてんだから、結構昔埋めた産廃とかも出てきますよ。それをみんな産廃の許可取って運べなんてったら、残土屋なんて仕事はありませんよ」
「まったく口の減らねえ」
「それで刑事さん、俺がなにしたってんです」
「福島行ったことあるな」
「ないすね」
「てめえが運んだブツが出てんだ」
「そんな証拠がどこにあるんすか。俺が近場に運んだやつを、また他のやつが運び出したんじゃないすか」
「近場ってのはどこだよ」
「千葉のほうとか」
「しらばっくれるんじゃねえ。千葉の穴はとっくに終わっただろう。なんならこのダンプ、証拠に押収してもいいんだぜ」
「なんすかそれ。俺に死ねっての」
「正直に言えばいいんだよ」
「福島すか、まあ、行ったこともあったかもしんないすけど、無線についていくだけだからねえ。どこなんだかさっぱりわかんないんすよ。わざとぐるぐる回りやがるから」
「無線てのは誰だよ」
「名前言わないすからね。聞いたって覚えちゃいないすよ。そんなやつら五万といるんだから」
「無線名を教えろよ。本名は言わなくても通称があんだろう」
「知りませんよ。もういいすか刑事さん」池田は吸い終わった煙草の箱を踏みつけると、ぐちゃぐちゃに草履で踏みつぶして勝手に帰ってしまった。




