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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第4章 廃棄物調査
39/91

39 偽警官

 涸沼は新卒時代のリクルートスーツを引っ張り出した。夏に着るにはいくらかやぼったい紺のサージだったが、それが一番まじめそうに見えたし、涸沼のクローゼットの中では一番のブランドスーツだった。ネクタイは出掛けに千愛が臙脂のグッチをプレゼントしてくれたので、それを合わせた。

 お盆明けから1週間の夏休暇をとって、日曜日のうちに特急で上野駅まで出て、駅近くのビジネスホテルにチェックインした。クリーニング無料サービスが出張者に評判のホテルだった。おかげで証拠の入った紙袋以外の手荷物が小さくてすんだ。

 目黒とは月曜日のお昼前に新橋駅のSL広場で待ち合わせた。夏の日差しが照りつける広場は、午前中から尋常じゃない暑さで、男でも日傘を差している姿が、涸沼には珍しかった。ポロシャツのサラリーマンも少なくなかった。スーパークールビズと言うらしかった。

 「これはあんたの分だ。名前は適当に変えておいたぞ」黒スーツにノータイの目黒は、涸沼のためにわざわざ警察官の名刺を10枚用意していた。渡された名刺には警視庁生活安全部生活経済課巡査部長相川俊哉と書かれていた。ありふれていて覚えにくい偽名だった。

 「こんな名刺作ったりして、ばれたら大変ですよ」

 「刑事が聞き込みで名刺を出すことはまずないし、出すとしても俺のだけで十分だ。用心に作っただけだよ。さ、行くぞ」

 「あのう、お昼は」

 「歩きながらパンでも食え。俺はいらねえ」

 「刑事ドラマみたいですね」

 「たまたま腹が減ってねえだけだ。いつもはがっつり食うぜ。刑事は肉体労働だからな」

 「なるほど」

 「リストを見せてみろ」

 「これです」涸沼は苦労して作りあげた証拠リストを目黒に渡した。

 「よくできてるじゃねえか」目黒は歩きながらリストアップされた社名に見入った。「右翼が欲しがりそうなリストだな」

 「どうしてですか」

 「不法投棄したこと役所やマスコミに売るぞって脅かすんだ」

 「恐喝じゃないですか」

 「そうとも言うな」

 「どこから始めますか。なんだか雲を掴むような気がします。集めた証拠はほとんど全部違う会社のものなんです」

 「違うからいいんじゃないか」

 「えっ、どういうことですか」

 「今にわかるよ」

 目黒に従って涸沼も新橋駅の地下にある銀座線の改札口に吸い込まれた。

 リストの中から目黒が直感的に最初の訪問先として選んだ鈴成住宅の本社は、赤坂見附駅から数分の中層の自社ビルだった。入口の受付で目黒が警視庁の警部だと名乗ると、専務の鯨坂があわてた様子で出迎えに降りてきて、応接室に案内した。偽警官として同行することになった涸沼はひやひやしながら目黒の隣に無言で座った。

 「この図面が不法投棄現場で出たんだけど見てくれないか」目黒は土が付着して赤く汚れた図面の原本をビニール袋から取り出して、応接室の紫檀の贅沢なテーブルの上に広げた。

 「不法投棄ですか。ちょっと拝見させてください。なるほど、確かにわたくしどもの請負った工事図面に間違いありません。いろいろ赤鉛筆でチェックがありますね。設計事務所での下打合わせに使ったものではないかと」鯨坂は図面を一瞥するなり言った。

 「現場の廃棄物の処理を委託した業者名を教えてもらいたいんだ」

 「直接施工した現場の図面ならばすぐにわかるのですが、だいぶ古い図面ですし、それに下請けに下ろしている工事だと思いますので。調べるだけは調べてみますので、念のためお電話番号を」

 目黒は名刺を渡さず白紙の紙切れに携帯番号を無言で書いて渡した。「こっちが頼んだこと以外は動かないでもらいたい。図面を廃棄した下請けにも捜査のことは内密にしてもらいたい。そのかわりうちも、おたくの会社の名前をよそには出さないようにするよ。もちろんおたくに犯罪行為があれば別だよ」目黒は用心深く念を押した。

 「そう願えれば助かります。写しをとってもよろしいですか」

 「かまわんよ」

 「それでは少々お待ちを」鯨坂は図面を取り上げると苦い顔で立ち上がった。

 次の訪問先として選んだアレフベート社は外資系アパレルメーカーで、表参道と青山通りの交差点から路地を入ったミニ再開発ビルの1、2階を占有していた。1階は広いワンフロアになっていて、ちょうど展示会の準備中らしく雑踏していた。目黒は販売員の1人に取り次ぎを頼んだ。2人はなんの疑いも受けずに2階の事務所に案内された。室内には応接セットはもちろんのこと、事務机のようなものさえ一切なく、10人掛けの大きな白木のテーブルが1つあるだけで、その周りに小さなスツールやディレクターチェアが乱雑に散らばっているばかりだった。涸沼はものめずらしげにきょろきょろと周囲を見回した。アパレルメーカーの本社はこんなに殺風景なのかと思った。

 15分ほど待たされて、ミドルヒールの黒い革靴と黒いパンツスーツに身を固め、濃いグリーンに染めたショートカットにブロンド混じりのパートウィグを上品に載せた、いかにもアパレル系のキャリアという外見の40代の女性がやってきた。取締役営業統括チーフの寄石だった。

 目黒がでたらめな捜査の経過を述べる間、寄石は神妙に聞いていたが、目つきは鋭く、会社の評判に傷が付くような事件なのかどうかを慎重に見きわめている様子だった。

 「つまりうちが取引先に出したドメスティックブランドの型紙が、福島に不法投棄されたってことね。それならおおよそ察しがついたわ。3月に自由が丘の事務所を閉めて、ここへ引っ越したから、不要な型紙を処分したのよ。要らないものは置いておけば捨ててくれるって説明だったから」

 「どこが」

 「引越センターよ。会社の名前知りたいわよね。ちょっと待ってね、思い出すから。そうね、確かマクドナルドみたいな…ドナルド引越センターかな」

 「そこからどこの処分場に委託したか調べてもらえるか」

 「警察が調べることじゃないの? 別にうちが悪いことしたんじゃないし、かえって被害者でしょう。お金返してほしいくらいだわ。ちゃんと処罰してくれるんでしょうね。でもいいわ、会計事務所に聞けばわかるかもね」なかなかのやり手らしい寄石の受け答えはてきぱきしたものだった。寄石は目黒の目の前で会計事務所に電話した。

 会計事務所からはすぐに折り返し連絡があった。ドナルド引越センターからの請求書の明細によると、廃棄物は所沢の河北土工へ運んだはずとのことだった。

 目黒は、日本橋の高層オフィスビルに入居している、コーヒー輸入商社のFTIフェア・トレーディング・イニシアチブに乗り込んだ。現場の廃棄物の写真を見せると、応対に出た庶務担当アシスタントチーフの往水は、どうしてうちのゴミが福島なんかにと首をひねった。

 「このFAX用紙は、こちらの事務所が受けた注文書だね。この紙には送信日が印字されている。たぶんこの日から何日もしないでくずかごに捨てたんだろう。シャチハタで葛那と検印が押してある。葛那を呼んでくれないか」

 「営業第2グループの契約社員です。すぐに呼びましょう」

 葛那は警察の取調べと聞いて、ちょっと青ざめた様子でやってきた。小作りの顔に小玉の眼鏡がよく似合う、25歳くらいのチャーミングな子だった。夏だというのに重苦しいアースカラーのパンツスーツを着ていた。目黒はセクハラ自衛策だと直感した。契約社員はセクハラのターゲットになりやすい。涸沼はなにも感じていない様子だった。

 「びっくりしなくていいよ。ちょっと確かめたいことがあるだけだから。このFAX用紙に押した印はあんたのものだね。この用紙をどのように処分したか覚えているかな」目黒はチャーミングな女子には打って変わって声色が甘かった。だが、個人的な遺恨でもあるかのように往水が鋭い視線で葛那を睨んでいた。

 「これは営業所からFAXで届いた注文書です。その日のうちにパソコンに打ち込んで、検印を押して日付ごとにまとめておいて、月締めの後で廃棄しています。再生紙用のボックスに入れたかもしれませんし、ちょっと思い出せません。このころは新人で…」

 「だが、残念ながら再生されずに不法投棄されたわけだ。それだけわかれば結構。もういいですよ」

 「はい」葛那はほっとした顔で一礼して去った。

 「紙くずはどこに処理委託されていたかわかるかな」

 「ビルを管理している十銀ビルが一括契約している回収業者がありまして。確か、九谷商会という会社です」往水が答えた。

 目黒は九谷商会と十銀ビルの担当者の連絡先を書いたメモを用意させた。

 九谷商会は50台以上のパッカー車を保有し、中央区、港区、墨田区から一般廃棄物の収集運搬を受託している大手の産廃業者で、古紙の回収もやっていた。処分場ではないが、涸沼にとっては初めて見る廃棄物処理業者だった。美姫の指輪を捨てたかもしれない業者の候補だと思うと、心臓が高鳴った。

 目黒が身分を名乗ると、社長の九谷が血相を変えて出てきた。区から受託した一廃の回収を主たる営業内容にしている九谷商会にすれば、なにより信用が第一、警察の捜査を受けるようなことをしている覚えはないという自信があったのだろう。

 「うちが回ってるビルのFAX用紙が、そんなとこから出たんですか。弱ったなあ。どうか十銀ビルさんには内緒に願えますか。そのかわり、わかることは全部お話ししますよ。うちは全部、区の清掃工場に持っていきますから、よそへ出すのはなにかの事情で入れられない時だけです」

 「清掃工場以外にパッカー車が運んでる可能性がある処分先のリストが欲しいんだけどな」

 「棄てられていたFAXの日付ってのはいつなんですか」

 「これだよ」目黒は小分けしてビニール袋に入った証拠を示した。涸沼の几帳面な仕事ぶりのおかげで、いかにも警察が管理している証拠に見えた。

 「ああ、2月20日ですね。そうですねえ、その頃っていうと年度の切り替えが近いですから仕事結構多いんですよ。やっぱり清掃工場で断られたのかなあ。十銀ビル回ってた車番は2047ですね。配車表でどこ回ったかわかりますから。ああ、これだ。やっぱりそうだ。府中に行ってますね。窪木商店です」

 「中間だな」

 「そうです」

 「窪木商店とは今も取引はあるのか」

 「あります」

 「料金は」

 「パッカー車は今はほとんど行かないです。4トンのコンテナですと5万円くらいですかねえ」

 「ちょっと高いんじゃないか」

 「ええ、おっしゃるとおり、産廃としてはいい相場かも。ですが現場が近いと便利ですから。このごろは世田谷あたりの仕事もやるんですよ」

 「一廃なのに産廃で出したわけだな」

 「ご存知と思いますが、事業系一廃は清掃工場で受けてもらえなかったら産廃にするしかありません」

 「窪木に出したマニフェストはあるんだろうな」

 「もちろんあると思います」久谷は書類を捜して戻ってきた。「窪木さんに出したのは、2月20日の後だと22日と25日に増トン(積載量4トンを7トンに改造したトラック)1台ずつです」

 「写しをもらっていくぞ」

 「わかりました」目黒の有無を言わせぬ語気に九谷は従順だった。

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