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ブルームーン ~震災悲話~  作者: 石渡正佳
第3章 なりすまし
38/91

38 アルバム

 涸沼は毎日市役所の仕事が終わると自宅に直行して、目黒に教えてもらった方法で証拠の整理をした。1週間ほどで、連絡先の判明した証拠は重複を除いて15点近くになった。ノートには種々雑多な廃棄物がリストアップされ、分類記号が付けられ、排出者の名前、住所、電話番号、作成年月日など、参考になりそうな事項が几帳面に書き込まれ、採集した現場で撮った写真が貼付されていた。そこから先の調査方法は見当もつかなかったが、これが美姫の消息につながる糸口になるのだと思うと、どれもこれもが美姫の遺品のように愛おしいものに思えた。

 週末、涸沼は久しぶりに美姫の実家を訪ねて、プリクラを集めたアルバムや大学の卒業生名簿を見せてもらった。学生時代の弾けるように健康的な姿の美姫が何枚もアルバムに貼られていた。写真は嫌いだと言って涸沼には写真を撮らせなかったのに、プリクラは好きだったのだと、このアルバムを初めて見せられた時に知った。プリクラなので露出過多で画像補正も勝手にされてしまっているが、美貌がひときわ目立つ友達と撮った写真があった。きっとこの友達はなにか知っているに違いないと、その写真を見るたびに感じていた。

 美姫の妹の千愛が涸沼の来訪を歓迎して走り寄ってきた。美姫よりもずっと小柄で痩せていて、脚が2本入りそうなショーパンに、肩甲骨むきだしのタンクトップの軽装が、掌に乗せたいほど愛らしかった。体つきは似ていないが、声だけははっとするほど美姫に似ている妹だった。

 「お帰りなさい、オパ。この人、すごくきれいよねえ。プロポーションも抜群」千愛は肩越しに姉のアルバムを覗き込んだ。一緒に歩いている時、彼女だと誤解されないように、オパ(お兄ちゃん)とドラマで覚えた韓国語で呼んだのが、いつの間にか癖になっていた。胸が涸沼の後ろ髪に触れたが、本当の兄妹のように気にしなかった。

 「ああ、千愛ちゃん」

 「調査結果、早く教えてよ」千愛は涸沼がまた姉の消息調査を再開したのに気付いていた。

 「一服させてくれよ」

 「だめよ。すぐに聞きたいの」

 「まだなにもわからないよ」

 「ウソって顔に書いてある」

 「千愛ちゃんにはかなわないな」

 「なにがあったの」

 「うん」

 涸沼は堂本との出会いから廃棄物の調査を始めたことまで、手短に説明した。

 「その指輪なら知ってる。お姉ちゃん、大事にしてた。捨てるわけないよ。まさか、こっちに帰ってきてて津波に…」

 「そんなことありえない」

 「だよね」

 「目黒警部の言うとおりにやってみるよ。非公式だけど警察が初めて美姫の消息を調べてくれるんだ」

 「警察が捜査にお金を要求するなんて信用できなそうな気がするけど」

 「捜査じゃないよ。事件じゃないんだから。それにお金と言ったって必要経費程度だよ。ともかく産廃にとても詳しいんだ。来週からリストアップした業者を一緒に調べてくれるって約束してくれてるんだ」

 「じゃ、東京に行くの」

 「うん、休暇をとった」

 「すごいねえ。そうだ、いつものケーキ買って来たのよ。食べてくでしょう」

 「もちろん」

 「じゃあ、私の部屋で食べよう」千愛は妹がほんとの兄をせかすように涸沼の腕を引っ張った。

 部屋に入ると、千愛は窓を開け、家族の前では決して吸わないタバコに火を点けた。メンソール付きのスリムなタバコで、喉越しがよく、臭いが残りにくい銘柄だった。実はタバコを吸いたいから自分の部屋に誘ったのだ。美姫も両親や保育所の上司に内緒でタバコを吸っていたのを涸沼は思い出した。美姫は上品な外見とは違う面をいくつも持っていた。

 「こんなふうになるって、あたし実は思ってた」

 「こんなふうにって」

 「オパには悪いけど、お姉ちゃん、きっと都内で幸せにしてると思ってたの。婚約破棄して失踪なんてやるなあって。絶対、オパのせいとかじゃないんだよ。だって、お姉ちゃんの夢って、マイホームとか家族とかじゃなかったはずだから」

 「知ってるよ。美姫の夢は抱えきれないくらいいっぱいあって、実現できないものばかりだった」

 「セックス・アンド・ザ・シティとプラダを着た悪魔とベルサイユ宮殿が夢よ。それからたぶん、ゴシップガールとかも嵌ったよね。セレブに憧れてたのよ」

 「そんな感じだったのかな。1つくらい実現させてあげたかったな」

 「あたし、ずっとお姉ちゃんにリスペクトして生きてきたの。お姉ちゃんが目標だったの。だけどいつも届かない目標だった」

 「千愛ちゃんは千愛ちゃんだよ。同じにはなれない。千愛ちゃんにしかない魅力があるよ」

 「ねえオパ、今日は時間あるの」

 「だいじょうぶだよ」

 「近くに美味しいスパゲッティ屋さんがオープンしたの知ってる?」

 「放射能で大変なこんな時期に開店か」

 「付き合ってよ。あたしがご馳走するから」

 「ケーキ食べるの忘れてない」

 「あっそうだ、いま取ってくる」千愛は慌ててタバコを秘密の灰皿で揉み消しすと、階下に駆け降りていった。

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