邪神さんと冒険者さん 62
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村人達を呼びに行ったサリアを暫く待っていると
足音と共にサリアと村の男達の声が聞こえてきた。
「この辺にはゴブリンの罠がありますからねー。注意してくださいねー」
「お、おいっ! 大丈夫なのか!?」
「解除はしてありますけど、危ないから気を付けてくださいねー」
楽しそうに案内する少女の詩人らしい良く通る声に
慌てた様子の男達のがやがやとしたどよめき声が続く。
そんな賑やかな声を聴きながら、
フィルは岩の壁を恨めし気に眺める。
(……それにしても、ここはよく声が響く……)
固い岩の壁は音が良く反響するようで、
意外なほど近くに彼らの声が感じられる。
(この分だと、先ほどの自分達のやり取りもゴブリン達に届いているとみて間違いないか……)
この分だと罠を張って待ち構えているのは確実だろう。
そんな事を考えているうちに、
サリアと村人の一行が広間に到着したようで
入り口のある通路からひょっこりとサリアが顔をのぞかせた。
サリアはきょろきょろと辺りを見回し
先程と同じ場所にフィルの姿がある事を確認すると、
ホッとした様子でフィルの方へと駆け寄ってきた。
「フィルさん。皆さん連れてきましたよー」
「ああ、ありがとう。それじゃあサリアも皆の所で待機してもらえるかな」
「わかりました!」
報告を終えて、リラ達の居る所へ戻ろうとするサリア。
その姿を何気なく見送ろうとしていたフィルだったが
ふと思いつき、サリアを呼び止める。
「ああ、そうだサリア、ちょっといいかな?」
「ふぇ?」
歩き出そうとする所を急に呼び止められたせいか、
変な声を出しつつ足を止めフィルの方へ向き直るサリア。
「もう、どうしたんです?」
不意を突かれた事への抗議もあってか
時間を無駄にしていいんですかと呆れ気味な少女に、
フィルは苦笑いで謝りながら答える。
「ああ、君はリラやトリスと比べて防具が十分じゃないから無理はせずに、特に二匹以上に襲い掛かられたらすぐに下がるんだよ?」
フィルの言葉に一瞬、何を言われたのかと、きょとんとしたした表情となるサリアだったが、
次の瞬間、呆れたような、でも嬉しいような笑みを返す。
「もぅ、何かといえば、心配してくれるのは嬉しいですけど、普通ここは、君ならやれる! 死ぬ気で頑張れ!って激励するところじゃないですか? 駄目ですよ~?」
そう言いながら笑って指を横に振り、フィルを窘めるサリア。
だが、そんなサリアにフィルは真面目な顔で首を振る。
「そう言いたい所だけどね。他の二人と違って君の装備だとゴブリン相手でも命を落とす可能性が十分あるんだ。そりゃ心配もするさ」
戦闘の専門家であるファイターのリラはもとより
クレリックであるトリスも経験こそ未熟だが、それなりに戦闘の心得がある。
クレリックとは単なる僧侶ではなく、
神の武力と魔力をもって神の意志を遂行する者達である。
彼らは全ての単純武器と、それぞれ仕える神が得意とする武器、
そして革鎧のような軽装鎧からチェインメイルのような中装鎧、
そして重盾を除いた盾全般の扱い習熟した戦士でもあった。
さらに言えばリラもトリスも、フィルが貸し与えた
魔法のチェインメイルにカイトシールド、更には防護の外套を装備している。
これだけの装備があれば、いくら駆け出しと言えども、ゴブリン程度、
余程無謀な事をしなければ、そう傷を受ける事は無いだろう。
一方のサリアはと言えば、
バードというクラスが軽戦士に分類されているように
バードは基本的に重い鎧を身に着けず、
その身のこなしで回避するという戦い方が主流だった。
こういった戦い方は、何らかの手段で足を止められてしまうと
途端に命の危険にさらされる事になるのだが、
今回の戦いでは敵を食い止めるために同じ場所に踏み止まる必要がある為
サリアにとってはかなり相性の悪い戦場で戦う事になると言えた。
さらに言えば、この娘はまだまだ駆け出しで装備も十分とは言えず、
魔法の外套を着てはいるものの、
その身を包む防具はと言えば、ごく普通の革鎧のみ。
これでは最弱と言われるゴブリンとはいえ
一対一で相対するのならともかく、
二匹、三匹と同時に襲い掛かられてはまず無事では済まない。
フィルが本気で心配しているのを察してか、少し考えこむサリアだったが、
何かを思いついたようで、両手をポンと合わせる。
「それじゃあ、貸してもらった魔法の武器、あれをはじめから使っても良いです? そうすれば少なくとも今よりは有利になるはずです!」
どうです? と、自信たっぷり得意げに尋ねるサリアの顔を眺めながら、
フィルはやれやれとため息をつく。
「それはいいけど……でも魔法の武器が有るからって、くれぐれも気を抜くんじゃないよ?」
フィルの返事を聞いた途端、小躍りしそうなほどに喜ぶ少女に
フィルは先ほどよりも更に心配そうな顔で小言を続ける。
慢心というのは恐ろしいもので
古今東西、冒険者の死亡原因の大体はこれだった。
自分の装備や能力を過信して相手の罠にハマるというのは
初心者はおろか熟練者ですらも、たびたび陥る事であり、
とくに駆け出しが初めて魔法の武器を手にして
普段は戦わないような無謀な戦闘を仕掛けて返り討ちにあう、
というのはその最たる例と言える。
「いいかい? 武器が強力になった程度で勝てるほど戦闘は甘く無いんだ。ちゃんと周囲の状況をよく見て……」
「はーい。分かりました! あ、ちゃんとリラにも伝えておきますね!」
「おかな、って、サリアっ!? ……やれやれ」
なおも説教を続けるフィルにそう言うや、
返事も待たずにリラ達の元へ駆け戻るサリア。
どうやら、いつの間にかリラの分も許可した事になってしまったようで
既に視線の先では、嬉しそうにリラとサリアが
貸し与えた魔法の武器を抜き放って試し振りをしているのが見える。
そんな少女達の様子をため息交じりに眺めるフィルに
サリアの後からやって来たラスティが笑いながら話しかけてきた。
「どうやら、彼女の方が一枚上手だったようですね」
「まったくだよ。まぁ、元よりリラにも許可するつもりではあったけどね」
苦笑いを浮かべながらラスティに同意するフィル。
だが、その表情は直ぐに真剣な表情へと変わり、
今度は村人達の方へと向き直る。
「さてと、待たせたね。こっちも準備もしてしまおうか」
「ああ、こっちの準備は出来ている。ゴブリンの様子はどうだ?」
ラスティと共にいたダリウが状況を尋ねる。
「こっちは静かなもんだよ。どうやら向こうはあくまで待ち伏せで行くつもりらしい」
「なるほど……」
フィルの言葉を聞きながら、ダリウも洞窟の奥を見ようと
ライトの呪文がかけられた盾を洞窟へ向かって掲げる。
だが、残念ながらライトでは通路の奥の方までは届かず、
闇に塗り潰された穴のような通路へとダリウは不満げに唸る。
「むぅ……こうして見ると明かりで照らせる範囲って結構狭いんだな……」
「ああ、ちょっと待った。松明を投げ入れるよ」
そんなダリウにラスティが応じ
ロープを括り付けた魔法の松明を通路へと投げ入れる。
通路の先の暗闇に投げ込まれた魔法の松明が、
それまで闇で塗り潰されていた岩の通路が
ゆらゆらと揺らめく橙色の灯りで照らし出される。
「これでもう少し遠くまで見れるんじゃないか?」
「ああ、助かる、……通路が曲がっているのか、奥から矢が飛んでこないのは助かるが、奥が見えないってのはそれはそれで気になるな……」
松明の炎に照らされ、影が揺れ動く通路を眺めながらダリウがつぶやく。
ダリウの言う通り、ラスティの投げ入れた松明は
通路のかなり奥の方まで照らす事が出来たが
途中で通路が緩く曲がっていた為に、それより先を確認することが出来なかった。
「遠くから弓で狙われる心配が減ったのは大分助かりますね」
「ああ、この距離ならこちらからもよく見えるから、弓で撃つことも出来る。普通ならこういう場所は罠を置いたりして対策されているのだけど、まだその余裕は無かったようだね」
ラスティの言葉にフィルも同意する。
さすがにこの洞窟に住み着いて直ぐのこのタイミングで冒険者が
それも魔法で姿を隠して偵察できるような輩が襲ってくるとは
ゴブリン達も思っていなかったのだろう。
これから対冒険者の罠が準備され、要塞化していくのだと考えると
その前に踏み込めた自分達は運が良かったといえる。
「ふむ、急いで準備をしたのも結構役に立っているんだな、ところでここで戦う時に何かコツってあるのか?」
「うーん、そうだなぁ……、場所的な優位は取れた。戦力はほぼ互角、そうなると、後はイニシアチブをとれるかかな? そうすればこの戦いは大分楽になるはずだよ」
「イニシアチブってなんだ? 主導権っていう意味なら何とか分かるが……」
普段聞かない言葉に首を傾げるダリウ。
面白そうな話にラスティをはじめ村人達も興味深そうにフィル達を注視する。
「その意味であってるよ。要は、どちらが戦闘の主導権を持っているかだね」
「主導権っていったって……取ろうとして取れるものなのか?」
「まぁ簡単じゃないけどね。やることは単純で弓や魔法を準備する者が居たら素早く潰し、戦士が居たら先制して弱体化させる、そうやって相手が力を出せない様に戦闘を進めるんだ」
「なるほど……」
「まぁ、今の戦力で出来る事と言えば、モーゼさん達、弓の人に敵の弓持ちや魔術師を優先して狙ってもらうのがいいだろうね」
「なうほど、引き受けたわい」
フィルの言葉に、村人達の中に居たモーゼ老から声が上がり、
その隣にいたもう一人の猟師も頷く。
「よし、それじゃあ、そろそろ準備をしよう。さっきも言った様に、この場所は守るのに都合のいい場所だ。皆にはこの場所を死守してゴブリンが外へ逃げないようにしてほしい」
フィルの言葉に、村人達が頷く。
さっそく訓練の時と同様、前衛後衛に別れ
ダリウを中心とした前衛が入り口の前で武器を構える。
後衛の更に後ろでは、モード老ともう一人の猟師が
皆で分担して持ってきた大量の矢を自身の傍に積み重ねて待ち構える。
程なくして、通路の入り口を取り囲むよう構える、戦士の壁が出来上がった。
「ふむ、これならゴブリン達へ十分な威圧を与えられるはずだよ」
男達の様子にフィルは満足気に頷く。
未熟な技量とはいえ、ゴブリンと比べ遥かに大きな男達が陣取っているのだ、
ゴブリンからすれば、かなりの威圧となる事だろう。
(その分、威圧感に乏しいリア達に攻撃は集中する訳だけど……)
その為にも魔法の武具を貸し与えたのだし
こればかりは耐えられると、彼女達を信じるしかない。
そんな僅かな不安を抱えながらも、フィルは仕上げに入った。
「ダリウ。ゴブリンは背が小さいから、足元へ注意を向けるんだ。あと、前衛三人で洞窟を埋めるから、剣は横に振らずに突くか、上からの振り下ろすようにすれば周りも動きやすくなるよ」
「お、おう、分かった!」
フィルの言葉に従い、試しに突きを数回繰り出し、
それから今度は上から振り下ろす動作を試してみる。
それを見た隣の村人達も、得物は棍棒を振り下ろしてお互いの動きを確かめる。
「確かにこれなら周りも動きやすいな。他に何かコツはあるのか?」
「そうだね……もしゴブリンに挑発されても絶対に奥へ行かない事、むしろ挑発してこちらに来させるようにするんだ。そして相手が弓を持ち出したら、さっきも言った様にモードさん達で集中してそれらを狙う」
「相手にイニシアチブを取らせないって事だな」
「そう。あと、モードさん達はこっちが落ち着いたらリラ達の方へ援護をお願いします。おそらくあちらの方が厳しい戦いになるはずです」
「分かった。その辺は任せなされ」
老体ながら歳を感じさせない元気で答えるモード老。
一通りの指示を終えたフィルは今度はラスティの方へと向き直る。
「ラスティは予定通りバックアップを頼む。誰か怪我したら軽い怪我でも早めに交代するんだ。怪我が無くても、疲労が溜まっているようなら交代してあげてくれ」
「分かりました。こっちは任せてください。」
「よし、みんな準備は良いね? それじゃあ僕は行ってくるから。ここは頼んだよ」
フィルはダリウにリラのパーティの様子を確認し、
準備が出来ている事を確かめると、
本日三度めのインヴィジビリティの呪文を唱えた。
魔法で姿を消したフィルは、村人達を残し通路へ入り
ゴブリン達が待ち構えている奥の大広間を目指した。
少し進むと灯りが途切れ、辺りは闇の中となるが、
暗視効果が続いているフィルにとっては大した問題ではない。
音を立てないよう注意が必要な事を除いては
普段と変わらないしっかりした足取りで洞窟内を進んで行く。
前回洞窟に入った時に手を加えておいた罠は
幸いゴブリンにはバレていなかったようで
少しの作業で完全に罠を無効化すると
フィルはその先にある大広間へと向かった。
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