邪神さんと冒険者さん 61
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洞窟の中に踏み入る一行。
先頭にはフィルが斥候として立ち、
そのすぐ後をライトの魔法をかけた盾を掲げながらリラが続く。
更にその後を軽装のサリア、アニタが続き、
最後尾は前を向いているせいで届きにくい、盾の灯りを補うため
メイスの代わりに松明を持ったトリスが後ろを警戒しながら進む。
「罠が無いか調べていると、どうしても手前に注意が向いてしまうから、リラは奥から敵が来ないか見張ってもらえるかな?」
「あ、は、はいっ!」
前を歩くフィルの指示にリラは慌てて返事を返す。
だが岩で囲われた洞窟の内部は、思いのほか声が反響するようで
洞窟内に響き渡る自分の声に、リラは思わずしまったという顔をする。
「すっ、すみませんっ」
慌てて謝るリラ。そんなリラにフィルは笑って答える。
「大丈夫、もう相手には気付かれているだろうし、少しぐらい大声出したって大差ないさ。そもそもチェインメイルを着ている時点で隠密行動は諦めているしね」
金属鎧は歩くたびに金属音が鳴り響き、隠密行動に向かない……
とは良く言われるが、実際は音だけが原因ではない。
ミスリルのように特殊な材質で出来たものを除けば、
中装、重装鎧というのは体を覆う重い装甲のせいで動き辛く、
敏捷さや器用さを求められる動作全般にどうしても制限が発生してしまう。
中でも特にチェインメイルはスケイルメイルやブレストプレートといった
他の中装鎧と比べても装甲部位が多く、重く動き辛い、隠密行動に向かない鎧と言えた。
そんな鎧を装備した者がパーティに二人居る時点で
パーティ全体で潜入して敵の裏をかこうなど無理な相談だろう。
「とはいえ、共通語を話せる手合いも結構いるし、油断して相手に作戦を聞かれたりしないように注意しないとだけどね」
「折角の作戦も相手にバレていたら効果ないですもんね」
「こういう所は物陰に隠れている可能性もありますし、気をつけないとですよねー。想定するなら最も悪い場合を想定すべし、ですね」
真面目な顔でつぶやくリラに、うんうんと、したり顔でサリアが格言を披露する。
そんなリラ達のやり取りに興味を持ったのか、アニタとトリスも会話に加わってきた。
「最も悪い場合かぁ……やっぱり罠を仕掛けて待ち構えてたりとかかな? 毒の罠とか?」
「そうね。あとは待ち伏せとか、誘い込んで退路を塞いだりとかかしら? ゴブリンといえば強くない分、悪知恵が良く働くと言われますからね。気をつけないと」
「確かに、こういった敵地じゃ罠だけでなく、地形や自分達の通った経路も注意が必要だね。撤退の経路を確保しておくとか、横にある扉を塞いでおくとか、自分達が通らない通路に取り敢えずの罠を仕掛けておくとかも良いね」
フィルの言葉になるほど~と感心する少女達。
こうしていると先生役というのも悪くは無いものだと思う。
そんな教師にリラが興味津々といった感じで尋ねる。
「ダンジョンで罠を仕掛けたりもするんですか?」
「ああ、罠キットを買ってもいいけど、腕の立つローグなら敵の罠を回収して、逆に仕掛け直したりとかも出来るね。もしくは適当な部品から新しい罠を作ったりとかね」
「へぇ~そう考えると、ローグってやっぱり重要ですよねー。頑張ってくださいね。フィルさん?」
何故か嬉しそうにそう言うサリアに、フィルは肩をすくめて見せる。
「流石に僕じゃ罠の回収も製作も出来ないけどね。精神誠意、頑張って斥候を務めさせていただく所存ですよ?」
流石に付け焼刃の技能では本職のようにはいかない。
そこまで期待してもだめだよと肩をすくめながら歩くフィル。
後から少女達のクスクスという笑い声が聞こえ
空気が心なしか軽くなったところでフィルの足が止まる。
「これは……罠なのかな? それにしてもずいぶんとあるみたいだけど」
「罠、と言うにはちょっと雑な気もしますけど……」
戸惑いの混じったリラに、呆れ半分のサリアが続く。
灯りに照らし出された洞窟の通路は、
まるでゴミを撒き散らかしたかのような惨状だった。
所々に足を引っかけようと黒く汚された縄が張られ、
乱雑に折られ尖った折口を突き出すように木の枝がバラまかれていた。
粗雑の造りのそれらの仕掛けは置き方もいい加減で
闇に紛れるよう黒く汚された縄も
松明のように不安定に揺れる灯りの下でならともかく
ライトの白く安定した光で照らし出されてしまっては
少し注意すれば容易く避けることが出来る障害物程度の物でしかない。
「僕が居た時は無かったから。その後で慌てて準備したのだろうね。とりあえず数を増やせばどれかは引っかかると思ったんじゃないかな?」
フィルもまた、うんざりした顔で説明する。
暗視はライトの効果範囲よりも遠くまで見ることが出来る為
ライトの灯り頼りのリラ達が気が付くよりも先に気が付いていた。
お陰で心構えは出来ていたが、それでもこの量は多すぎる。
「でも、私たちはともかく、後から来る人たちは松明ですから見逃してしまいませんか?」
プリーストらしく皆を心配して尋ねるトリスにフィルは頷く。
試しにトリスが持っていた松明の明かりだけで照らしてみると
確かに不安定に揺れる炎の灯りでは黒い縄は見辛く
戦闘中の混乱した状況では、こんな雑な罠でも被害が出る可能性は否定できない。
「たしかにトリスの言う通り、ここの罠は排除しておくべきだろうね」
フィルとしてもここで村人達に怪我人を出すのは望まない。
それに、もし戦に敗れ、撤退しなければならなくなった時、
ここに罠があれば更に被害が拡大する恐れもある。
これからやる作業の事を考えると気が重くなるが
取り敢えずため息を一つついて気持ちを切り替える。
「それじゃあ僕が罠を外すから、皆は罠にかからないよう後ろで待って貰えるかな? あ、リラはライトをそのままで地面と天井に光が当たるようにしておいて」
「はい! 任せてください!」
リラに後ろから灯りを照らしてもらいつつ、罠の解除に取り掛かかる。
転ばすためだろう、地面に打ち付けた木の杭に張られた
黒く汚れたロープを剣で切り、
無造作に折られ、ささくれ立った断面を向ける枝をブーツで踏み潰そうとしたところで
後のリラから声が掛かった。
「フィルさん。その枝は私達で逆に使えませんか?」
リラの声に見てみれば、ただ置かれているだけのこの枝は
ささくれに注意しさえすれば、持っての移動もそう難しくはなさそうで
確かにバリケードにちょうど良さそうにも見える。
ここ暫くフィルがしていた冒険では
この程度の枝があっても何の役にも立たない為、全然気に留めていなかったが
確かにゴブリン相手なら突進を弱める役に立つだろう。
「……ふむ、確かにバリケードの役に立つかもしれないね。それじゃあ枝は横に除けておくから、持ってきてらっていいかい?」
「分かりました!」
枝をリラに預けて再び前進を開始するフィル。
「まったく、本当に数だけは多いな……!」
一つ一つは大した物では無いものの、数の多さにフィルは毒づく。
先程の偵察の時に見かけた罠も雑な造りだったが、
新たに入り口に設置された罠はそれと比べても更に粗雑で
ちょっとした細工や衝撃で簡単に無効化することが出来た。
だが中には少し手の込んだ罠もあり、
なかなかに気を抜くことも出来ない所がいやらしい。
それでも順調に解除していき、
幾つかの持ち運べそうな罠をリラ達に渡す。
道中の罠を全て無効化し、目的のロビーまであと少しとなった所で
フィルは腰に差しておいた魔法の松明をロビーへと投げ入れ、
間髪を入れずに10フィート棒を前に突き出す。
棒の先端の手鏡が部屋の片方を映し出したところで
直ぐに棒を回転させて、もう片方の部屋の様子を確認する。
そうして一通りの部屋の様子を手早く確認し終えた所で
今度は少し時間をかけて再度、左、右と、じっくりと部屋に様子を確認する。
「……ん。やはりこの先には誰も居ないようだね」
これまでの準備からするとあっけないくらいあっさりとした終わり方に
後を歩いていた少女達からは少し拍子抜けした感が漂う。
「何だかあっさりと終っちゃいましたね」
「まぁ、この手の事は一瞬で決まるからね。本当に敵が居たら棒が部屋に突き出されたのを見た瞬間に襲って来ていただろうからね」
「なるほど……あ、だから確認を二回したんです?」
勉強熱心なのか、リラが興味深げにフィルに尋ねる。
真面目な生徒を持つと授業が楽だと
以前、魔法の学院の老導師と飲んだ時の話を思い出し
こういう事だったのかと変な実感をしながらフィルは答える。
「ああ、待ち伏せがある場合は、鏡が見えた瞬間に襲い掛かってくる事が多い。一回目はそれに備えて手早く確認して。二回目はきちんと中の様子を確認したんだ」
「へぇ~なんか揚げ物で二度油に入れるみたいですね!」
身近で分かり易いような、でも少し違うようなリラの例えに
敵の動きと、揚げ物の衣をすり合わせようと少し考えこむが、
意味の無い事と考えるのを諦める。
「うーん……まぁ、近いと言えば近いのかな? まぁ、これはあくまで経験上こうなったってだけで、自分が良いと思ったやり方で良いと思うよ?」
「なるほど~」
フィルの説明にふむふむと頷くリラ。
見れば、後の少女達も皆、真剣な表情でフィルの説明を聞き入っている。
慣れない教師役だが、確かに生徒が真面目だと仕事がしやすい。
そんな事を考えながらも使い終わった棒の先から鏡を回収し、棒と鏡をバッグの中にしまい込む。
「経験を詰めば魔法で調べたり、姿を消して潜入したり色々手が増えてくるのだけどね。それじゃあ、あの部屋を確保しようか。警戒は怠らないようにね」
「「「「はーい!」」」」
生徒たちの元気な返事を聞きながら、
完全にゴブリン達には警戒されているだろうなと思いつつ
罠に注意しつつ、先行して部屋の中に入っていくフィル。
フィルの後に続いて、少女達も緊張の面持ちで岩の広間へと入っていく。
先程フィルが出た後、慌てて奥に逃げ込んだのだろう。
広間の中は食べカスが地面に散らばり、飲みかけの酒瓶が無造作に転がっていた。
ゴブリンが奥に引っ込んだおかげで、それなりの広さの広間はがらんとしていたが
その静けさが広間の荒廃感を一層際立たせ、それが不気味に感じられた。
「へぇ……結構広いですね」
部屋の入り口でぐるりと盾で照らしながら中を確認するリラ。
少し強張った声なのは部屋の雰囲気に気圧されているのだろうか。
「声も良く反響しそうですねぇ……あてっ、ってしませんよ!?」
サリアの感想はそこかとフィルが思っていると
少し慌ててサリアは否定する。どうやらアニタに小突かれたらしい。
そんなサリア達のやりとりに一同から笑みが漏れる。
「ほらほら、皆気を抜かないようにね。ここもそれなりの広さだけど、この奥にはもっと広い空間があるんだ。そして大広間へと続く通路は二つ。それがあそこと、あの通路だよ」
フィルが自分達から見て右奥と、左奥にある横穴を指で指し示す。
心なしか横穴の奥の方から、獣の匂いと腐臭が混じったような臭いが漂ってくるように感じる。
「リラ達はあの左の通路で待機をしてもらえるかな。ゴブリン達が雪崩込んできたら、リラが足止めをしてサリアとトリスが横から攻撃。アニタはクロスボウで奥の敵を優先して数を減らすようにね」
フィルの指示に少女達は頷く。
その様子を見たフィルは、中に入った時に回収した魔法の松明をアニタに手渡す。
「さっき回収した罠を投げ入れたら、その手前にこの明かりをロープを括り付けて投げ入れておいてもらえるかな? そうすればライトの効果範囲よりも奥を見ることが出来る。もしゴブリンが見えたら接敵するまではアニタがクロスボウで撃つようにね」
「はい、分かりました!」
返事をして頷くアニタを確認して、
それから……と、今度はサリアの方へと向く。
「よし。それじゃサリア、ダリウ達を呼んできてもらえるかな? その間、僕はもう一つの通路を見張っておくよ」
「はーい。わかりました!」
入り口のある通路へと駆けて行くサリアを見送ると、
フィルはリラ達とは反対側の通路に立って、通路の奥を見張りながら待つ。
暗視のおかげで、通路内に松明を投げ入れずとも、
かなり奥の方まで見渡すことが出来るのだが、
ここにもやはりゴブリンの姿は見えなかった。
(やはり大広間で待ち構えてるのだろうな)
松明の灯りの届かない距離から弓で射かける。
暗視の利かない人間が相手ならば確かに最も確実な手段なのだろう。
悪知恵のまわるゴブリンらしい作戦と言える。
(ま、こちらとしてもその方が都合が良いか)
隣の横穴で待機しているリラ達を見てみれば
リラとトリスがそれぞれ武器を手に盾を構え、闇の中から飛んで来る弓を警戒していた。
その後ろではアニタがクロスボウを構え、やってくるであろう敵の襲撃に備えているのが見える。
その姿はなかなかに様になっていたが、
いかんせん人数も経験も装備も何もかもが不足している。
もし今、洞窟内のゴブリン達が一斉に少女達に襲いかかったら
まず少女達は生き残ることが出来ないだろう。
自分が奥に突入して数を減らすまでは
ゴブリン達がこのまま奥で待ち伏せしていてくれれば良いが……。
フィルはそんな事を考えながら村人達がやって来るのを待った。
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