邪神さんと冒険者さん 28
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フラウの案内で、鍛冶屋から続く小道から大通りへと戻り、
イグン老の家へ向かう一行。
村の中心を横切るこの道には幾分の民家が点在し
所用で家の外に出ている村人もちらほらと見かけるが
皆フィル達を見かけると、目をそらすように避けていく。
「ん-と、朝も気になっていたんですけど、なんだか避けられてますよね?」
「はは、色々あってね、僕も新参者だし?」
彼らからすれば、自分は人買いの怪しい魔術師と言ったところなのだろう。
以前のように怯えた様子は無くなったようだが、状況はあまり変わらない。
とはいえ、それをサリアに伝えるのもどうかと思い言葉を濁すフィル。
ふと手が握られ、見てみるとフラウが心配そうにこちらを見上げていた。
「大丈夫だよ。冒険者なんてやっているとこんなこともしょっちゅうだったからね」
「まぁ、知らない人を不安に思う。というは分からないでもないですけどね」
あまり聞かれたくない事と判断したのか
そう言うと、他の話題へと移すサリア。
それ以上聞かないでいる事に少しだけ感謝してフィルは歩を進める。
しばらく歩いて緩やかなカーブを抜けると
そこからは暫く真っすぐになっており見通しが良くなった。
そこから少し先にある、横に伸びる小道の手前で、
フィル達と合流するために待っていてくれたのだろう。
リラ、トリス、アニタが立っているのが見えた。
三人とも普段着のままだったが、
家に着いたら着替えるつもりなのか
それぞれ手に大きな籠を持っている。
向こうもフィル達を見つけたようで、こちらに向かって手を振るリラ達。
「あそこの道を曲がったところがおばあちゃんのお家なんですよ」
そう言いながら、リラ達に負けじと元気よく手を振り返すフラウ。
「おまたせ、待たせてしまったようだね」
「いえ、私たちもさっき来たばかりですから」
クレリックらしく穏やかに答えるトリス。
彼女の手にも大きな籠が抱えられており、
これだけ見れば、洗濯物を洗いに行くお嬢さんと言っても良いだろう。
だが、腰に巻かれた飾り気のない頑丈なベルトと
それに取り付けられた、これまた機能性のみで飾り気の無いメイスが、
おっとりとした印象の少女には似合わない、
何とも奇妙な非日常を感じさせる。
「こうして武器を持ち歩くのって初めてで、なんだかちょっと恥ずかしい感じですね」
そう照れ笑いを浮かべて言うリラもトリス同様、
服装こそ普段着だが腰には剣帯を帯び、
そこからロングソードが吊り下げられていた。
「暫くすれば、武器を持つことも慣れると思うよ。それにしても結構な荷物になったようだね。アニタも随分と持ってきたようだけど」
魔法使いと言えばせいぜいローブぐらいだと思ったのだけど、と不思議そうなフィル。
「トリスの鎧をみんなで分けて持ってきたんです。あと、着替えとかお泊り道具とか……」
「ああ、なるほど……」
後半部分、少し恥ずかしそうに答えるアニタに
変な事を聞いてしまったかなと、少し反省をする。
どうにも中身が中年なままだからか、
デリカシーに欠けてしまうらしい。
「確かにチェインメイルは着込むならともかく、持ち歩くのは大変だしね」
とりあえず、後半部分は深くは突っ込まないようにして、
チェインメイルを分割するため、という事で納得する。
金属鎧としては比較的軽い部類のチェインメイルと言えども
上下の鎧と、中に身に着ける鎧下、
その他、補強で追加装備する装甲板など
諸々全てを合わせるとそれなりの重量となる。
通常はフィルが持っている鎧櫃のような箱に収め
背負うなり、馬車で運ぶなりする事が多いが、
箱自体が嵩張るし、三人で分ければそこまで苦にならない、ということなのだろう。
ふむふむと、納得しているフィル。
と、その横を抜けてサリアがリラ達三人の前にでた。
「でも、そんなに荷物が多いと、途中の山道が大変じゃないですか? フィルさんのバッグに入れてもらってはどうです?」
サリアの言葉に三人娘の視線がフィルの方へと集まる。
「それはとても嬉しいのですけど……」
分散したとはいえ、それなりに重い荷物、
トリスの言葉のように
やはり山を登るのは大変そうで気が進まないのだろう。
三人の期待の視線がフィルに重なる。
流石にここで断るのは格好が悪い。
「まぁ、それぐらいならお安い御用だよ」
またもサリアに嵌められたと、
ため息をつきサリアの提案を受け入れるフィル。
「いいんですか?」
「サリアなんて、どさくさに紛れて、ずっと僕に荷物を持たされているしね、今更少し増えたところで変わりないさ」
申し訳なさそうなリラに笑って応えるフィル。
お返しとばかりに、元凶の名前を出すと、
今度は自分が引き合いに出されたことにサリアが反応した。
「むぅ……女の子には優しくあるべきですよ。フラウちゃんだって優しい人がいいですよねー?」
「はいです!」
元気よく返事をするフラウ。
ささやかな抵抗も、
フラウを味方につけたサリアの前には簡単に突破され、
ため息交じりにリラ達の持っていた籠と武器を受け取ると、
それらを自分のバッグへと収める。
全ての荷物をバッグに収め、腰も両手も心配事も軽くなった一行は
イグン老に会うために、彼女の家の玄関へと向かった。
「おばーちゃんー。いますかー?」
「おや、フラウちゃんかい? ちょっとまっててねぇ」
フラウの呼び声に玄関扉を開けたイグン老は
扉の向こうの一同を見て驚いた。
「やほー おばーちゃん」
「こんにちは、イグンおばさま」
「おばあちゃんこんにちは」
「あなた達まで……一体どうしたんだい?」
見知った顔のリラ達三人娘の挨拶に
どういう事なのか尋ねるイグン老。
「実は明日、私達とフィルさんとでゴブリン退治に行く事になって、それでフラウちゃんを明日あずかってほしいの」
リラの説明で、来訪の意図をすぐさま理解したようだったが、
意図を理解したうえで、困惑した顔でリラ達を見渡す。
昨日の一件は既に彼女の耳にも届いていたのだろう。
「そんなダメよ。女の子が戦うなんて……」
「でも、この村でゴブリンと戦える技能を持っているのは私達だけなの。お願い」
「きっと無事に戻ってきますから」
「フィルさんもサリアさんも一緒に来てくれるからきっと大丈夫」
年頃の娘が殺し合いなんて……
それは正常な大人らしい、正しい判断なのだが、
今、村が狙われているかもしれないという現実と
それを解決するために必要な事
そして、経験は未熟で判断は危なっかしくて失敗の可能性があるとはいえ
村人の中で数少ない、解決できる可能性を持つ
リラ達三人の真剣な表情に見つめられて
もう一度ため息をつくイグン老。
リラの言う通り、この村のどんな力自慢の男でも
剣も満足に扱えないようでは、
ゴブリンと戦っても被害を出すのが目に見えている。
人間の大人と比べれば小さく、
非力に見えるゴブリンだが、
その分素早く、膂力も決して馬鹿にできない。
冒険者たちが少人数でも勝利できるのは
各人が技能を有効に用いて
上手く連携をとっているからこそなのだ。
「でもねぇ……あなた達にもしもの事があったら、死んだご両親に申し訳ないのよ」
「大丈夫だって、そのためにフィルさんも一緒に来てくれるんだから」
そう言って、ね? とフィルの方を向くリラ。
リラの問いにフィルも頷く。
「私の力で可能な限り、彼女たちは必ずお守りします」
元冒険者とは言え、村人に対して実績の無いフィルの言葉が
どれほどの効果があったのかは分からないが
少なくとも娘達を止めることは出来ないと判断したのだろう。
「ふぅ……仕方ないわねぇ……どうかこの子達をよろしくお願いします」
そう言ってフィルへと頭を下げるイグン老。
たぶん、雑貨屋の女主人同様、賛成は出来なくても、
彼女たちが行く必要があることを理解しているのだろう。
「はい、責任を持ってお預かりします」
イグン老はフィルの言葉に僅かだが安堵の表情を浮かべる。
「どうかよろしくお願いしますね。そうそう、それとフラウちゃんを預かるだったかしら」
当初の目的にようやく戻り、
イグン老の問いかけにフィルは自分の隣に居る少女を見やる。
「はい、明日この子をお願いできればと」
「それは大丈夫だけれども、終わりは何時頃になりそうなの?」
「それは分かりません。ゴブリンの巣を見つけて潰すつもりですが、巣の場所も、ゴブリンの規模も分かっていませんから。明日中に終えることが出来るかどうかも」
正直な所、これについてはフィルに答えることが出来なかった。
今ある情報だとゴブリンを見かけたというだけで
どこに居るのか見当がつかないどころか
本当に巣があるのかどうかすらも分からない状態だった。
嗜み程度に、足あとを追跡する際に使用する技能は覚えているが、
これでは痕跡を見つける事すら、できるかどうか怪しい。
運が良ければその日のうちに見つかるかもしれないが
運が悪ければ数日かかることは覚悟しなければならない。
さらに言えば相手の規模が分からないため、
最悪の場合、このパーティでは戦力不足で
応援を呼ぶ必要があるかもしれない。
そう説明するフィル、
行き当たりばったりな計画に、イグン老は少し呆れた様子だったが
見回りを兼ねた捜索については、おおむね賛同してくれたようだった。
「分かったわ。それじゃあ、日中は私が預かるから、夜になる前に迎えにいらっしゃい。あと、他にゴブリンを見たという村人が居たら、どこで見たか聞いといてあげるわね」
「助かります。ありがとうございます」
「おばあちゃん、ありがとう!」
嬉しそうに礼をするフラウの頭を撫でながら、どういたしましてとイグン老。
こうしてみると仲の良い孫と祖母といった風に見える。
血のつながりは無いのだろうが、二人の人徳と言ったところなのだろう。
「でも、貴方のお父さんやお母さんには伝えなくても良いの? 随分と悲しんでいたわよ?」
フラウの頭を優しく撫でながら、
少し心配そうなイグン老の言葉にフラウの肩がピクリと震える。
その様子を見て、イグン老は少し悲しそうだが優しい顔でフラウを優しく抱き寄せる。
「そうねぇ……まだつらいのなら、このまま黙っている事にした方が良いかしら?」
黙ったまま、こくりと頷くフラウ。
そんな少女の様子を見て、
フィルとイグン老は視線を交わす。
「もう少し、この子には時間が必要なようで……すみませんがもう少し」
「この様子だとそうみたいね。辛い事を聞いてごめんなさいね。明日は安心してうちにいらっしゃい」
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