邪神さんと冒険者さん 27
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目的地の鍛冶屋は、村の中心から少し離れた、
下流へとしばらく歩いた川沿いにあった。
店舗兼住居の他の家より少し大きめの建物の隣に
水車を備えた工房らしき建物が併設されており
個人の鍛冶屋としては設備も整っているように見えるが、
日も随分昇っているというのに工房からの鎚の音は聞こえず
人の気配も感じられなかった。
「う~ん、なんだか静かですよね? 鍛冶屋さんと言うと、もっととんかん賑やかだと思ったのですけど」
静かな鍛冶小屋の方を眺めながら、
不思議そうなサリアの言葉にフィルも頷く。
「確かに、まだ仕事は始まっていないようだけど、今日は休みなのかな?」
この時間なら鎚の音が聞こえて来てもよさそうなものだが、
今日は休みかなと首をひねるフィル。
「きっとお店でお仕事をしてるはずですから大丈夫だと思います」
自信満々に言うフラウになるほどと頷く。
街の鍛冶屋のように先に生産して販売するのではなく
客からの注文に応じて作るのかもしれない。
そんなことを考えながら店舗の扉を開ける。
扉をくぐり店内に入ると、フラウの言った通り、
初老の男性が一人、カウンターの向こうで椅子に座っていた。
作業の手を止めた格好でこちら向いたまま、
動きを止めているところを見るに
何かの作業をしていたのだろう。
そのままの格好で扉から入って来た見慣れぬ男を訝しげに見ていたが、
フィルに続いてフラウも入って来た所で、
この不審者達にも心当たりがついたらしく、
ふむと頷くと、フィル達三人に声をかけてきた。
「いらっしゃい、何か探し物かね?」
「おじさん、こんにちはです! ゴブリン退治の道具を探しに来たんです!」
元気よく挨拶をするフラウへと、
ほうほうそれは勇ましいのうと、
少し驚いたような好々爺の笑顔で挨拶を返し、
それから、その横のフィルとサリアを少し胡散臭そうな目で見やる。
フラウの元気そうな様子を見て、少しは警戒を解いてもらえたようだが
それでも、外の者を完全に信用するのは難しいのだろう。
この子を連れてきてよかったと心の中でほっと胸をなでおろしながら、
何かの拍子でボロが出る前に、早めに用事を済ませることにした。
「ええと、この子の言う通りで、ゴブリン狩で使うクロスボウとボルトが売ってないか探しに来たのですが」
「ふうむ……、すまんが儂は野鍛冶でな、作るのはもっぱら農具で、武器は殆ど置いて無いんじゃよ。それにのう……」
フィルの言葉に、店主がほれと言って指さした先には商品の棚があった。
そこには農作業に使う道具が商品として陳列されていたが
棚の陳列はかなり疎らで、
農作業には無くてはならない鍬や鎌などの農具が
辛うじて幾つか並んではいるものの、
他所の鍛冶屋と比べると随分貧相な品揃えに見えた。
農具の他には、短剣が二振り、棚の隅に置かれていたが、
フィルが冒険で使うのと比べると二回りは小さく、
戦闘用ではなく日常や山歩きで使う為の物であろうことは容易に想像がついた。
(商品が随分少ないな……材料が不足しているのか?)
「見ての通り、材料が無くて農具も満足に作れない有様でな、矢尻やボルトなら、かなり昔に作ったのが幾つかあるが、本体は置いておらんよ。特にクロスボウは使う者もおらんしのう」
「材料……というと、鉄が不足しているのですか?」
「そうじゃ。昔は街から鉱石やインゴットを買っておったのじゃが、ここ数年はそれが出来なかったからのう。やっと買いに行けるようになったとはいえ、先立つものが無くてな」
そう言うと、親指と人差し指で丸を作る。
「なるほど……」
「川で砂鉄を採って、何とかやり繰りをしとるが、農具を作る分も足りないぐらいでな。……材料を持ってきてもらえれば武器も鎧も作れるが、出来の方は……まぁ、並みだと思ってくれ。本職は鍬や鍋じゃからな」
そう言う店主の顔があまり乗り気で無さそうなのは、
やはり野鍛冶としての誇りか、
人を活かすための農具ではなく
殺すための武器を作るのに気が進まないのだろう。
その気持ちは何となく分からないでもないが、
フィルとしては村が自衛出来るようにするためにも、
ここで武器を生産出来るようにしておきたいところだった。
「分かりました……それじゃあ、とりあえずボルトを買いたいのですが……どのくらいあります?」
「そうじゃな……百、二百か……どれぐらいだったか、ちょっと待っとれ」
そう言うと、奥の倉庫へと引っ込み、
暫らくして古びた木箱を抱えて戻ってきた。
どんとカウンターに置かれた木箱を覗き込むフィル。
興味が湧いたのかサリアもフィルの隣で箱を覗き込んでいる。
箱の中に収められたボルトは、
店主の言う通り、使う者が居なくて大分放置されていたらしく、
金属で出来た先端には、所々に錆が浮いていた。
「ちょっと錆びているみたいですけど、これなら大丈夫そうですね」
「そうだね。これ位の錆なら問題ない」
サリアの言葉に、フィルも頷く。
少し錆たところで性能が落ちる訳でもないし
何より、元より消耗品なのだし、
駆け出しが練習に使うには十分だった。
「それじゃ、買い占めみたいで申し訳ないですけど、このボルトを全部売ってもらえますか?」
「それはこちらとしても大助かりじゃよ。なにせ随分長い事、売れなかったからのう」
ここにあっても使うもんがおらんからのと、
品が捌けてほっとした様子の店主へと代金である金貨を二十枚渡し、
在庫品のボルトを二百発、全て購入したフィルは
おまけとして貰った木箱ごとボルトをバッグに収める。
ふとフラウの方を見ると、
ポーションの時と比べれば金額も少なく
あの時のようには驚いてなかったが、やはり物珍しいようで
ほぅ~と積まれる金貨を眺めていた。
フィルに気が付くと、えへへと、フィルの方を見上げて笑う。
「やっぱり、冒険に使う道具って高いんですね」
「そうだね。手に入りにくい素材だったり、作るのが大変だったり色々あるからね」
「いつもは銀貨や銅貨ばかりですから、いつものお店じゃないみたいで、なんだか不思議な感じなのです」
「たしかに普通の生活なら金貨はあまり使わないからね。旅をすると持ち運びが軽い金貨の方が都合が良いから。金貨を使うことが増えるんだけどね」
「なるほどです?」
いまいちよく分からないといった顔のフラウ。
なるほどとは言いつつも不思議そうな顔をしている。
「はは、金貨千枚ぐらいなら持ち運ぶのにあまり苦労しないけど、これが銀貨だと一万枚、銅貨だと十万枚になっちゃうだろう? そこまで増えると持ち運ぶのも大変だからね」
「う~ん、一万枚というのがどれぐらいか、全然想像できないのです」
「ふむ、そうだなぁ……」
どのくらいになるか想像できずに首をかしげるフラウに、
何か良い例は無いかなと考えながら、
辺りを見回すフィルの目がサリアで止まる。
「そうだなぁ、大体……サリアと同じぐらいの重さかな?」
「ちょっと、フィルさん、何で私を引き合いに出すんですか!? それに私はそんなに重くないですし! そもそもフィルさん私の体重知らないじゃないですか!」
「いやあ、以前サリアぐらいの年頃の女の子の平均体重はその位だと聞いてね……どうやらサリアは銀貨一万枚よりも軽いらしい。まぁ、それぐらいの重さになるんだ」
「なるほどですー。それはとっても持ち運ぶのは大変そうです!」
「フラウちゃんまで……フィルさん! 女の子の体重の話をするなんてひどいです!」
「ごめんごめん、ちょうど良さそうな例が他に思いつかなくてね」
「むー!」
「ははは、ごめんごめん。さてと、これでここで必要な物は一通り手に入れたかな? サリアの方はここで何か買って行くものはあるかい?」
「むぅ、私の方は大丈夫です!」
サリアはまだご機嫌を損ねたままだったが
暫くすれば機嫌も直るだろうと、
取り敢えず放っておくことにする。
「わかった。それじゃあそろそろ戻ろうか」
「はいです。あとは、おばあちゃんのお家ですね」
鍛冶屋の用事も済ませて、
最後の目的地であるイグン老の家へと向かうべく
店から出ようとしたフィル達を店主が呼び止めた。
「なぁ、あんた、少しいいかな?」
「ええ、何ですか?」
「さっきも言ったが、鉄が不足しておってな、手に入ったら売ってもらえんかの?」
小さな村で噂が伝わる速さというのは本当に速い。
恐らくこの店主にも、
フィルが街に買い出しに行った事は伝わっているのだろう。
フィルとしても鍛冶屋が正常に機能すれば、
村人が農具に困まらなくて済むようになるだろうし、
そうすれば暮らしも改善されるだろう。
そのためにも出来る限り協力したいとは思う。
「分かりました。どこかで手に入らないか、探しておきます」
「すまんな、この夏の収穫で使う農具の材料が不安だったところでな」
そう言ってようやくフィルへ向けて笑う店主。
ようやく警戒も解いてもらった店主に見送られ、
フィル達は鍛冶屋を後にした。
「クロスボウ、ありませんでしたね」
村の大通りへと戻る道の途中、
フラウは少し残念そうだった。
元よりダメもとでの訪問だったのだが、
やはり手に入らなかったことを気にしているのだろう。
「まあ、ボルトの方は沢山手に入ったし大助かりだよ。クロスボウは僕の予備があるから大した問題ではないしね」
そう言って、横を歩くフラウの頭を撫でるフィル。
フィルの手持ちにも一応ボルトはあるのだが、
あいにくと魔法のかかった品しかなく、練習で消費するには少し、いやかなり勿体ない。
今回、ボルトを購入できたことは、フィルとしても大助かりだった。
「そうですよ。それに鍛冶屋さんとも顔見知りになれたのですし、決して無駄ではないですよ」
「えへへ、はいです!」
サリアのフォローもありフラウの元気が戻ったところで
サリアがフィルの方へと向いた。
「そう言えば、元々クロスボウを持っていたのに、どうして新しく買おうとしたんですか?」
何気ないサリアの質問に、
んーと少し考えてから答える。
「僕の持ってる武器は、ある程度経験を積んだ傭兵への貸し出しを想定していたから、皆、魔法の武器なんだ」
「あ~私達にはもったいないと?」
「それもあるね」
「む、あるんですね……」
はっきりと肯定されて、
むむむーと、少し拗ねたように口をとがらせるサリア。
魔法の武器や鎧はとにかく高価な品で、
普通の品より少し鋭くて少し固いだけでも
魔法のロングソードとなれば金貨千枚以上になる。
それゆえ、駆け出しの冒険者で魔法の品を持てる者は少なく
もちろん駆け出しの一人であるサリアもそんな余裕は無く、
装備しているのは全て魔力を持たない、ごく普通の品だった。
だが、先ほどのポーションとは違い、
良い武器を持って攻撃力が上がることは
パーティが強化されるなどのメリットはあっても
無駄になるような事があるとは考えにくい。
「どうせ、貧乏な私たちは高い武器を持っても使いこなせませんよーだ」
「ははは、まぁ高価な品なのだから、使いこなせる人に貸した方がいいだろう?」
「むむ、いいんです。冒険を成功させて、報酬を手に入れて、何時か魔法の武器も手に入れて見せるんですから!」
拗ねた口調でそれなら問題ないんですよねとサリア。
そんなサリアの頭にポンと手を載せて嬉しそうに笑うフィル。
「そう、一番の理由は、こういうアイテムは自分達の力で手に入れたほうが嬉しいからだよ」
駆け出しで資金に乏しい冒険者が、
店で魔法の武器を買うなんて、そうそう出来る訳もなく、
手に入れるチャンスがあるとすれば、それこそ冒険の中でだった。
フィルの前のパーティもまだ駆け出しで貧乏だった頃、
ダンジョンの中で初めて魔法の武器を手に入れた時は、
それはもう嬉しかったものだった。
もっとも、その時は手に入った得物が剣ではなくメイスだったせいで
戦士はかなり微妙な顔をしていたのだが。
「苦労して自分達でアイテムを手に入れて、それでパーティが強くなっていく。そうしたほうがパーティとして成長できると思うんだ」
「なるほどぉ……確かに、その方が嬉しいですね」
フィルの言葉に、なるほどと納得するサリア。
思い入れのある装備というのは、
持っているだけで嬉しい物で、
それだけに大事に使われることが多い。
命を預ける装備なのだ、
戦闘で酷使する以上、いつかは破損するにしても、
装備を大切に扱ってもらいたい。
こんな事を思うのは自分の中身が中年親父で
説教臭くなってしまっているからなのだろうか?
「とはいえ、ゴブリンを退治しなければならないし、そこで装備をケチって怪我をするのは本末転倒だからね。今回は僕の武器を使ってもらうつもりだよ」
「ふふふ、それなら私も怪我をしないように魔法の鎧とレイピアが欲しいです!」
フィルの言葉に先ほどまでのお怒り状態から一転、
満面の笑みで装備をねだるサリアにため息をつく。
「だーめ、自分の装備があるのだから、自分のを大事にしてあげないとね」
「ちぇー、私も怪我しないように何かくださいよー」
「さっき自分で手に入れたほうが良いって言ったばかりだろう? リラのように危険な前衛に出るならまだしも、サリアはバックアップがメインになるのだから自分の装備でも十分だよ」
「ちぇー、けち。フラウちゃんからも何か言ってあげてくださいよ」
いきなりサリアから話題を振られて、
どうしましょうとフィルを見上げるフラウ。
困った様子のフラウに笑いかける。
「まったく、サリアの装備なら十分なんだから、フラウからも何か言ってあげてよ」
フィルの言葉で、うーんと少し考えて、
今度はサリアの方を見上げる。
「ええと、サリアさんの装備もとっても強そうに見えますですけど、こちらではダメなのです?」
「ゴブリン相手ならサリアの装備でも問題ないよ。サリアは魔法の武具を使ってみたいだけなんだよ」
「いいじゃないですかー! 私だって格好よく魔法の武器を振り回してみたいんです!」
「それはもう少し戦いになれれば、自然にそうなるんだから、今は我慢しなさいって」
「むむー、分かりましたよー。あ、でも、今度必要になったら使わせてくださいね? というか魔法のレイピアって持ってるんですか?」
不承不承といった態度から一転、
興味津々でさっそく自分に合った武器を尋ねてくるサリアに
苦笑いで答える。
「ああ、何振りかあったはずだよ。必要になったら貸してあげるから、今は我慢するように」
「はーい。約束ですからね。あ、後で見せてもらってもいいです?」
「まぁ、それくらいなら……」
「やった! 約束ですよーえへへー」
既に機嫌も直り、むしろ上機嫌のサリアはフラウと戦果を称えあう。
本当に、この娘はマイペースというかなんというか、
やれやれと思いながらも、
フィルはイグン老の家への残りの道を進んだ。
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