邪神さんと冒険者さん 26
---------
雑貨屋を後にした三人は
フラウの案内で村のメインストリートから外れ
川沿いにあるという鍛冶屋へと続く小道を歩いていた。
「ポーションってすごく高いんですねー。あんなにたくさんの金貨初めて見ました!」
フィルの横を歩きながら、
まだびっくりといった感じで、こちらを見上げるフラウ。
(確か街で剣を買った時も、これぐらいの金貨を使ったはずだけど……ああ、そうか、あの時は眠っていたんだっけ)
「あれでも安い方なんだけど、一応はマジックアイテムだから、どうしても高価になるんだよ」
「あれでも安いのです? 冒険って、すごくお金がかかるのですね……フィルさん、お金って大丈夫です?」
どうやらフィルに大金を使わせてしまった事を気にしているようで
少し心配そうに見上げるフラウ。
フィルにとっては、このくらいの出費なら微々たるものだし、
むしろ定価で買えたことにホッとしているぐらいなのだが、
フラウからすると、今までにない大金をフィルが使った事で
家計は大丈夫なのか、気が気でないのだろう。
「あははは、まぁ、これぐらいなら、僕の手持ちでも、まだ支払えるから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
フラウの頭を撫でてやり、心配ないと答えるフィル。
けれども、お金が無尽蔵にあると思わせてしまうのもよろしくは無いので
余裕があるとは言わないようにしておく。
「とはいえ、無駄遣いには気をつけないとね。今の僕は冒険者の時のように収入がある訳じゃないから」
「はいですっ」
フィルの言葉に、フラウも納得したのか元気よく返事をする。
と、先ほどから思っていたのだろう。
不思議そうに質問を投げかけるフラウ。
「でもフィルさん。ポーションって、どうしてこんなに高いのです? まえに雑貨屋さんで買った傷薬は銀貨でかえましたけど、普通のお薬とは違うのです?」
「うん。普通の薬だと何日か安静にしないと駄目だけど、ポーションは飲んだ瞬間に傷を治してくれるんだ」
普段、軟膏や傷薬などの日常で利用する薬は
消毒や感覚を麻痺させる痛み止めなど、
あくまでも自然治癒を補助するものであって、
結局のところ、実際に傷を癒すのは自分自身というのが前提となる。
だが、キュア系ポーションのような魔法のポーションは
クレリックが魔法を使用した時と同様に
飲むだけで即座に傷を塞ぎ、
折れた骨を元通りにつなぎ合わせることが出来る。
他にも毒や病気を治すポーションであれば
苦痛と共に一瞬で毒や病を消し去ることが出来るし、
上位のキュア系ポーションならば
それこそ全身骨折の死の淵からですら、
飲んだ瞬間に完治させてしまうほどの効能を持つ。
呪文が使えないクラスの者にとっては
まさに命綱ともいえる。
「クレリックが居なかったり、呪文が尽きた時に飲む事もあるけど、むしろ使うのは戦闘中かな、すぐにも傷を治さないと危ないけどクレリックの呪文が間に合わない。なんていう時に使う事が多いんだ」
適切なタイミングで傷を癒してくれるクレリックというのは
パーティにとって非常に心強い存在だが、
彼・彼女が常に魔法を使用できる状態にあるとは限らない。
魔法を使えたとしても、味方の危機に気付けないこともある。
それゆえに、パーティメンバーはクレリックを頼りにしつつも
いざという時には、自分自身で回復できる手段を確保しておくのが望ましい。
その最も手軽な方法がポーションといえた。
「ポーションってすごいんですね! だから高くても必要なんですね」
「うん。作るのも大変でね。安くないけど、命には替えられないからね」
「なるほどですー。すごく高くてびっくりでしたけど、ちゃんと理由があるんですね」
「冒険へ行くなら、有るのと無いのとでは安心感が違いますからね。余裕ができたらポーションを買う冒険者って結構多いのですよ」
フィルの説明にサリアが補足をする。
ポーションが有れば冒険が成功する。とは言えないが
ポーションが無くて冒険が失敗した。という事は避けられる。
それだけでも、ポーションを準備しておくことに価値はある。
冒険を成功させるには、こうした準備が大切なんですよと、
先生のような仕草で、えへんと胸を張るサリア。
そんなサリアへと、フラウの無邪気な質問が飛ぶ。
「なるほどですー。サリアさんはどんなポーションを持っているのです?」
「え? あはは……私はまだ駆け出しだから、そこまで余裕はないんですよねー。あ、でも魔法で傷を治せますから、私を冒険に連れて行けば、さっき買ったキュアポーション二回分ぐらいお得ですよ!」
「わぁ~お薬二回分!」
金貨五十枚が二回分!
サリアを尊敬の眼差しで見つめるフラウ。
そんな眼差しを受けて、もう一度、
フラウにも負けない薄い胸を張るサリア。
「フィルさん。サリアさんってすごいですね!」
「あはは、サリアというか、バードというクラスは魔法が使えるからね。ついでに言えば、魔法だけじゃなく剣も使えて、さらには歌や芸能で味方を助けることが出来る、万能クラスなんだよバードは」
「なんだかとっても凄そうですね!」
「う……」
「うん、とっても凄いんだ。きっとサリアなら、僕らが危険に陥っても凄いやり方で救ってくれるよ」
「ちょ……」
「わぁ……かっこいいですね!」
「ああ、バードと言えば英雄の付き人ともいえるクラスだからね!」
「ちょっとフィルさん! あんまりハードルを上げないでくださいよ! ……ええとフラウちゃん? 私はまだ未熟なので、まだまだほとんど使えないのですよ。 だからあまり期待しちゃダメですからね?」
褒め殺しに、だんだん居心地が悪そうになっていく仕草が面白くて
止まらなくなったフィルの説明に、
慌ててサリアがストップをかける。
実際クラスの説明としては言葉通りなのだが、
冒険で活躍できるかというと……“少しクセがあるクラス”
というのが最もよく言い表せていると思う。
中途半端な剣技と魔法は、最前線で敵と衝突するには若干心細く、
物語の主人公を一歩下がったところから観察して詩にするという
まさに吟遊詩人の役割にぴったりといえる。
「まぁ、冗談はそれぐらいにして、パーティが足りない所を、上手く補うのがバードの戦い方かな? ね? とても心強いメンバーだよね?」
「はいです! すごいです!」
「ふふふ。ありがとうございます」
そう言ってフラウの頭を撫でるサリア。
心なしか、フィルの方を少し涙目で睨んでいるような気もするが
フィルは特に気にしないことにした。
と、何か疑問が浮かんだようで、
サリアは普段の表情に戻るとフィルの方へと向いた。
「そう言えばフィルさん。さっきポーションを買っていましたけど、フィルさんの手持ちには無いのですか?」
「うーん……一応はあるけどね、『モデレート・ウーンズ』以上のポーションしか持ってないんだ」
「ああ……、なるほど……」
「もでれーとうーんずなのです?」
フィルの言葉に納得するサリア。
フラウのほうは意味が分からずフィルの方を見上げてオウム返しする。
「ああ、モデレート・ウーンズというのは、今回買ったライト・ウーンズより一段階、回復力の強いポーションなんだ」
キュア・ウーンズ系のポーションの元になるクレリック呪文は、
各段階ごとに強さの異なる呪文が存在しており
クレリックは相手の傷の具合に応じ呪文を使い分けていた。
今回購入したポーションの元となった
第一段階のキュア・ライト・ウーンズ以外にも
それよりも弱い初級呪文のキュア・マイナー・ウーンズや、
それよりも強い第二段階のキュア・モデレート・ウーンズ、
第三段階のキュア・シリアス・ウーンズ、
第四段階のキュア・クリティカル・ウーンズというように、
段階ごとに異なる呪文が存在しており、
それぞれの呪文を元に作成されたポーションは、
元となる呪文と同様、回復できる強さの異なるポーションとなる。
「なるほどですー。でも、そのポーションだとダメなのです? 強いならダメなのです?」
「うーん、ダメという訳じゃないんだけど……」
少し言いづらそうにしているフィルに、
サリアがやれやれ仕方ありませんねと、嬉しそうな顔で助け舟を出す。
「ふふふ、問題はポーションのお値段なんですよ」
「あ、強いと高いのですね?」
「そのとおりです。さてフラウちゃんにここでクイズです」
「は、はいです」
「先ほど買ったポーションよりも一段階上で効果が倍ぐらいのポーション……そうですね、軽い刺し傷や捻挫を治すのが今回のライト・ポーションだとすると、深い刺し傷や骨折が治せるポーションがモデレート・ウーンズとなるのですけど、お値段はお幾らぐらいになると思います?」
「ええと、もっと治せるようになるなら……えっと……金貨八十枚ぐらいです?」
「うーん、残念、もっとかかりますねー」
予想が外れたことに、次の答えをうーんと考えるフラウ。
こうして見ていると、本当の先生と生徒に見える。
「ええーと、うーん、それじゃあ金貨百枚です? ポーション二つ分のお値段です!」
「ふふふ、残念ですねー。正解は三百枚なんです。目の付け所は良かったのですけどね」
「そんなにするんです!?」
予想通りの反応をするフラウに、
サリアは少し得意げにそんなにするのですと、
悪戯っぽくフラウの感想に答える。
冒険の必需品ともいえるポーションだが、
効果の高いポーションは製作できる者が限られ、
材料費もさらに高額になってしまう事もあって
単純に効果が倍になれば価格も二倍……とはいかず、
第二段階なら最低でも金貨三百枚、
第三段階だと金貨七百五十枚と
とてもではないが気軽に買えるアイテムと呼べない
かなり高額な代物になっていく。
先ほどフィルが買った、第一段階の魔法が込められた
キュア・ライト・ウーンズのポーションはともかく、
より上位、第二段階以上の魔法が込められたポーションともなると、
あまりの値段の高さに、もはや一般人で利用する者は殆どいなかった。
「そうなんです。金貨三百枚といったら、今日買ったポーションが六個も買えてしまうんです。そして、こちらの方が大事なんですけど、私やリラさん達では、モデレートでもライトでも、実はあまり効果に違いは無いのですよ」
「そうなのです?」
「はい、これは元になった魔法も同じなんですけど、ポーションや呪文の癒しというのは、経験を積んでより高い技能を身に着けていくと、徐々に効きが悪くなっていくんです。逆に私やリラさんみたいにまだ経験の浅い者や、技能を高めるような経験の無い普通の人なら、ライトのポーションでも十分に傷を治してもらえるのですよ」
「なるほどですー。それじゃ、フィルさんはとても強いから普通のポーションじゃ効かないのですね!」
「あはは、まぁ、成長して覚えるモノはそれぞれだから、一概に強くなった。とは言えないんだけどね」
嬉しそうにフィルを見上げて言うフラウに、
フィルは笑いながら答える。
「今回で言えば、フィルさんの持っているポーションでは私達が使うには効果が強すぎるので、丁度良いポーションを買ってくれたという訳ですね」
「なるほどですー」
分かりました?と尋ねるサリアに
元気よく答えるフラウ。
どうやらサリアのおかげで、
フィルが自分のポーションを消費するのが嫌で出し惜しみしている。
とは思われずに済んだようだった。
「まぁ、そう言う事になるかな。お金もそうだけど、僕の手持ちも無限にある訳じゃないから、無駄遣いは避けたいんだ」
ポーションについても金貨同様、今はそれなりに数があるとはいえ、
冒険者を辞めた今、今後は補充出来ないと考えるべきだろう。
無暗に使って数を減らし、
本当に必要な時に足りないというのは避けたい。
「そおいえば、さっきサリアさん達に必要だから買ったって言っていましたもんね」
「そうなんですよー。ふっふっふふー。いやぁ、フィルさんって優しいですよねー。あんな高価な物を買ってくれるなんて惚れちゃいそうですよー」
店での会話を思い出して、嬉しそうに話すサリアとフラウ。
先ほどから、サリアが嬉しそうにしていたのは
自分たちの為に買ったものだと気が付いていたからなのだろうか。
「むぅ……別にサリアのためだからとかじゃなくて、パーティとして必要だと思ったからで……手持ちに使えるポーションが無い以上、補充できるならしておくに越したことは無いからね」
「ふふふ、そんなこと言って、金貨五十枚の物をポンって買ってくれるのはすごいですよね!」
「はいです。フィルさんは優しいですー」
「そんなに褒めても何も出ないよ? それよりも鍛冶屋は結構遠いみたいだね」
「もう少し先ですー。フィルさん、照れちゃいました?」
先ほどから立場が逆転、
これ以上、年下の少女たちに褒めらるのはどうにも気恥ずかしく、
懸命に話題を変えようとするフィル。
そんなフィルの様子を楽しそうに笑いあう少女二人。
やれやれとは思うが、からかわれているのだが、何故か心地良く
仕方のない事なのだと思い直し、諦めて歩みを進める。
「あ、あれが鍛冶屋かな?」
「はいです。あそこがそうですー!」
川岸に建つ、水車の付いた少し大きな小屋が見えてきたところで、
ようやく目的地が近い事を実感をした三人は
フラウの元気な声に導かれて
鍛冶屋へと続く、残りの道を進んでいく。
---------