邪神さんと冒険者さん 21
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「……フィルさん、ええと……リラの装備で、少し相談があるのですけど……」
「うん? リラの装備がどうかしたのかい?」
先ほどは少し重い話になってしまったからか
ためらいがちにフィルに声をかけるトリス。
おっとりとした優し気な雰囲気はそのままだが、
不安そうなその表情は
妹を心配する姉、といった風に見える。
「はい、その……この子の装備が不安で……」
「もうっ、心配し過ぎだって」
妹が怪我をしないか心配で仕方ないといった感じのトリスに、
当のリラはと言えば、あまり乗り気ではなさそうだった。
少しだけ不貞腐れたような物言いは、
こちらはこちらで、良く出来た姉を持って肩身の狭い妹、
という表現がぴったりに思える。
とはいえ、当人も内心は不安なのか、
その言葉は自信があるから、と言うよりは
心配かけたくないから、というのが本心のようにも見える。
「ふむ……何か気になるなら、僕も聞いておきたいな。リラと、念のため、トリスの装備を教えてもらえるかな?」
フィルとしても、最初から村人へ装備を貸すつもりだったが、
この娘達の装備については特に万全にしておきたかった。
こちらのパーティはフィルを含めても僅か五人。
対して、敵の人数や練度、規模は全くの未知数。
しかも、前衛を務めるリラは、訓練はしたとはいえ、実戦経験の無い少女だ。
さらに言えば、たしかにゴブリンは弱い相手だが、
非力さゆえの不利を克服するためと言わんばかりに、
ゴブリンの戦い方は、とにかくいやらしい。
罠や弓はもちろん、不意打ちに人質、ありとあらゆる手段を使い、
どんなに汚い手を使ってでも、勝つことを優先する敵というのは
戦闘経験の少ない冒険者にとっては、かなり嫌な相手と言える。
そんな相手との戦闘へ、これからこの娘達を向かわせるのだ。
過剰な装備は彼女達の為にならないとはいえ、
必要な装備は整えておきたかった。
「ええと、私はスケイルメイルとロングソードです。親が使っていた装備の予備なんですけどね」
「私のは、チェインメイルとメイスですね。私のも親の遺した品です」
先にリラが答え、続いてトリスが答える。
初めから金属鎧を持っているというのは、
よほど裕福な者か、なにかの事情(大抵は違法な)がある者でもなければ
駆け出しの冒険者の装備としては、かなり恵まれていると言える。
一獲千金を夢見て、村から出てきたばかりの新米戦士には、
下手をすれば皮鎧に棍棒で意気揚々とダンジョンを目指す者も珍しくはない。
もっとも、そうした者は、大概が大怪我を負って命からがら帰ってくるか、
または帰ってこないかのいずれかだった。
それと比べれば、親のお古とはいえ、
駆け出しとしては十分な装備と言えるのだが、
戦士ではないトリスはともかく、
リラをこの装備で前衛に立たせても良いものかといえば
正直言ってフィルには不安だった。
「ふむ……ちなみにその装備に魔法が付与されていたりとかは?」
フィルの問いに首を振る二人。
親の遺した品であればと、少し期待したのだが、
流石に、駆け出しの二人に魔法の武具は求め過ぎか。
「なるほど……、だとすると、トリスの装備はともかく、リラの方は確かに不安か……」
「ええぇ~、スケイルメイルはダメなんですか? ほ、ほら! 一応金属鎧ですし!」
「うーん、ダメという訳じゃ……」
訳じゃないと言うとしたが、言葉を止める。
いや、こうした機会だからこそ、きちんと伝えたほうが良いか。
「……そうだね、スケイルメイルだって金属鎧だから、ゴブリン相手なら大体の攻撃を防げるはずだ」
金属の小片を縫い付けて作られるスケイルメイルは
比較的単純な構造のため
金属鎧の中ではもっとも安価に手に入れることが出来る。
たしかにレザーアーマーと比べれば段違いの装甲を持っているし
チェインメイルと比べて、物凄く性能が落ちるという訳ではない。
そのため、自警団や衛兵など、組織が数を揃える必要がある場合は
安価なスケイルメイルを増やして全体の強化をすることは悪くない選択と言える。
うんうんと頷くリアに
フィルは一旦言葉を切り、でも……と言葉を続ける。
「それでもチェインメイルと比べると総合性能は確実に下がる。性能の差としたらチェインメイルが十回中七回防げるところ、十回中六回になるぐらいで、大きな差じゃ無いかもしれないけど、戦場では、この一回が生死を分けることもあるからね」
僅かでも生き残る確率を上げる努力をすべきと
真剣な顔で語るフィルをみて
リラがごくんとつばを飲み込む。
戦闘では様々な一撃が発生する。
偶然、装甲の薄い場所に剣が突き刺さったり
偶然、相手が隙を見せたり
そんな偶然が何十回との繰り出される攻撃の中に、数回は必ず起こる。
そんな時、スケイルメイルでは防げなかったが
チェインメイルならば大丈夫だったという攻撃は
数は少ないだろうが、確実に一、二回は発生する。
特に駆け出しでは、たった一撃が致命傷になる事も多く
僅かであっても、攻撃を受ける可能性を減らしておくに越したことは無い。
元の鎧に愛着もあるのだろうし、
いきなり新しい鎧を与えられても、着こなせるか心配なのもあるのだろう。
まだ納得できずに、むぅーと唸っているリラにフィルは説明を続ける。
「僕が見る限り、三人とも戦闘経験はなさそうだよね」
「うぅ……確かにそうですけど……」
「駆け出しの時は、大した事の無い一撃を食らっても、思わぬ深手になる事が多いんだ。 特にリラには攻撃が集中するだろうからね。僕もトリスの心配はもっともだと思うよ」
「ほらっ、フィルさんの助言はちゃんと聞かないと駄目よ?」
フィルの言葉にほっとした様子でリラをたしなめるトリスに
反対に逃げ場が無くなり、むぅと眉根を寄せるリラ。
「それはそうなんですけど……あたし、新しい鎧を買えるだけのお金なんて持って無い持ってないですよ?それに、この村の鍛冶屋って農具やお鍋を作ったり修理したりするぐらいで、鎧とか売って無いですし」
欲しくても無理なんですと訴えるリラ。
その横に座るトリスがフィルの方へ
どうかお願いしますとアイコンタクトをする。
なるほど、トリスが相談したいというのは鎧を融通して欲しいと言ったところか。
金属製の鎧と言うのは概して高価な品だった。
安価といわれるスケイルメイルですら金貨五十枚はするし、
新品のチェインメイルともなれば金貨百五十枚にもなる。
一回の冒険で金貨数百枚を稼ぐ冒険者などはともかく、
専門訓練を受けた職人の一日の給金で、銀貨三枚、
特殊な技能がいらない労働者や給仕に至っては、一日銀貨一枚というこの世界では、
金属鎧のような代物は庶民には縁の遠い存在だった。
それゆえ、街道筋で冒険者が行き交うような村ならともかく、
辺境でご近所を相手に商売する村の鍛冶屋に、
使われもしない癖に高いだけの品など置かれるはずもなく、
山へ狩りに行く者へ向けて、
別の革職人が制作したレザーアーマーや、パデッドアーマーが
棚の片隅に幾つか置かれているのがせいぜいだった。
ましてや、ついこの間までドラゴンとオークに支配されていたこの村は
少しでも歯向かう意思が見つかれば報復される危険があった。
この村に武具が極端に少ないのも仕方のない事といえた。
「それなら、私の鎧を使うのはどうかしら。私は一歩下がって戦うから、あなたの鎧でも十分だと思うし」
見かねたトリスが、鎧を貸そうと申し出たが、
それはフィルに止められた。
「いや、戦闘中はトリスも前に出て戦う可能性がある以上、自分のチェインメイルを使った方がいいよ。着慣れた鎧なら尚更ね。リラには僕の持っている予備の鎧と盾を貸すから、こっちを使うといい」
トリスの提案にそう言うと、フィルは自分のバッグへと手を入れた。
暫く中を探ると、目当ての物を探し出せたようで、バッグから手を引き出す。
バックの口から、明らかに口よりも大きな木箱がにゅるっと取り出され、
それを床に置くと、箱の蓋を開けて見せた。
中に入っていたのはチェインメイル一式だった。
鎖で編まれた上着が綺麗に折り畳まれ、
追加で肩や腕を保護するプレートが
箱の中に整理されて収められている。
「わぁ……これ! 私が使ってもいいんですか!?」
鎧櫃を覗き込んだリラが、さっそくチェインメイルを取り出し
両手で持って造りの仔細を点検する。
「ああ、もともと傭兵を雇う時に貸し出してた鎧だから遠慮なく使っていいよ」
「へぇ~すごくしっかりした造りの鎧ですね。ねぇトリス! みてみて!」
フィルの説明が耳に入っているのか、いないのか、
おおーと歓声を上げ、腕や肩のパーツを取り出しては、
色々な角度に鎧を傾けて眺めるリラ。
リラが鎧を傾けるたびに、ランプの光の反射とは質の異なる光が鎧の表面を走る。
「これって……魔法がかかってますよね?」
「え? そうなの?」
「うん? ああ、そんなに強力なものではないけど防御の強化が付与されている。役に立つはずだよ」
リラが持つ鎧に魔力を感じて
興味深げに鎧をのぞき込むアニタ。
そんなアニタに、どうかな?とリラはひらひらと
手にした鎧の前と後ろを交互に見せている。
「確かに強化の魔法が掛かっているみたい……強さは……ちょっとわからないや」
「ははは、強さは第二段階だよ。まぁ他に特別な効果がある訳じゃないし、並みのチェインメイルよりは少し硬いと言った程度だからあまり期待しないでね」
「それでも魔法の鎧なんて初めてです! ……ホントに使っちゃってもいいんですか?」
「ああ、使ってもらった方が僕としても安心できるしね。盾も用意しておくから、明日は鎧下を持ってくるといいよ」
「それじゃあ、遠慮なく借りますね!」
「ほんとはブレストプレートやバンデッド・メイルの方が良いのだろうけど、僕の手持ちは全部、男向けにサイズが調整されてるから、君たちのサイズに調整しようとすると時間が掛かってしまってね」
そう言うとフィルは三人を眺める。
普通の少女と比べても小柄なアニタはもとより、
見たところ、並の村人よりも筋力がありそうなトリスや
日ごろ訓練をしているというリラにしても
その体格は、ごく普通の少女のそれであり、
成人男性、それも戦士を食い扶持にするような男共の厳つい体格と比べると、
控えめに言ってもかなり小さいといえた。
ある程度同じ体格なら、プレート系の鎧でも、それほど調整に手間はいらないが
ここまで違うと、動きに支障が無いよう稼働箇所の位置を合わせたり
全体のバランスを取り直したりと、
全ての部位を念入りに調整する必要があり、
最低でも半日はかかる作業となってしまう。
その点、スケイルメイルやチェインメイルなら
袖や襟の長さを調整するだけで済む事が多く、
比較的簡単に調整が出来る。
「チェインメイルなら調整もそれほど手間じゃないと思うけど、念のため調整で問題ないか見てもらえるかな?」
「はい!」
それから暫く、四人でリラの鎧のサイズ調整をしていると
フラウとサリアが風呂から戻ってきた。
「ただいまですー」
「いやー、いいお湯でしたー、足が延ばせるお風呂って最高ですね!」
「あ、おかえり! フィルさんがジュースを冷やしてくれてるわよ」
「おおー、さすがフィルさん気が利きますね! ふふふ。 やはりフラウちゃんが言った通りでしたね!」
「えへへ、はいです!」
「それじゃあ、私たちもお風呂に入ってしまいましょうか」
「そうだね。リラ、鎧の調整は後にしようね」
「はーい、それじゃ行こうか」
さっぱりした顔で、リラ達へ風呂の交代を伝えると、
鎧の調整の続きは風呂から上がってからという事になり、
風呂へと向かう三人と入れ替わりに
今度はフラウとサリアがフィルの元へとやって来た。
さっそくフィルの横の椅子にちょこんと座って、
嬉しそうにフィルを見上げるフラウ。
「ただいまですー」
「ははは、おかえり。 ジュースを飲むかい?」
「えへへ……。はいです!」
元気に返事をするフラウに
フィルはタライからジュースの瓶を取り上げ、二人分、ジョッキに注いでやる。
「さぁどうぞ」
「えへへ……ありがとうございます!」
「わー美味しそうですねー。いただきます!」
風呂上がりで喉が渇いていたのだろう、
少し大きめのジョッキを両手で握り、勢いよく飲んでいくフラウとサリア。
そんなフラウから、普段とは違う花のような香りが漂ってくる。
「おや、これは香水かな?」
「はい、サリアさんが香油つけてくれたんです。どうでしょう?」
鼻をひくつかせて、香りを感じているフィルに
気付いてもらえたことが嬉しいのか
どうでしょうかーと椅子から立ち上がり、顔を近づけてくるフラウ。
風呂上がりの少し上気した顔にドキリとしつつ
努めて平静を装って、フラウへと顔を近づけると
普段する甘い香りと石鹸の香りと共に、花の香りが漂ってくる。
「ふむ、なんの花の香だろう……うん、とてもいい香りだと思うよ」
「えへへ、よかったです!」
「フラウちゃんも女の子ですしね。ふふふ。どうです? どきどきします?」
嬉しそうに答えるフラウに、
サリアが嬉しそうにこちらを見つつ尋ねてくる。
確かに、お風呂上がりの上気したフラウは
香油の効果もあってか何処か色っぽさが感じられる。
とはいえ、それをサリアに認めてしまえば、
サリアの事だ、今度はフラウに化粧を施しかねない。
フラウはというと、香油をつけてもらったのが単純に嬉しいのだろう。
初めてつけてもらいましたーと報告して喜んでいる。
ここは、一つ、フラウの方にだけ褒めてあげることにして
サリアの暴走は何とか止めておきたい。
「いや……確かにフラウが可愛くなるのは嬉しいけどね、まだ子供なんだから、あまりやり過ぎないようにね」
「むー、フィルさんはフラウちゃんがおめかしするのは反対なんですか?」
「いや、そんなことは無いけど……」
「こーんな可愛い子なんですよ! 香水の一つでもつけてもっと愛でてあげたくなっちゃいませんか!?」
後ろからフラウの肩を掴んで
えっへんと力説するサリアに、またため息が漏れる。
今日はため息をついてばかりな気がする。
「あの、香油ダメでした?」
先ほどから二人のやり取りを見ていたフラウが、少し心配そうに尋ねてくる。
「いや、ダメじゃないよ。むしろとってもいいと思うよ。いや、ほら可愛いというのも本当だしね」
慌ててフラウを安心させた後、言葉を続ける。
「ただ、サリアが暴走しそうなのが不安なんだよね」
「ふふふ。フィルさんは本当に分かりやすいですよね」
「むぅ……、まぁ、フラウにしてくれた事には、感謝するがね」
「えへへ~」
「そうそう、感謝の気持ちは大事ですよ。ところでこの箱って何ですか?」
「ああ、これはリラに貸す鎧だよ」
「へぇ~ちょっ見てもいいです?」
「ああ、かまわないよ」
暫く、サリアとフラウと三人で、
鎧を見たり、魔法の鎧をせがまれたりしていると、
リラ達三人も風呂を済ませて戻り、
やっとフィルの風呂の番となった。
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