邪神さんと冒険者さん 20
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後片づけを終えて、居間の扉を開けると
先に食堂から戻っていたリラ達四人がソファでくつろいでいた。
ランプの灯りの元、賑やかにお喋りをしている様は
いつもの静まり返った居間とは大分雰囲気が違い、
夜でも人が住む場所の温もりを感じさせる。
「二人ともおかえりなさいー。お疲れ様です!」
最初に気付いたサリアが場所を移動して
二人分空いたソファへとフィル達を招き入れる。
「ただいまです。お風呂の準備もできましたよー」
部屋へと入り、ソファへと向かった二人、
フラウが四人へと風呂の準備が出来たことを告げると、
「風呂」という言葉に四人がおお?と、にわかにざわつく。
「フィルさんの家って、お風呂があるんですか?」
リラがフラウの言葉に即座に反応する。
見れば、残りの三人も興味深々と言った顔で、フラウを見つめている。
水も薪も大量に消費する風呂は
個人で行うには贅沢なものだった。
宿屋のような場所ならいざ知らず、
家では桶の水で体を拭く程度が殆どで
小さな村では公衆浴場が一つあればいい方、
場合によっては川で水浴びで済ませる所もあった。
そうした意味では、個人で風呂を持っている家というのは、
よほど裕福な風呂好きか、
それとも別の目的があるかのいずれかの場合が殆どだった。
「厨房の横がお風呂になっているんです。窯でお湯を沸かしてはいるんですよー」
あんないしますーと、皆を先導するフラウ。
その顔は少し得意げで、どこか微笑ましい。
フラウに連れられて風呂を見学に行く少女達の
賑やかな声を後ろで聞きながら
フィルもまた、窯の様子を確認しに厨房へと戻った。
厨房へと戻り、窯の火の回りを確認しつつ薪をつぎ足す。
流石に浴室は防音ではないらしく、
ここからも、サリア達の声が届いてきた。
「おおーこれは広いですね!」
「本当ね! 二、三人でも入れそうな広さね」
サリアとリラだろうか、さすがに大分聞き辛くはあるが
それなりに聞こえる声に、フラウが風呂に入っていた時は
一言も喋らずに入っていたのだという事が分かる。
(やっぱり、あそこに一人きりにさせるのは可哀そうだよな……)
とはいえ、そうは思っても一緒に入ってあげられる訳でもなし
解決方法は見つからないまま、
暫らくすると案内を終えたフラウが皆を連れて厨房に入って来た。
「フィルさん、皆さんを案内してきましたー」
「お疲れさま。こっちも準備は整っているよ」
お使いをこなせてほっと一安心のフラウの頭を撫でてあげながら
お疲れ様と労うフィル。
「いや~それにしても豪華ですよねー。さすが貴族様の家ですね!」
戻ってきたサリアは随分と上機嫌だった。
久しぶりにのんびりお風呂に入れると
自分のバックパックから入浴セットと着替えを取り出してきて
準備万端と言った感じだ。
「まぁ、いくら貴族とはいえ、風呂とか厨房は少しこだわりすぎな気もするけどね」
フィルもバッグからフラウの着替えを取り出しながら答える。
リラ達はどうするかを聞いてみると、
アニタが魔法で今着ている服を洗うとのことだった。
「おかげで、のんびりと風呂に入ることが出来るし、貰って良かったとは思ってるよ」
「なるほどー、でも、このお屋敷で一人暮らしって、さすがに広くて寂しくないですか?」
「うん? ああ、そうだね、あまり気にしては無かったけど……」
「ほら、今は私たちがいて賑やかですけど、居なくなったらすごく寂しくありません?」
改めて見てみれば、目の前に居るのは五人の少女達、
たしかにずいぶんと賑やかになったものだと思う。
破壊神にさせられて、これからどうするかも思いつかず、
この家を手に入れた時も、ただ静かに暮らしたくて
一人で暮らすことに寂しいなんていう感覚はまるでなかった。
だけど、こうやって彼女達と関わり、
人と関わる感覚を再び味わった今、
また一人になった時、以前のように暮らせるのだろうか?
フィルは順々にそれぞれの顔を見て行き、
最後にすぐ隣にいるフラウで止まった。
フラウの方もフィルに気が付いたようで、少し照れたように
「賑やかなのは楽しいです。これなら怖くないですし」
「確かに……。二人だけだと幽霊屋敷みたいだったしね」
「そんなに怖かったのですか?」
吟遊詩人の好奇心がそうさせるのか、
苦笑いするフィルに、興味津々と言った感じで尋ねてくるサリアに
はいですと、元気に頷いて、フラウが答える。
「夜はすっごく静かで、少し先は真っ暗で、今にもお化けが出そうだったのです。はじめての日は、廊下に灯が無くて、廊下が真っ暗だったんです。本当にお化けが出てきそうな感じでした! 何か使えるものが無いか探してお部屋をまわったのですけど、ランタンで照らしても暗くてすごく怖かったです。あと、お風呂に入るときもフィルさんが魔法で明かりを用意してくれたり、ここで待って居てくれたのですけど、それでもすごく怖かったです」
「フラウちゃんは頑張ったんですね。そんなところに女の子が一人は怖いですよねー」
よほど怖かったのだろう。
とめどなく出てくるフラウの報告に
よしよしと少女の頭を撫でるサリア。
報告を聞いて撫でながら、
次第に視線がフィルの方を向いていき
目つきはだんだんジト目へと変化していく。
「い、いや、手持ちの灯りが無くてね。それからもいろいろあって少しずつしか用意できていないんだ」
手に入ったランプは皆灯りとして使っているし、
そのうちいくつかはコンティニュアル・フレイムをかけて
屋敷の中に灯りは少しづつ増えていると弁明するフィルだが、
サリアは納得したように見えない。
「それにしても、予備のランタンとか出してあげれないんですか?」
仕方ない人ですねぇとため息をつくサリア。
「うーん、ランタンは使い勝手が悪いからなぁ、正直、一つあれば十分なんだよね」
「むぅ~」
「松明なら沢山あるんだけどね。さすがに屋敷の中で焚くわけにもいかないだろう?」
屋外やダンジョンでは何時戦闘になるか分からない為
基本的に脆いランタンは使用しない。
せいぜいキャンプの時に置いて照明にしたり、
戦闘行為の禁じられた場所……城や屋敷に招待された時とかぐらいで
それゆえ、ランタンが一つしかない事に、特に不便はなかった。
「むぅ~、それにしても、フィルさんぐらい冒険者をしていたら、別のアイテムで灯りになるのとかありません? 魔法の指輪やアミュレットとか」
「うーん、あることはあるんだけど、明かり以外の効果が強すぎて使わせられないんだよ」
たしかに、これまでの冒険で手に入れた指輪やアミュレットがあるにはあるが
その他の効果が強力すぎたりして正直使う気にはなれなかった。
周囲五mを照らすかわりに、ヘイストとフリーダム・オブ・ムーブメントがかかる指輪とか
眩く輝くがクレリックとバラディン以外装着できないアミュレットとか
指輪やアミュレットはとにかく癖が強すぎる。
もう少し何か、してあげられないものかと問うサリアだったが、
フィルは首を振る。
「あまり役に立たない物は売って金貨に換えてしまっているからね……。他に照明に使えそうなのは武器や盾とか、後は戦闘で使うマジックアイテムぐらいしか無いし、危なくてフラウには使わせられないよ」
「むむぅ、それにしてもランタンが一つとは……」
そう言って恨めし気にフィルのランタンを眺めるサリア。
本当、ランタンの手持ちが少ないだけで酷い言われようだと思う。
「以前のパーティでは各自で明かりになるアイテムは持っていたからね。これでも不便はなかったんだよ」
やれやれとため息をつくと、フィルは自分のランプを持ち上げた。
古びてはいるが、凝った造りの覆い付きのランタンが
フィルの前でゆらゆらと揺れる。
「ちなみに、このランプもマジックアイテムで、本来は魔法で姿を隠している者を照らし出すのに使うんだ。僕の手持ちで安全に使える明かりはこれで全部だよ」
「むむぅ~」
なおも何か言いたげなサリアだったが、
そんなサリアの服の裾をフラウがちょんちょんと引っ張る。
「サリアさん、フィルさんは夜の間ずっと一緒にいてくれたんです。だから大丈夫だったんです。あまりフィルさんをいじめないでください」
「むぅ~、フィルちゃんがそう言うのなら、ここは許してあげましょう」
心配そうに訴えるフラウに、
仕方ありませんねと、ようやく納得した様子のサリア。
ようやくサリアの追求から解放されたフィルは
フラウと顔を合わせて二人、苦笑いを浮かべる。
「やれやれ、フラウのおかげで助かったよ。ありがとうね」
「でも、元はと言えば私のせいですし、ごめんなさいです」
「あはは、ほんとは怖くないようにできるのが一番なんだけどね。さてと、それじゃあ、僕が火の番をしているから皆は先にお風呂を済ませてしまうといいよ」
「それでしたら、フラウちゃん、私と一緒にお風呂入っちゃいませんか? それなら怖くないですよ? お風呂も二、三人ぐらいなら平気で入れそうな大きさでしたし」
「はいです!」
「あ、それなら、その次は私達三人で入ろうか? アニタの洗濯もあるし」
「ええ、そうね。その方がフィルさんを待たせないで済みますし」
「うん、そうだね」
サリアの提案に続いて、三人娘も一緒に入ることになり、
一番手がサリアとフラウ、
二番手がリラ、トリス、アニタという事になった。
「それじゃあ二人ともゆっくりしておいで、僕は火の番をするとして、リラ達はどうする?」
フィルの言葉に三人は少し相談していたが
それが決まると、リラがフィルの方へと向いた。
「そうですね、居間に三人で居ても少し寂しいし、ここにいてもいいですか?」
「ああ、かまわないよ」
「よかったー。実の所、確かにここってちょっと怖いんですよね。フィルさんと一緒なら心強いですし」
あはは、と照れ笑いを浮かべるリラ。
他の二人も少し照れくさそうにしているところを見ると
どうやら三人とも同じことを思っているらしかった。
「いや、幽霊とかいないし、大丈夫だよ」
「それでもですよー」
勝手に幽霊屋敷にされてはたまらないと否定するフィルだったが
力説するリラに、やれやれとため息を一つつくと、
窯の見張りからは離れて、今度は桶に水を注ぎ始めた。
いつもの様に湯上りに飲む物を準備しようと思ったのだが、
ピケットは前回で全て飲んでしまったので、
今回は瓶を二本取り出し、それぞれに水を入れ、
そこに倉庫から取り出したオレンジを半分に切り、
半実づつ果汁を絞りいれる。
「あ、それってオレンジジュースですか?」
「ああ、湯上りに飲もうと思ってね。うーん、二本あれば足りるかな」
うーんと考え、ピケットの時は一本を二人で飲んでしまっていたことを思い出し念のため、もう二本作っておくことにする。
四本のオレンジジュースが用意できたところで、
タライに向かってレイ・オブ・フロストを唱える。
「これって、レイ・オブ・フロストですか?」
魔法を唱え終えて、タライの様子を確認していたフィルだが
声につられて見ればアニタがフィルの横からのぞき込んでいた。
先ほどから、リラとトリスの傍から離れなかった少女だったが、
やはり、同じウィザードという事で興味があるらしい。
「ああ、物を冷やすのになかなか重宝するんだよね。この呪文」
「そうなんですよね。私も夏場とか、冷たい飲み物をつくってってよく言われるんです」
「ははは、このレベルの呪文はそういうの便利なのが多いからね」
「は、はい、私も魔法の練習も兼ねて、お洗濯とかプレスティディジテイションを使ったり」
「ああ、あの魔法も便利だよね。僕もすっかりあれに頼ってばかりだよ」
「初級の魔法は日常生活に使えるものが多いから練習しやすいんですけど、第一段階の魔法になるとなかなか練習の機会が無くて……」
少し残念そうに言うアニタ。
「第一段階の魔法は戦闘用の呪文が増えるからね。冒険者になれば機会は多いのだろうけど。それ以外ならエンデュア・エレメンツやアンシーン・サーヴァントを使うとかかな……」
「なるほど……、うーん、どちらも覚えてないんですよね……」
「ふむ、それじゃあ、僕がスクロールを作成しようか?」
「え、いいんですか?」
「第一段階ならスクロールの作成も大してかからないし、問題ないよ」
普段周りにウィザードがいない分、
魔法についての話ができることが嬉しいのだろう。
それとも、好奇心が人見知りに勝ったのか、
先ほどまでのおどおどした印象はそこにはなかった。
ふと、その向こうを見れば、リラとトリスが楽しそうにこちらを眺めている。
「ねぇトリス、私たちのアニタさんがあんなに楽しそうに男の人と喋ってるよ」
「そうね。きっとフィルさんの事が好きになったんじゃないかしら? これは暖かく見守ってあげないといけませんわ」
スクロールを貰えると聞いて嬉しそうにしているアニタを眺めながら
さながら娘の成長に興味津々な母親のような口調で会話をする二人。
アニタも自分が観察されている事にようやく気が付いたようで、
「えっ?、もう! 二人ともからかわないでよう!」
トリスとリラの冗談に必死で抗議するアニタ。
今の三人を見ていると先ほどまでの神妙な様子はどこへやら、
きっと普段の三人の様子はこんな感じなのだろうと容易に想像がついた。
「そうそう、明日の訓練なのだけど、ちょっといいかな?」
三人娘の様子をのほほんと眺めていたフィルだったが、
ふと、明日の準備について思いだし、三人を呼び止める。
三人も何事だろうという感は少しあったものの、
明日の訓練という事で少し緊張の面持ちでフィルの方へと向き直った。
「アニタにはスリープを二回分準備してもらえるかな。範囲魔法はうまく使えば非常に効果的だけど、味方に当たる可能性もあるからね。今のうちに使い方に慣れてもらおうと思う」
「はいっ、わかりました」
フィルの言葉に頷くアニタ。それを聞いていたトリスが口を開く。
「私のほうも、何か準備したほうが良いですか?」
「う~ん、クレリックは僕もそこまで詳しくはないのだけど……最終的に皆キュアに回してしまいそうだからなぁ。たぶん何でもいいとは思うけど……そうだ、サモン・モンスターを覚えておいてもらえるかな。僕も十分な回数使えるように用意しておくつもりだけど、練習相手は多い方がいいだろうからね」
「わかりました。という事は、リラの訓練はモンスターとの実戦ですか?」
「はじめはそれ以外もするつもりだけど、やっぱり実践になれた方が良いからね」
「ふふふ、頑張ってね」
「う~、お手柔らかにお願いしますね」
笑顔で激励を送るトリスに
少し諦めたような顔で答えるリラ。
「まぁ、付け焼刃になってしまうのは仕方ないけど、それで少しでも生還率が高くなるのならやっておかないとね」
生還率という言葉で三人の表情が強張る。
少女達はおとぎ話の勇者ではないのだ。
悪者を必ず倒せるなんてことは無く、
最善を尽くしても殺されるか、
あるいはもっと酷いことになるかもしれない。
「三人とも、きっと大丈夫だよ。相手がゴブリンなら、油断をしなければ大丈夫だとは思うよ。それに僕やサリアも一緒に行くしね」
フィルの言葉に、三人は神妙に頷いた。
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