↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/30

019 Lia 「新月を照らす星」

 ※7/21に18話を加筆修正しました。

 以下が加筆点です。この確認のみで辻褄合わせになりますが、詳細を確認したい方はもう一度18話をお読み頂けると幸いです。

 ・ネージュが「教員室の惨状」の報告を部下の兵士から受ける描写の追加

 ・一部文章合わせのための表現の変更

 ・単語の誤用修正

 ・帝国騎士団の解説追加

 正直、体力はもう既に限界を超えていたと思う。

 リオンに施してもらった治癒があったとはいえ、足りない血は足りないままだ。

 脚に負った傷。奴らに噛まれ結構傷は深いはずなのだが、痛みは少なく、出血も大したことは無かった。もう出る血もない、痛みを感じるほど意識も敏感ではないということなのだろうか。

 心なしか、五感も少しだけ遠く感じる。


 リオンが治癒を終え、私はありがとうと伝えて立ち上がった。

 この教室には私を含めて六人。私とリオン、ウォルクとテリア、ネージュと名乗った帝国騎士の男。そしてエノーラ。

 ネージュの話によると、他の子供達は彼の連れていた帝国兵によって自宅まで送り届けられたそうだ。私はそれを聞いて安心した。


「――――どうして残ったの?」


 私はまずウォルクに尋ねる。彼は少しやりにくそうな顔をしながら口を開いた。


「あんたが戻ってきたら、この町で何が起こっているのかわかると思ったからだ」


 彼には守りたいものがある。それには今の状況を知る必要があったのだろう。


 テリアはウォルクが残るならという理由で共にいると予想出来た。


「そう。……でも、今何も話せることは無い、かな」


 また改めて知る機会がある。帝国魔術師のエドワードという人を尋ねれば、大体の事は把握できると思う。私の名前を出せば対応してくれるから、と伝えると、ウォルクは少々納得がいかないという思いに後ろ髪を引かれながらも、私の近くで眠っているエノーラに目を移してから引き下がった。

 私はエノーラの前でしゃがんで、頬に触れた。まだ温かい。それに身体の傷もすべて修復されていた。私はエノーラの頭を撫でながらリオンにありがとうと伝えたが、彼女の表情は複雑だった。リオンにはきっとエノーラを救えなかった後ろめたさがあるのだろう。


「――――ねえ、リオン」


 私はエノーラの上半身を起こして彼女の頭を私の膝の上に乗せる。


「確かにエノーラは死んでしまったよ」


 死ぬ、という直接的な表現に、リオンは心臓が跳ねたかのような反応を示す。


「でも、それはリオンにはどうしようも出来なかったことなんだよね」


 私はリオンと廊下で別行動になってから合流するまでの間の出来事を、未だ把握していなかった。エノーラの死という出来事によって皆冷静ではなくなっていたのだ。


「リオンは教員室の様子を見に行った。そこで何かあったんでしょ?」


 リオンは難しい表情をしていた。どう伝えようか迷っている、そういう顔だ。そうやって彼女はどう言葉を始めるのか少し悩んでから、口を開いた。


「教員室で『何か』があった事は間違いないわ。でも、その出来事と私がエノーラの治療に当たれなかった事とは直接は関係ないの」


 リオンはウォルクと、そしてテリアの方に視線を泳がせた。ウォルクはテリアの手を握り、何も言わずに頷く。


「ウォルクにはもう、話したんだけどね――――」


 リオンは別行動中の出来事を掻い摘んで私に教えてくれた。教員室の惨状。魔術回路のショート。エリオミーグに伝わる秘薬の話。魔術の事は私にはよくわからないけれど、彼女も私の所為で大きく体力を消耗していたのだとわかった。ネージュは淡々と耳を傾けて聞いていたが、テリアは震えを抑えるようにしてウォルクの手を強く握り締めていた。


「それで、この事を帝国には?」


 黙って話を聞いていたネージュに尋ねる。


「部下に報告するように指示しました。ただ、ここに残る人が居るとなれば私も残らざるを得ないと判断したので、私はここにいます」


 もちろん国民を守るという使命もありますが、教員室の状況を他の人に見せるわけにも行かないと思ったのでと彼は続け、ウォルクとテリア、そしてリオンを順番に見た。

 彼は小隊長だそうだ。三十近くの人数を束ねる小さな司令塔。そんな人物が数人の国民を見守る為、あの惨状を見せない為、という理由だけでただ一人ここに居座るだろうか。情報源がエドワードなのであれば、この周辺の安全は確保されたと伝わっている筈だろう。私がエドワードと顔を合わせた時、彼は既に脅威の数と方角だけは把握していた。その方角にこの場所は無い。


「ネージュさん、彼女達は私が守るので大丈夫です」


 小隊長と言えどそこに所属する兵士達にはあなたが必要でしょう。

 わざと疑惑を含ませ、彼にそう問う。二十代上旬から中旬程の若さで小隊長に任命される切れ者だ。このくらいの行間には気付いてくれるだろう。

 彼は僅かな時間を置いてからゆっくり立ち上がった。その表情は先程よりも少し緩い。


「それもそうですね。あなたがここに戻ってきたとなればこの町全体の安全もある程度は確保されたと認識して良いのでしょう」


 ここに残った理由に他意が全くなかった訳ではありませんしと彼は言いながら、座った事によって崩れた鎧や腰に提げた武具を整え、踵を返すと同時にこう口にした。


「父には宜しく伝えておきますね」


 何の事か一瞬理解出来なかったが、リオンの表情を見て私ではなく彼女に言ったのだという事がわかった。困ったような苦笑をしていたからだ。

 私はウォルクとテリアの方を向いて告げる。


「あなた達ももう帰りなさい」


 ここに居る理由はもう無くなったでしょう、と続け、エノーラを起こしてゆっくりと背負って立ち上がる。それに続くようにして、リオンも遅れて立ち上がった。

 二人だけで不安なら今からあの小隊長さんを追えば家まで送ってくれるんじゃないかな、と付け足すとウォルクは苦虫を噛み潰したような顔をした。本当にそんな事をすると思っているのか? という表情だ。


「テリアを守るのは俺だ」


 二人で帰るさ。

 ウォルクはテリアを連れて私達よりも先に教室を出た。

 二人の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。そして恐らく彼らがこの学校の敷地からも出ただろうと思われる間の沈黙の後、リオンが口を開く。


「……これから、どうするの?」


 不安そうな顔だ。私とエノーラを交互に見て彼女は少し視線を落とした。


「そうだね……まずはエノーラの家に行かないと」


 彼女に背を向けて、私は言った。不安とか、焦燥とか、そういった感情はとうに消え失せていた。彼女の死を、まずは一番に知るべき人達に伝えるのだ。非情に踏み出し難く苦しい行動選択ではあるが、それが最善であると知っていた。同時に、私がまずすべきであり、そうしたいと強く感じていた。

 リオンは私の言葉に返事をしなかったが、振り向いて彼女の顔を見た時、私と共に来るという決意が表れていた。

 リオン。


「自分の所為だなんていう自意識過剰はやめてね。だからもちろん私の所為だとも私自身は口にしない。それを受け入れるのは誰かから非難された後でいい」


 確かに私は力不足だった。リオンもきっと行動選択を誤ったと思う。でも。


「エノーラはきっと、そんな考え方を望んでいない」


 心の底から、そう感じていた。エノーラは本当に私を慕っていてくれた。それがどんな形で、どんな方向の愛情であっても、歪みがなく真っ直ぐだったと信じている。痛みや苦しさで泣き出したくなるような状況だったのに、彼女はずっと私を見ていたのだ。そして最後まで、この穏やかな顔を崩さなかった。

 最後に見るエノーラの表情。苦悶に満ちた表情であるくらいなら、彼女の最期まで共に居られたことを喜ぶべきだろう。


「……そうね」


 エノーラの顔を見るリオンの様子は、決して穏やかとは言い難かった。けれど、私が『いつものリオンだ』と思えるくらいに彼女の心持ちは変化していると感じた。


 窓から見える空は陽の紅さを食い潰すように暗色へと塗り替えていた。まだ明るさは保っているが、日の没したこの空は、あと僅かな時間で星の光を受け取れるくらいの澄んだ黒にすり代わる事だろう。

 私達三人はゆっくりと歩みを進めて校舎を出た。

 外に出ると、やや強く吹いた風に驚いて身体の緊張が一斉に逃げ出したかのように感じた。エノーラを背負う背中はその温もりを守るようにじんわりと汗ばんでいる。

 私の歩幅に合わせてリオンが後ろを歩く。今朝、エリオミーグからこの町に来た時のような会話は無かったが、気不味さも不自然さも無く、私達はこの学校の敷地を出た。

 さあ、行こう。心の中で私は私自身にそう語りかけ、『エノーラの帰路』を辿って歩く。

 暫くすると、形の無い新月が浮かぶ空に、いつもよりも煌々とした星々が私達とこの町を照らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。