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015 Lia 「曇り空の心」

 私は今冷静ではない。

 そんな事を冷静に自覚しながらも、心というものは厄介なものでなかなか言うことを聞いてくれない。

 もうじきこの街でさらに騒ぎを起こすであろう”奴ら”の同胞を殲滅しなければ、私の気は収まらないと身体と理性が訴えていた。

 狙いは私で間違いない。父が私に告げた言葉と、今朝見た夢。そして、グリモワールの伝説も関係しているかもしれない。どちらにしても、この騒ぎが収まるまでは小烏丸を手放すわけにも、奴らから逃げまわるわけにもいかなかった。

 リオンが私の所へ来たのは間違いなく奴らの気配を察して。私に向けられた殺意だったはずが、その気配をリオンも感じ取ることが出来た。

 そうなれば奴らには魔術的な力が施されているのだとわかる。

 その証拠に、街中の魔術師の表情が暗く、ひそひそと魔術師同士で話をしたり気配から逃れるようにそそくさと荷物をまとめて街を離れようとする者が多く見受けられた。

 中には路地裏に駆け込んでそのまま嘔吐するほど気分が悪くなっている魔術師も居たため、これは間違いなく異常事態なのだろうとわかった。

 帝国魔術師の印を首から下げた男が帝国兵を引き連れて街を歩いている。彼らも間違いなくこの気配に気付き、「仕事」として問題の解決に急いでいるのだろう。

 そうでなければ他の魔術師の心情を察するに今にも逃げ出したくなるような怖気で染まっているはずなのだ。

 感受性の差こそあれ精神的に不快になっていることは魔術の使えない一般的な人々から見ても明らかであった。

 私は今、リオンが今朝荷物を広げていた噴水広場に来ている。

 開けた場所で奇襲にも対応できる。そう考えたからだ。

 先ほどの鋭い気配とは違い奴らの殺気には靄ががかってしまっている。正確な位置がわからない以上深追いするより広い場所で身構えて警戒している方が確実だ。

 人気の少ない所で待機したい気持ちは強いが、そこに行く過程でエノーラのような犠牲者をこれ以上出したくはない。

 私はここにいるぞ。そうアピールするように、目立つ場所で武器を携えて周りを警戒していた。


「おいお主、そこで何をしておる」


 背後から声を掛けられた。今の私はボロボロになった服、左手に握られた武器のせいで非常に怪しく見えることだろう。

 振り返ってその声の主を確認する。

 そいつは先程の帝国魔術師の男だった。碧眼だったため、支援魔術を得意とする「召喚士」としての帝国魔術師であろうと予想が出来た。

 数人の帝国兵を引き連れて街の警戒に当っているようだ。こんな状況でこんな格好の私がいたら怪しく思い声をかけるのも当然のことであった。

 帝国魔術師の方ですね。私はそう言ってから話を切り出した。


「今あなた方のような魔術師は皆逃げ出したくなるような異様な気配を感じ取っている。あなたは仕事だからその事態に対応しなければならない。そうですね」


 彼は少々驚いた顔をしながらその話を肯定した。そして一拍置いて私について尋ねようとしたが、それを遮る。


「私はライア。この街で傭兵の仕事をしています」


 この格好は、先ほどあなた方が求めている気配の正体の一部と戦闘を行ったときのものです。

 自己紹介の後続けてそう伝えると、彼は驚きの表情をそのままに私に詰め寄ってきた。


「なんと! お主にはこの気配の正体がわかるというのか?」


 近くで見ると彼の額から脂汗が滴り落ちている事がわかった。焦りと怖気からだろうか。魔術師の感覚は私にはわからないが、彼らにとってこれはかなり気色の悪い気配らしい。

 残念ながら、という言葉から私は話を始めた。

 正直な所、奴らと相まみえても正体がわかることはなかった。私がこの目で見たのは二体。

 一体は四足の獣にいろいろな生物の身体が混ざったもの、もう一体は巨大な蜂。生物らしい姿をしていること以外はまるで共通点がなかった。動きや知性も個体によって大きく違う可能性が高い。正体の掴みようもなかなか無いだろう。


「でも――――」


 私は一つだけ、奴らの共通点を伝えた。


「奴らの体液は、いずれも強酸のように物を熔かす性質を持っていることがわかりました」


 もし相対する事があればその点だけは注意して下さい。そう伝え終わった時、噴水を挟んだ向こう側から、女性の悲鳴が聞こえた。

 私の前にいる魔術師、そして後ろで待機していた帝国兵達も私と同時に悲鳴の方を向き、この位置からでは噴水で隠れて何が起きているかわからないと判断して回り込む。

 私の身体はふつふつと冷たい怒りで染まっていた。復讐心というものはこういう感情なのだろうかと頭の片隅で考えながら、悲鳴の聞こえた噴水の向こう側に回り込む。

 悲鳴の聞こえた場所に近付くにつれて人混みが増す。野次馬というものは厄介なもので、自身で対処が出来ず、その方法を探そうともしないのに原因や事件を目の中に収めたがる。

 低い身長が災いし原因の中心が見えない。声を張り上げようにもここ何年か大声なんて出したことが無いため私の精一杯の声は雑踏にかき消された。


「――――どきなさい! 私は帝国魔術師だ! どきなさい!」


 広場中に届かんばかりの怒号が響いた。

 振り向くと先程の魔術師が私のすぐ後ろで民間人を掻き分けながら私の背中を押している。その気迫に気圧されて彼の近くにいた民間人は自らその場を去る。

 一部強情な野次馬もいたが、彼がその野次馬の腕を掴んで後ろに引くと、あっさりと立ち退いていく。

 帝国魔術師という地位の高さをこの目で見た。きっと倒せる相手だったとしても、彼が居なければ間違いなくもっと対処に遅れることになっていただろう。

 やがてその騒動の原因を視界に捉えることができるようになる。


「なんだ……あれは……」


 先に口を開いたのは私のすぐ後ろに居る帝国魔術師の方だった。

 地面に倒れ伏す男。仰向けのため顔はわからないが、体つきからしてまだ若いのではないだろうか。その上を覆うようにして、そいつは居た。

 まるで人間のような手足と体つき。服装もこの街で買えるような一般的なもので間違いない。ただし、そこから見えている肌は赤黒い色をしていた。最初に戦った獣のような姿の化け物と同じ肌の色だ。髪は真っ白でボサボサ、肩に届く程度の長さ。

 その化け物が、男に覆いかぶさるようにして四つん這いになり、その腸を喰らっていた。口元と服はとうに血液にまみれ鮮血で染まっていた。

そいつが男の肉を口に含むたびに、熔けるような、灼けるような音が僅かに発生する。

人型。在り得ない話ではない。最初に戦った化け物も獣の姿はしていれど脚が人間の腕のような形状をしていたのだ。

私は息を呑んで、後ろの彼に告げる。


「……奴です。奴が原因の正体のひとつ」


 人の姿に近いことに私は少し怖気づいていた。


「そうか……あれが……」


 彼は歯を食いしばってその恐れをかき消す。


「私は帝国に仕える者だ。帝国での事件は我々が処理せねばならない」


 後ろに連れた兵士を全員民間人の避難に回し、彼自身は懐からタクトのような小さな杖と手帳サイズの魔道書を取り出して構える。

 手帳の背表紙に仕込んだ針で自らの指を刺してそこから滴る血液を開いた魔道書に円を描くように擦り付ける。


「私は召喚士だがあまり支援魔術が得意ではなくてな、帝国魔術師となれた時、支援魔術は及第点ギリギリだった」


 では何が買われたか。彼はそう言って血で魔法陣を描いたページにタクトを構える。


「生まれついての高い降霊の才能。そして、使い魔との迅速な契約の技術ッ!」


 瞬間、魔道書が光輝き、そこから光の球体が何体か現れる。大きさは手のひらに収まる程。どれも青白く光り、彼の周りを回っていた。


「自己紹介がまだだったな、可憐な剣士よ。私は帝国召喚士のエドワードだ」


 そう言いながら、彼は私の前に立つ。そんな戦闘の意思を察してか、ただ横たわる男の肉を貪っていた化け物は、立ち上がってこちらを向く。それと同時にまだ遠巻きに見ていた民間の人々もようやく身の危険を感じて逃げていった。

 エドワード・ケリー。私の記憶違いでなければこの名で間違いない。その状況対応の能力の高さからも次期賢者候補と噂される帝国召喚士。あまり表に出るのを好む人物では無いためその姿を見るのは初めてだ。帝国魔術師は存分に戦闘を行える者がかなり少ない。国家の人間として自分の力が必要になるかもしれないと考えたのだろう。

 リオンの話を思い出す。召喚士の使役する使い魔は、何も生き物の姿をしている者だけではないのだという。

降霊を行ってその魂と契約し器に収めるという方法から、その魂が一度辿った種の姿を象るのが一番容易。そのため、必然的に生き物の姿をした使い魔が多くなるという原理。

 しかし彼は手に持つ魔道書、正確にはその魔道書に込められた魔力自体を器とし、その魂が辿った種の動きに囚われない柔軟な対応の出来る使い魔の使役を可能にした。まだ新魔術の創造とまでは行かなくとも既存魔術の応用、もしくは新たな活用方法として大きく評価されている。


「奴らが何者かは私にはわからないが」


 彼は魔道書を閉じて懐に仕舞い、杖を構える。


「お主の話が正しいのならば、距離をとって倒せばいい!」


 素早く杖を振ると、彼の周りを回っていた球体達がなだらかな弧を描いて化け物の元へと勢い良く飛んでいく。

 そして、そのまま化け物の脇腹や肋を抉り取る。

 肉の潰れる音がした。化け物は抉られた腹部からでろでろと生気のないドス黒い血液を流す。勢いのない出血を続ける化け物は、まるでアンデットのような様相を呈していた。

 イカれた声帯から声にならない歪んだ悲鳴を漏らすそいつは、間違いなくエドワードに怒りの表情を向けていた。

 やはりこいつにも痛覚があるようだった。最初に戦った獣の姿をした化け物も小烏丸で切りつけた時痛がる様子を見せ、しかも出血多量により死亡したのだ。原理は全て同じ。丈夫と言えど間違いなく生命体なのだ。


「使い魔達が自身の判断で側面に避けたか……。やはり簡易契約の使い魔では身体の中心を貫く程の力は無いな……」


 あれで簡易契約だと言うのであれば彼は恐ろしい実力の持ち主だ。通常、動植物の姿を象った使い魔は生前以上の能力を出すのが難しいとされている。しかも簡易契約ならば魔力消費による能力増強も僅かだ。

 そのため戦闘向けの使い魔は、一度大型の肉食獣の宿命を辿った魂との通常契約をするのが定石と言われている。

 彼は違う。どうやらよっぽどの事がない限り長期に渡る契約をしないのだろう。一度リオンに召喚魔術の契約についての話を聞いたことがある。

 使い魔の契約は例外を除き主に三種類。簡易契約、通常契約、永続契約。

 簡易契約はその名の通り簡易的に使い魔との契約を行う方式。契約の際に使い魔が行う仕事の内容を決定し、その仕事が完了すると自動的に契約満了となり器から魂が出て行く。

 必要な状況に応じて行う方法。主にインスタントに込められる方式で、消費する魔力も微量。

 ただし、召喚士の技量によっては失敗することも多いためリスクは少ないが簡単というわけではないそうだ。

 通常契約は召喚士が一番一般的に行う方式。消費魔力は簡易契約よりも多いが、日が昇っている間、その使い魔を使役することができる。

 この方式が一番単純であり、召喚士が初めて契約を行う場合は殆どがこの方式である。この通常契約は最短一日、最長で半年程度の契約期間に収まる。

 そして永続契約。一番リスクが高いとされる契約方法。召喚士の魔力が尽きるまで使役が継続される方式。

 自分の魔力容量を見誤ると魔力の回復よりも使役による消費が勝ってしまい最悪の場合数日間身体が全く動かなくなることもある。そういった限界に到達した場合に限り契約が強制的に解除される。

 この方式を行うと意図的に契約を取り消すのが困難になるため、熟練の召喚士専用の契約方法とも言えるのだろうか。

 エドワードを見やる。既に契約を完了した先ほどの使い魔達は器から魂が開放されている。

 彼が攻撃を行うならばもう一度降霊を行って使い魔との契約をする必要が出てくるだろう。

 しかし目前の化け物は既にエドワードを標的にしている。歪んだ呻き声を上げながらこちらに近付くその様子が彼に対して毒吐いているようにも見えた。


「……エドワードさん。これではもう一度攻撃を仕掛けることは無理です」


 敵も十分に弱りました。私はそう言いながら彼の横を通りすぎて小烏丸を構える

 奴は変わらず同じペースでこちらに歩み寄ってきていた。歩を進める度に血液が地面に滴り、僅かに灼けるような音をさせながら微かに煙を上げて異臭を放っていた。

 隙だらけだ。先ほどの獣や蜂のような化け物とは違う。恐怖は感じるがそれに対する強さを全く感じられなかった。

 私は化け物の鳩尾辺りを脚で蹴る。あっさりと後ろに転げる姿はまるで拍子抜けだった。そして、血液が勢い良く吹き出さないように、心臓に向けてゆっくりと小烏丸を突き刺した。

 歪んだ悲鳴を上げて藻掻く化け物。小烏丸を抜き去り、返り血を浴びないように後ろに飛んで下がる。蹴り倒して心臓に刃を突き立てただけ。素人でもできる。何も特殊なことをしなかった。

 灼けるような音と異臭を放ちながら煙を上げる血液は、ぴくぴくと痙攣していた化け物の絶命と同時に、意識を失ったかのようにただのドス黒い液体になった。

 どうやら、死亡と同時に血液の性質も変わるという点も他の奴らと同様だったようだ。

 ただとどめを刺しただけだったが、その様子すらエドワードには手馴れているように見えたようで、こう口を開いた。


「……どうやら、こやつらの同胞と戦ってきたと言うのは嘘ではないようだ」


 但し、あまり良い結果だったようには見えんがね、と続ける。


「とても冷静だ。しかし、その冷静さは良い出来事から生まれたものではない」


 リオンに聞いたことがある。召喚士というものは、降霊して契約するという性質上、現世を辿った魂に触れることが多くなる。

 そのせいか生きている人間の精神状態もオーラのように微かに見えるそうだ。

 リオン自身も召喚士としての魔術をある程度学んでいるため、強い想いからは僅かに感じ取れると言っていた。

 私は力なく両手をだらんと垂らして少し上を見上げる。曇った空だ。

 ねえ、エドワードさん。私は彼に背を向けたまま語り掛けた。


「死は取り消せない。魂に自分が誰か認識するほどの自我はない」


 それなら。私は振り返って僅かに口角を上げ、笑顔を作る。


「死んだ人の『自我』は……死んだ後、一体何を感じているんですか?」


 それは、とエドワードは僅かに口篭ってから答えた。


「……夢を見ているのだと、私は思う」


 その答えを聞いて、目頭が熱くなる。先ほど泣いたばかりだというのに、また目の周りが赤くなってしまうじゃないか。


「それは、素敵な事ですね」


 左目から溢れて頬を伝った涙は、復讐心の虚しさを早くも思い知らせた。


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