後日談
《クローネ・アイリス》
「というわけでこれが、出来上がったアイテムだ」
三日後の朝。『ポルカ』のいつもの席で、クローネはユーロの話を聞いていた。
ユーロがテーブルに置いたもの、それは――
「あの洞窟から採ってきた塊を、くり抜いたの?」
「ただくり抜いただけじゃない。これは、あの洞窟の精巧なミニチュアなんだ」
そう言われてよく観察してみると、なるほど、中は入り組んだ空洞が広がっていて、入り口付近はハエ取り瓶のような構造になっている。
「知り合いに頼んで、この形になるように彫ってもらった。ちょうど洞窟の構造はほとんど頭の中に入ってたからな。怪我の功名ってやつだ」
そういえばあの日は散々迷って、結局洞窟の地図が描けるほどに探検したのだった。
「天井の高さとかはかなり推測が入ってるが、まあこんな感じだろう」
「というか、こんなのを言われたとおりに彫れるなんて、すごい知り合いだね」
「まあ、あいつは手先だけには自信があると言い張ってるくらいだし」
ユーロはちょっと肩をすくめた。
「それで、ユーロくんのスキルでは、このアイテムが……」
「そう、光ってるんだ」
うれしそうに、ユーロが言う。
「結局、価値があったのは洞窟の中身や壁じゃなくて、構造そのものだったんだよ。この材質と、そして洞窟全体の形が上手い具合に噛み合って、あの独特の音響を生み出していたんだ。そしてその音響を生み出すことが出来るこの構造全体が、価値のある物だったというわけだ」
「音響に価値があったの? でも、それじゃ何の役に立つのか……まさか綺麗だってだけじゃないよね」
「ああ。だから、ちょっと試してみないか?」
ミディールから出て、西の森へと進む。森に入ってすぐのあたりで探すと、すぐにクリッキーが見つかった。
「神聖な実験のためだ。どうか許してくれ」
ユーロは何やらわけのわからないことを呟くと、手近な木の陰に見を隠し、背中の袋からふたつのものを取り出す。
ひとつは、例の洞窟のミニチュア。
もうひとつは、金属で出来たごくごく短い棒。
……これで、何をする気なんだろう。
クローネが息を飲んで見守っていると、ユーロはその短い棒で、ミニチュアの内側を、軽く叩いた。
キン、という、ちょうどあの洞窟で聞いたのと同じ綺麗な音が鳴る。
その音を聞いて、クリッキーがびくっと反応し、キョロキョロと辺りを見る。
するとユーロは、その金属棒をミニチュア洞窟の中に落とし、入り口を上にして前後左右に思いっきり揺らした。
カラカラカラカラ――まるで鈴のような音が辺りに響く。
その瞬間、なんとクリッキーが、逃げ出した。チューチューと悲鳴をあげて……クローネの耳には、こう聞こえた。
『うるさい! 耳が痛いよ! 嫌だ! やめて!』
「ユ、ユーロくん!」
たまらずクローネは声を上げた。
「かわいそうだからやめてあげて!」
「すまない。神聖な実験のためには仕方なかったんだ」
神妙な顔でユーロはアイテムをリュックに戻した。
「そういう意味の言葉だったのね……」
「でも、これでこのアイテムの価値がわかっただろ?」
そうか。
クローネはその時ようやく理解した。
「私達人間に聞こえないほど高い音でも、魔獣には聞こえる……?」
「そう、そしてその音を甲高く鳴らし続けることは、どうやらスローサー以外の魔獣にも嫌われているらしい」
ならば。だとすると、このアイテムは。
「つまり――いわばこいつは、『魔よけの鈴』ってわけだ」
◇
「最初に疑問を感じたのは、あのレムードの一団を見た時だった」
二人は再びミディールに戻り、南エリアを歩いていた。ユーロの家で、詳しい話をするためだ。
「実は最初にあの洞窟を発見した時も、同じようにレムードがいたんだ。それで気になって、あの洞窟を見つけたのが始まりだった。最初は、レムードはあの洞窟の中にある何かを狙ってるんじゃないかと思ったんだ。でも、謎が解けてから考えると、レムードはスローサーの声が聞こえたんだとわかった」
「なるほど。確かに、ずいぶん長いこと洞窟の前に留まってたもんね」
「でも結局洞窟には入らなかった。二回ともだ。レムードはスローサーの存在に気付いてはいたが、逃げるように引き下がった……それで、もしかしてあの音に弱いんでは、と考えた。実際、そのスローサーだってピッケルの音からは逃げたんだから」
「うーん、私はあの音を綺麗だと思ったけど、もっと高い音がちゃんと聞こえる魔獣には、甲高くて辛いのかなあ」
「ま、そういうことだろうな」
そこでユーロの家についたので、一旦会話を打ち切る。相変わらずいたるところにガラクタが積まれた、倉庫のような家だ。
「で、ここからが大事な話だが」
ユーロは真剣な目線になり、クローネの表情を伺うようにして言った。
「この『魔よけの鈴』は、俺だけじゃ絶対に見つけられなかったものだ。だから、関わった人全てに決める権利がある。クローネ、このアイテムを……公表するか?」
「えっ?」
そこで、ユーロは前のことを気にしているのだと気づく。クローネがワガママを言って、水質検査の実を秘密にしてもらったから。
「俺自身は前に言った通り、秘密を自分のものにしておく方が好きだ。でも一般的なことを言えば、このアイテムが実用化されたときの価値は、前の比じゃない。何せあれほど大量の死者を出している魔獣との戦闘を、ある程度避けられるかもしれないからだ。人の命を守る発明だ」
ユーロはまた、言葉を選ぶようにしてアイテムの重要性を語る。
「クローネの価値観から言っても、逆に人間に殺される魔獣だって減るかもしれないってことで、対立はしていない。だから俺は、今回のアイテムには発表する価値が十分あると言える。ただ……あの洞窟にいるスローサーには、だいぶ気の毒なことになるが」
「あ……」
そうだった。そこまで、考えてはいなかった。ただ、ユーロのスキルでどんなアイテムが出てくるか突き止めることに夢中で、手に入れた後のことなど想定していなかったのだ。
「わ、私は……」
人間の利益。魔獣の利益。どちらも多くの命を救うことになる。ただ、ほんの少しのスローサーを犠牲にして。
「私は、スローサーがあの洞窟から追い出されるのは……辛い、って思う。けど、そういう次元じゃないんだよね、きっと。多くの命と少ない命を比べて、やっぱり、多くをとらないといけないと思う。それにどうしても、私は魔獣じゃなくて、人間だから」
「ん、そうか」
ユーロは笑った。そして、
「じゃ、クローネは賛成だな。賛成二人、反対一人で、多数決で公表……と言いたいところだが、残念ながらその一人が反対だとどうしようもないのでした。残念無念。公表は中止」
「え、えええええっ?!」
突然何を言い出したのか、クローネには理解できない。
「ちょっと待って。ユーロくんは賛成なんだよね? じゃあ、その反対一人って誰?!」
「言っただろ、『関わった人全てに決める権利がある』って。これに関わったのは俺とクローネだけじゃない。洞窟のミニチュアを彫ったやつがいる」
「じゃ、じゃあ、その人が反対で……」
「そう。なんか作るのが相当面倒で、二度とやりたくないって。だいぶ怒ってらっしゃった。俺としてはクローネの許可が取れたら、そいつに魔よけの鈴をじゃんじゃん売ってもらって、利益の一部でも頂こうかと思ってたんだけど。残念ながらそいつが作りたくないって言うなら無理だな。俺の知る限り、そいつ以外でこれを彫れそうな人間もいないと思うし」
「じゃあ、最初から無理だってわかってたんじゃないの! なんでわざわざ悩ませるようなこと聞くのよ!!」
「悪い悪い、いちおう意志は確認しときたかったんだ。ほら、大量生産が無理でも、貸し出しとかはできるかもしれないだろ。『ポルカ』のマスターに掛け合って、冒険者用に貸し出してもらって、賃料の上前を頂く……どうだ? いい考えだろ?」
「勝手に……」
「ん?」
ついに、クローネの額に、青筋が走った。
「勝手にしなさーーーーい!!!!!!」
ユーロから散々謝罪を受けたクローネは、仕方なくユーロに許しを与え、そのまま飛び出すようにガラクタの家を退去した。
自分の自宅がある西エリアへの家路をたどりながら、ぶつぶつと呟く。
「まったくユーロくんは、いつも勝手で……私のことわかってくれてるのかと思ったら……こっちの気持ちを考えてるのかな」
いつものように『ポルカ』にやってくるユーロを思い浮かべながら、そのイメージに向かって文句を吐く。
「次にまた無茶なことを言ってきたら、今度こそ気の済むまで怒ってやるんだから」
それでも……。
今回みたいにまた面白いものを見つけてくれるなら、許してあげようか。そう思ってしまうクローネだった。




