謎解き
《ユーロ・クレセント》
「で、必死の思いで採ってきたこの石なんだが」
ユーロは、『ポルカ』のテーブルにその塊を置いた。
「全然光ってないんだな、これ」
「……」
対面のクローネが疲れ果てた目でユーロを見る。責任を取れ。そう言っているようにも感じる。
「なんでだと思う?」
「だから、知らないよ! 今日ほんとに、ほんとに怖かったんだからぁ!」
「悪かったって。この通り」
頭を下げ、テーブルにこすり付ける。当然ながら今日の晩飯はユーロのおごりだった。
「もう……いいけど、次からはちゃんとカンテラとか準備してね。変なものばっかりじゃなく」
「カンテラは重いんだが……いっ、いや、ちゃんと持って行きます」
「わかればよろしい」
どうやらようやく許されたらしい。クローネはいつもの落ち着いた目に戻って、椅子にもたれかかった。
「でも、材質じゃなかったのかぁ。じゃあなんで洞窟全体が光るんだろう」
「そう、そこなんだよ!」
やっと本題に戻ったので、ユーロは勢いよくテーブルに身を乗り出した。
「なんだろう、でもなんだか、私たちこの問題を解けるような気がするの」
「どういう意味だ?」
「重要なヒントを……もう手に入れている気がして」
「ヒント、か……」
ユーロは洞窟での出来事を思い出してみた。ピッケルでの採集。魔獣の襲来。そして遭難。
「そういえば結局、あの魔獣はなんだったんだ」
「さっき『ポルカ』のマスターに聞いてみたら、スローサーじゃないかって」
「スローサー?」
「毛むくじゃらで羽根が生えてる、小型の魔獣。ああいう暗い洞窟によく棲んでるんだって。どうしてか暗闇でも活動できるそうだよ」
怒っていても、そういう調査はしっかりやっていたクローネであった。
「ふむ……スローサーか……暗闇でも活動……暗闇……」
ふと、そこで何かに引っかかった。
「思ったんだけど、あの洞窟ってやけに静かだったよな?」
「あ。そう言われてみれば、最初は魔獣がいるなんて思いもしなかったね」
「魔獣ってさ、普段会話とかしないのか? クリッキーとか結構チューチュー鳴いてる気がするが、あいつらだけが特別なのか?」
「そんなことないよ。レムードだってよく鳴いてるでしょ。あれは餌がこっちだとか話してるんだよ」
そうだったのか、とユーロは感心した。それはクローネしか知り得ない事実だ。
「そういえば今日もレムードがいたよな。あいつらはなんて言ってた?」
「いや、いくらなんでも私の耳に聞こえない会話まではわからないよ。ユーロくんのスキルだって暗闇で光るわけじゃないんだよね? それと一緒」
「なるほど……」
さっきから、会話の端々で、何か引っかかっている。何かわかる気がする。
「話を戻すが、じゃあスローサーだけが特に無口な種族ってことか? あんな入り組んだ洞窟で、光もなく、声も出さず、一体どうやって暮らしているっていうんだ。あんな大集団なのに」
「確かに、変だね。静けさを好むのかな?」
「だから俺のピッケルの音に怒ったっていうわけなのか」
「うーん……そう、それが、ずっと気になってて」
クローネは、ようやく取っ掛かりを掴んだように目を上げて、話し出す。
「あの音、ものすごく綺麗だった。すごく高い音までキラキラと響いて……あんないい音を『うるさい』で済ますかな。好みが違うっていうなら、そうかもしれないけど……」
それはユーロにはない観点だった。ユーロはピッケルを打ちつけることに必死で、それほど余裕を持って音響を楽しんでいたわけではなかったのだ。
「今まで、魔獣が『うるさい』っていう理由で人に襲い掛かったところ、見たことがない気がする。ほとんど、門のところからミディールの周りを見てただけだけど……大体は『縄張りに入るな』とか『腹が減った』とか。『うるさい』なんてそんな、はっきり言ってどうでもいい理由で怒るほど、スローサーは短気な種族なの? そんな種族がずっと声を押し殺して洞窟でじっとしてる?」
「確かに言われてみれば、変なことだらけだな。だいたい普段全く喋らないような種族なら、耳なんて無くてもおかしくない……そうか。なら、まさか……」
何かに気付き、考え込むユーロ。
「何か、わかったの? ユーロくん」
「もしかして、なんだけど。ここまでおかしな理由が揃っているのなら、まず前提を見直すべきなのかもしれない。つまり、『スローサーは会話をしない』という大前提が、間違っている……そう考えたほうが、辻褄は合う……」
「じゃあ、つまり、スローサーは、会話をする……でもでも、何も聞こえなかったよ?!」
「ああ。だから、奴らは『俺達には聞こえない声で会話をしていた』。そう考える以外に、この理屈を成り立たせる前提は無い」
スローサーは会話をしている。それも、人間には聞こえない声で。
驚くべき前提だが、これで全ての辻褄が合う。
スローサーは洞窟の中でこっそりと会話を繰り広げ、それで暗い洞窟の中を生き延びていた。クローネのスキルはそもそも鳴き声が聞こえないものには発動しないので、矛盾は無い。
「問題は、奴らが俺達とは全く別の方法で会話をしているのか、それとも単に小さすぎて聞こえないのか、それとも……」
「それとも?」
「……ヒントは、『うるさい』というスローサーの言葉に集約されていると思う」
ヒント、という言い方は最初にクローネもしていた。そうだ。やはり考えるきっかけはクローネのスキルがくれた。
「それだけの理由で人を襲うのか、とクローネは言ったな。それも逆に考えてみよう。それは、『人を襲わなければならないほどの重大な理由だった』のではないか」
「えっ……」
発想の転換。それは野草の実の事例からも学んだことだ。クリッキーが水を飲まなかったことを不思議がるのではなく、水を飲んではいけない理由があったのではないかと考えるべきだったのだ。
「いや、襲ったという表現は正確ではないかもしれない。事実だけを見れば、スローサーは『うるさい』と言いながら飛んできただけだ。あれは俺達に襲い掛かったのではなく、『逃げてきた』のではないか?」
「に、逃げて……な、なんで?!」
「普段じっと息を潜めている大人しい種族が、『うるさい』という理由で人に襲い掛かる。これはクローネの言うように不自然かもしれない。でも『うるさい』という理由で、そこから逃げ出す。これはむしろ自然じゃないのか?」
「な……そ、そんな……」
クローネが、驚愕に目を見開く。それに追い討ちをかけるかのように、ユーロは続ける。
「あのピッケルの音。高い音まで響いていたと言ったな。それは、どのくらい高い音までだ?」
「えっ? えっと、その、高すぎて音が消えていくくらい……あれ、消えて……?」
クローネも気付いたようだ。ユーロはここぞとばかりに言った。
「そう、ピッケルの音がかなり高い音まで響いていたとするなら、それが果てしなく高い音になっていたかもしれない。だが、俺たちの知識では、高すぎる音は消えてなくなる。でも、それは本当か? 高すぎる音は、実際は消えたのではなくて、『俺達人間の耳には聞こえていない』だけなんじゃないか?」
「だ、だとしたら、つまり、スローサーは……」
「その高すぎる音を利用し、人間に聞こえない声で会話をしている。それが、スローサーの秘密かもしれない」
◇
とにかくこれでスローサーの謎は一応解けた。残った謎はふたつ。
「この前提で、『うるさい』という言葉について考えてみよう」
「スローサーはすごく高い音で会話をしている。私達にはそれが聞こえない。けど、ユーロくんのピッケルの音はその音域まで響いてしまった。それで、『うるさい』……そういうことだよね?」
「ああ。だが、そのせいで人を襲う、もしくはその場所から逃げ出す、それほどの重大性があったということも考えると……」
ユーロは人差し指を自分のこめかみに当てるようにして言う。
「なぜスローサーは、入り組んだ洞窟で光も無く、声も出さずに活動できるのか。確か俺はそんなことを言ったよな。でも、今その前提は崩れた」
「実際にはちゃんと声を出している。だから活動できる……」
「そうだ。仲間との綿密なコミュニケーションによってそれを可能にしているのか、それとももっと別の方法か」
「あっ、そういえばあの時、ピッケルの音が響いて初めて、天井の高さがわかったんだ。そういう方法もあるのかも」
「なるほど、反響で広さを確認か。ある程度は可能かもしれない。そうだ、だとすれば、やっぱりあのピッケルの音はスローサーにとって重大な問題だったんだ」
「自分達が命綱にしている音域を、ピッケルの音で掻き消されたんだね」
謎が解けて安心したように、クローネはほっと息をつき、椅子に深く座りなおした。
「まだ謎は残ってるぞ。それも、一番重要なやつが」
そうだ、残る謎は、ひとつ。
なぜ、その洞窟はユーロのスキルによって、光って見えたのか。
「でもこれを確かめるには、今ここじゃ無理だな。明日……いや、三日くらいはかかるか。三日後の朝、またここに集まろう」




