謎解き
《クローネ・アイリス》
「皆の言ってる謎は、たぶん解けたよ」
また、ユーロがそんなことを言う。
「一人一人の違和感は難問だが、全部つなぎ合わせれば至極簡単な話になる」
「まーね。あたしも薄々考えてる解答はある」
フランも頷いた。リエルも心を読んでいるからわかっているのだろう。ミナは初めから考えるつもりがない。
自分だけが置いてけぼりだ。
「ちょっと待って」
クローネは急に反骨心が沸いて、自分で考えてみたくなった。
「私の違和感は、この子がどうやって山に登ったか。ミナちゃんのが、風は空気の移動だから、無くなったりいっぱいになったりするんじゃないか。リエルちゃんのが、風を起こしているものは何か。で、フランさんが、吹き降ろしなのに雨が降った理由――あ、そっか」
「わかったみたいだな」
確かに、簡単な話だ。
吹き降ろしでは話がおかしいのなら、現実が逆。
「風は吹き降ろした後、吹き上げてるんだね。あの森のところで」
そうだ。森に辿り着いた時、毛玉は『宙へ向かって』飛ばされそうになっていた。
あの時点で、風の方向は上。つまり、地面から山頂へ向かって空気は移動していたのだ。
「ミナとリエルの言う通り、山からずっと空気が吹き降ろしていれば、この辺りは空気でいっぱいになる。そうなった空気はどうなるか。当然、空気が足りなくなった山頂の方に還っていく」
山頂から地表へ、地表から山頂へ、空気は循環する。
「フランの言うネヴァンの言い伝えを信じるなら、そうして常に空気が吹き上がっているからこそ、この辺りは雨が多い。だから、ここに森ができたんだ」
森のところで、吹き上がっているのではない。
吹き上がっているから、そこは森だったのか。
「さらにリエルの疑問、この風はなんなのか。それも妥当性の高い推測は立てられる。際限なく風が吹き降ろしてくる理由だけでは見当もつかないが、際限なく風が吸い込まれ、吹き降ろしてくる理由なら一つあるだろう」
「えっ……本気で言ってる?」
フランが少し引いている。彼女の推論もそこまでは達していなかったのだろう。
「本気と言うか、それしか思いつかないんだ」
クローネも、そこまで言われれば、ひとつだけ思いつくものがあった。
しかし、それはあまりにも、恐ろしすぎはしないだろうか。
もし、それがそうなら、南の限界など自分たちには、超えられるのだろうか。
そう。
南の山脈を踏破不可能にし、一帯に雨を降らせ、森を作り、この街をここまで発展させた、その全ての現象の原因。
その正体は。
「竜の、呼吸――」
◇
謎が解けたにも関わらず、ユーロの表情は冴えない。
やはり、越えなければならない敵があまりに強大であることがわかって、気落ちしているのだろうか。
それを指摘すると、
「え? いや、そんなものはどうとでもなるだろ」
ユーロはあっさりとそう言ってのけた。
「そうじゃなくて、俺の抱えてた違和感の方が全く解消してないんだよ」
「その中身をちょっとでも言ってもらえないとなー」
と首を傾げるのはフラン。
「さっきから違和感としか言わないから」
「うーん、自分でも何がわかっていないかがわかっていないんだ……」
クローネはふと思いついて、とあるアイテムを取り出す。
「もしかして、これのこと?」
それは、クローネが毛玉の毛の中から摘出した謎の破片。
ユーロはこれを『光っている』と言ったので、無意識に気になり続けたのではないかと思ったのだ。
「確かに、それは気になってはいるんだ」
なんと言ってもレアアイテムだ。ユーロにとって最大の原動力となっていることは間違いない。
ところが、それをユーロの掌に乗せてあげても、表情は浮かない。
「違った?」
「これが何かもわからないしな……。あれ、これちょっとひんやりするな?」
「えっ、そう?」
「いや、気のせいかもしれない」
ユーロはまた黙々と考え始めた。
「それが毛玉さんの体に突き刺さっていたのは」
沈黙に耐えかねてか、珍しくリエルが口を開く。
「その破片に向かって、勢いよくぶつかったことになりませんか? それはつまり……」
「毛玉を山頂に吸い上げた本人である竜の、鱗か何かの破片、ということか?」
「いえ、鱗は……違います。この街のお店に飾ってあったものは、もっと濃い青色、でしたから」
「それが偽物だったら、話は別だけどね」
フランが横槍を入れた。
それを聞いて、ユーロはいっそう険しい顔になる。
「偽物……偽物。そうだ。その飾ってあった鱗は俺も見た。それは『光っていた』」
「ええ、じゃあ、本物かー」
「だが、俺以外はそれをどうやって判別する? どうやってあれが本物だと? 誰も、竜の姿を見ることができないのに」
確かに、この街に来てから、一度も竜の姿を見ることはできなかった。
それは当然だ。竜の棲む山に登るどころか、麓に近づくことすらできないのだから。
強いて言えば、街の至る所にある竜と風のモチーフくらい――モチーフ?
「なんで……この街の人は竜の姿を知っているの?」
「――それだ」
ユーロは突然立ち上がった。
「おかしいんだ。あんな風の中では誰も山に登れないのに、街には竜の姿を模したモチーフに、拾えるはずのない竜の鱗。そして、かつて名物だったという『山菜料理』」
ようやくクローネにも、ユーロの抱えている違和感の正体がわかった。
街並みのすべてが、まるで、山になど簡単に登れることを前提とするような情景。
見てきたもの同士が、あまりにも噛み合っていない。
「では、街の人だけは風が吹こうとも、山に登れる力かコツを持っているのか? 違う、山菜料理は今やどこにも売っていない。考えられるのはひとつ、山の風は、かつてより強くなっている――」
怒涛の勢いで、ユーロは考察を組み立てていく。
立ち上がったその足で部屋を歩き回りながら。
「なら昔は竜がいなかったのか? それはおかしい。それだと竜と風のモチーフも鱗も存在できない。森も発展しない。竜はいて、風も吹いていた。けれど、それは今より弱かったんだ。なぜか?」
「まだ幼かった、とか?」
「それは考えられる、が……あのモチーフは『幼い竜』には見えないんだよな」
ユーロはクローネが渡した欠片を、しげしげと眺める。
「そうだ、もうひとつの可能性があった」
歩き回るのを止めて、ユーロは言った。
「竜が子を産んだ可能性。この欠片は、卵の殻だ。そしてこれがひんやりしているのは、殻自体が呼吸をしているからだ」
そう言われれば、確かにその欠片は、巨大な卵の一部分にも見える。
もし、それが正しいとして。
毛玉にそれが突き刺さっていたということは、竜ではなく、割れた卵に向けて吸い込まれたということ。
ならば竜の卵は竜と同様に、空気を吸って吐くことができるということだ。それはおそらく、中にいる子竜の呼吸を助けるためだろう。
「……なんとかして、見られないかな」
ユーロが不審な一言を呟く。
「見るって、何を?」
クローネが恐る恐る聞くと、
「山頂にある卵だよ。それさえ確認できれば、仮説は全部真実になるし、活路さえ開けるかもしれない」
そう、あっけらかんと答える。
嫌な予感は、どうやら正しかったようだ。




