違和感
3話連続投稿していますので新着から来られた方はご注意ください。
《ユーロ・クレセント》
「いきなり雨とは、冒険者さんも災難だったねえ」
大雨の中、宿に駆け戻ると、ご主人がタオルを持ってきてくれた。
髪や体を拭きながら、何とはなしにご主人の話を聞く。
「でも、この辺りは雨の多い土地柄だからねえ。次からは、準備してきたほうがいいかもしれないねえ」
「雨が多いんですか」
「ええ、ええ、そのおかげで水は尽きないし、昔から林業も盛んなんです。わしらにとっては、恵みの雨ですねえ」
「へえ……」
なんだろう。なんだか、違和感がある。
今この瞬間に発生したもの、というより、この街に着いてからのひとつひとつの出来事が積み重なってようやく認識できるまでに至ったような、小さな違和感。
考えようとしてみるが、感覚は形にならず、頭の中をすり抜けていった。
◇
雨がやまないので、外に出られない。
宿の部屋で過ごしていると、頭の中はやはり生まれてしまった違和感で占められていく。
「何か違和感がある、よな」
「うん」「はい」「そうだね」「そうですね」
ついポツリと漏らすと、予想外に全員から反応が返ってくる。
違和感を抱えていたのは、どうやらユーロだけではなかったらしい。
「えっ、皆もそうなのか」
「逆にユーロくんは何が違和感だったの? あたし、これは自分しかわからないと思ったんだけどな」
フランがそんなことを言う。
「いや、俺のは違和感というか……なんとなく変な気がする、ってくらいで、ちょっとまだ言葉にはできてない感じだ」
「珍しいね、ユーロくんがはっきりわかる前に言うの」
クローネが隣から突っ込んでくる。
もちろんユーロだって言うつもりはなかったのだが、考えているうちに呟きが漏れてしまったのだ。
「そういうクローネさんはどういう違和感があったの?」
「私はやっぱり、この子のことかな」
濡れた体をぶるぶると震わせている毛玉に目をやる。
「見たことない魔獣だし……そういえばどこから来たんだろう、って」
――なるほど。
それは、ユーロも引っ掛かっていたことだった。
フランとリエルが言うには、この毛玉の魔獣は山の方から風に乗って飛んできたということだった。
ということは、元々は山中に生息していたか、別の場所から山中に移動したうえで降りてきたことになる。
しかし、それはどちらもおかしいのだ。
「この子は風に乗って器用に移動するけど、あの山の側では簡単に風に飛ばされちゃうみたいだったし、山に棲むのは無理なんじゃないかなって」
「確かにあたし達が最初に見つけた時も、不本意に飛ばされてたっぽいしね」
「うん、だから一時的に山に登ったのかなって考えたんだけど、それも……」
「あの風に逆行できるはずがない、と」
ユーロが言葉を引き継ぐ。
「となれば、俺たちの知らないところで、風を受けずに登れる場所やタイミングがある。そうなると特に考えられるのは」
その先は言わずとも全員に伝わった。
――山脈の、裏側。外の世界。
「でも、それもおかしいの」
ところがクローネの考えはその先まで到達していたらしく、その結論を否定する。
「確かに、ミナちゃんもコロンくんも知ってたから、外の世界から迷い込んだのかもしれない。でももしそんなふうに山の反対側から風に乗ってくるルートがあるのなら、この子の仲間がもっとたくさん、この辺にいないとおかしい。ううん、この子たちだけじゃない」
そうだ。
先ほどの推測には、決定的な問題がある。
それは、世界の外から内への一方通行のルートが出来上がってしまうということ。
世界の限界は、内側を閉じ込める檻であると同時に、外側から内側を守る防壁でもあったはず。
その前提が、崩れてしまうと言うことだ。
「実際には、山の裏側から絶え間なく魔獣が流れてくるということは起きていない」
それは山頂に棲むという竜の仕業だけで説明をつけるには、無理がある。
そもそも、同じ山脈の両側なのに、片方は吹き降ろし、もう片方は吹き上げるという仮定そのものが、あまり自然に思えない。
「はい! ワタシも、それはへんだとおもう」
意外なタイミングで、ミナが勢いよく手を挙げた。
「山のはんたいからずっと空気がはいってたら、そっちのくうきがなくなっちゃう。かぜの花といっしょ!」
その発言に、ユーロは衝撃を受けた。
そうだ、確かに風花の実験で、そんなシーンがあったのを覚えている。
風花を箱に入れて、板を設置し、回転する風を箱の外に取り出すことを試みたのだ。その時は箱の中から空気が無くなり、ついには風が起きなくなってしまった。
「しかし、それなら逆もそう、です」
リエルがおずおずとミナの言葉に続いた。
「山から風がずっと吹き込んでいたら、内側の空気がいっぱいになります。この街ははるか昔からずっと、吹き込んでくる空気をため込み続けているのでしょうか?」
革袋に水を限界まで流し込んで、破裂させるイメージが浮かんだ。
いや、さすがにそれはないだろう。何が破裂すると言うんだ。空気なんだからどこかへ逃げればいい。
「リエルの違和感は、それなのか?」
「いえ、今のはミナさんの話を聞いて思いついただけ、です。私が思っていたのは、この風は一体なんなのか、という、単純な疑問、です」
それは、全くもって抽象的な疑問ではあるが、最もユーロの抱えている違和感に近い気がした。
「具体的に言うことはできるか?」
「難しいですが……もし、この世界に山がこれひとつしかなければ、山というのは風が吹き下ろすものだ、と私は思っていたかもしれません。けれど」
実際は、ミディールからこの街に辿り着く過程でいくつかの山を辿っている。
そのどの場所でも、あれほどまで風が吹き荒れていることはなかった。
「単に程度の差なのかもしれないと思ったのですが、私たちはあの雪の世界も体験しています」
そうだ、あそこには転がり落ちるほどの急斜面も、断崖絶壁もあった。
風は吹き荒れていたが、常に地形の上から下へ、という吹き方はしていなかった。
「やはりこの風は、『この山』にのみ起きている現象のように思います。砂漠の嵐を風花が起こしているように。だとすると、ここにも風を起こしている何かがあるはず」
普通に考えれば、その何かは、竜ということになる。
しかし、はるか昔から、絶え間なく風を起こし続ける――それが竜という存在ならば、もはやそれは、「現象」に近い。
「リエルちゃんが竜のこと気にしてたのは、それもあったんだね」
「そう言う店長さんの違和感は、なんなのですか。まだそれを聞いていません」
「あー、あたしのはね、雨のこと」
少し難しいけど、とフランは前置きして話す。
「ネヴァンの船員たちの言い伝えでは、雨っていうのは、吹き降ろす風の時は、降らないんだ。海面から上空に吹き上がる風の時に、雨を警戒するの」
そういえば。
ユーロの脳裏に、おぼろげな昔の記憶が蘇る。
確か師匠が雨の降るのを当てて、その時に雨雲の形とか、その雲を作っている風の動きとかを教わった気もする。
「だからあんな吹き降ろしの中で雨が降ったのを、すごく変に思ったんだよね。まあそれも、竜の仕業だって言われたらわかんないけどね」
それは、竜という要素をあまりに便利に使いすぎてはいないだろうか。
"説明の付かないところを、何か例外的な理由があると処理してしまえば、どんな仮説も通ってしまう"。
もはや全員の共通認識になっているその言葉を想起する。
いや、そうか。こう考えれば……。
「それで、ユーロくんの違和感は形になった?」
「いや……悪い」
ユーロは整理の付かない頭で答える。
「なんか皆の言っていることと、俺の違和感の内容が、全然違うみたいだ。むしろ俺の違和感はさらに強くなってしまった」
「えっ……そうなの」
「でも皆の言ってる謎は、たぶん解けたよ」




