《冒険者》のはじまり
《ユーロ・クレセント》
ユーロ達五人が体験したその一月を短く説明するのはとても難しい。
全員にとって激動の日々でありながら、実質的には何一つ起きていない。
しかしもし、未来のどこかから自分達の冒険を振り返ったならば、この一月こそが全ての起点であったと結論付けるのだろう。
そんな、それぞれの激動の一月は、敢えて言うならフランの一言から始まった。
◇
「次の船のアイデアがあるの」
父親の事件以来は『宿舎』に入り浸ることも多くなったフランだが、その日はいつもより緊張した面持ちで入ってくると、そう宣言した。
「おお」
積みあがったアイテムの山を精査していたユーロが、いち早く反応して言う。
「そういえばそんなことも言っていたが、設計が固まってきたのか?」
「ご明察」
フランはユーロが山から山へとアイテムを移動させるのをちらりと見ながら答える。
「だけど、ここから先はさすがに現物がいるんだよね。風花と石、前ので大方使っちゃったし、また採りに行かないといけないかも」
「あの砂漠にか……」
ユーロは返答をためらった。大砂漠は危険だ。軽々しく突入すれば、自分や仲間たちの安全は保障できない。
「大丈夫だと思う」
考え込むユーロに、クローネが助け舟を出す。
「もちろん危険だけど、ユーロくんとフランさんは一度採ってきてるんだし、攻略法もないわけじゃないんでしょう?」
「まあな……」
ユーロは慎重に同意する。
「確かに、フランのスキルで振動を抑えればまともに歩けることはわかってる。ミナもあの場所ではスーパーモードになるようだし……でかい魔獣さえ注意すれば、採ってこれないほどじゃない、かもな……」
「あの」
と声を上げたのはリエルだ。
「私は、足手まといにならない、でしょうか」
「なんでだ?」
「私のスキルは、冒険には役立たないですし、砂漠での経験もない、です。魔獣と戦う方法も、知りません」
ユーロはそれを即座に否定しようとしたが、思いとどまる。冷静に考えてみてリエルの意見には一理あるからだ。
普段なら、それくらい自分が守ってやればいい、と言いたいところだが、あの砂漠の環境で自分に加えてクローネとフランとリエルまで守り抜ける自信は正直無い。なんと言っても地中から唐突に現れるのだ。パーティー全体の面積が広がるほど、どこから来るかわからない攻撃を防ぐのは難しくなる。ミナにしてもそれは同じだろう。
「正直、あたしもあの砂の振動を止めるの、五人分の足元はきついかなって思ってたんだよね」
フランも申し訳なさそうに言う。
ミナの言うようにあの砂漠に地脈が満ちていて、どんなスキルも無際限に使えるのだとしても、それでも技術的な問題はある。スキルも人の持つ技術という意味では手作業と近い部分がある。多くの作業を同時にこなすのは、エネルギーの有無にかかわらず難しい。
「――うん、そうだね」
一瞬ため息をついて、クローネが言う。
「残念だけど、私とリエルちゃんは一緒に行くの、やめておくね。役に立てなくてごめんなさい」
それは、現実的には非常に有効な提案だった。実際、内心で同じことを考えていたユーロは否定することができない。
「……悪い、クローネ、リエル」
「お師匠が謝ることじゃない、です。自分のせい、だから」
そう言いつつも寂しげな顔をする二人が、ユーロの印象には強く残った。
◇
結局、大砂漠にはユーロとフランとミナの三人で向かうこととなった。
旅の準備を五人全員でして、翌日にクローネとリエルに見送られながら旅立つ。
見送る二人の胸の内はユーロには推し量ることができなかったが、少なくともその笑顔はしっかりと『光って』いた。
初めのうちは特に問題なく旅を進めていたが、西に近づくに連れて太陽が猛烈に三人を照らし始め、ようやく遠くにキアンの街が見えてきた頃には体じゅうが汗だくになっていた。
見えてはいても、街まではまだまだ遠い。暑さで歩調が緩んだことも影響して、惜しくもその日の内に街に到達することができなかった。
「残念だが、ここで野宿だな」
三人でテントを張り終えると、
「ごめん、あのさ……」
フランが妙に離れた距離から話しかけてくる。
「さすがに汗がひどくて。ちょっと体拭いていい?」
危険な冒険中にはそんなことを気にしていられないが、フランも(そしてミナも)女の子だ。それに、これだけ汗をかいたまま夜を迎えては風邪をひいてしまう。
「ああ、じゃあ俺は外で火を焚いてるよ」
「入ってこないでね」
クローネとミナを中に残し、テントから出る。言葉通りに火を焚いていると、なんとなく、火の起こし方を教えてくれた師匠の顔を思い出してしまう。
「どうして、あんなところにスカーフを残したんですか……師匠」
これから向かう大砂漠。そこで見た巨大な竜巻の中心には、師匠の赤いスカーフが括り付けられていた。
誰かへのメッセージだったのだろうか? しかし、あれを師匠のスカーフだと気付ける人間はそう多くない。
そもそも、ユーロたちがあの中に入れたのは、偶然竜巻が薄くなったからだ。あんなところにメッセージを残しても気付いてもらえる保障なんてない。だいたい師匠自身はどうやってあの中に入ったのだろう?
「そういえば、あの時、竜巻はなんで薄れたんだ?」
◇
翌日に大砂漠に突入し、フランのスキルと羅針盤でどうにか歩いていくと、すぐに竜巻が見つかった。
というのも、ミナが「『原理』がいっぱいありそう」と主張する方向に進んでいけば自然とぶつかったのだ。
「これ、どうやって入るんだ?」
「確か、前は勝手に消えたんだよね」
「ワタシの『グリム』で止められるとおもう」
ミナがそう言って、目を閉じる。
竜巻だけでなく、周囲の砂塵、流砂、すべての動きが完全に停止した。
「うおっ」
二度目とはいえ、その不思議な光景にユーロとフランは驚きを隠しきれない。
巻き上がったまま静止している砂粒の向こうに、咲き誇る風花の群れが朧げに見える。
「ユーロ……」
呆けていると、ミナが辛そうに声をかけてきた。さすがに竜巻全体を含むほど広い範囲を止めるのは疲れるのだろうか?
静止した竜巻の中に急いで入ると、フランがさっそく風花のもとに向かいながら、横目で周囲を見て言う。
「ここ、前と違うところだ」
言われてユーロも景色を確認する。
水場があって風花が生えていることは前と一緒だが、確かに前とは配置が違う。それに何より、師匠のスカーフがない。
しばらく景色を眺めていると、採取を始めていたフランが首をかしげ、
「あれ? もしかしてミナちゃん、まだ止めてる?」
「え?」
予想外の言葉にユーロが振り向くと、ミナは目をとろんとさせ、
「もう、げんかい――」
一瞬ふらつくと、そのままユーロの胸に倒れこむ。
「おい、大丈夫か?」
慌てて顔色を確認するが、ただ眠っているだけのようだ。
「力を使いすぎたのかも。前もそうなったって話だし、そのまま寝かせてあげなよ」
「俺がもういいって言わなかったからずっと発動させてたんだな。悪いことをした」
「いやいや、それはユーロくんのせいじゃないでしょ――ん?」
採取の手を止め、首をいったん上げたフランが言う。
「竜巻――消えかけてない?」
「え?」
ミナが倒れたことで、世界はまた動き始めている。しかし、ユーロたちを取り囲む竜巻は、明らかに先ほどより薄くなっている。それこそ人が通れそうなほどに。
「確かに。あの時と一緒だ」
ユーロは考え込む。
「まさか――ミナが『原理』を使い切ったからか?」
大砂漠には、ミナがスーパーモードになれるほど十分な『原理』を有する地脈が流れている。
それが真実だとしたら、力を使いすぎて倒れるというのはどういうことだ?
ミナは地脈の蓄えている『原理』を限界以上に消費してしまった、ということではないか?
「フラン、確かここではいつも以上にスキルが使えるって言ってたよな。今はどうだ?」
「ん、言われてみれば今は普通だね。いつも通りって感じ」
採取を続けながら、フランが答える。
やはり、今ここにある『原理』は砂漠の外と同程度には薄まっているのだ。
だとすれば、あの現象は――
そこまで考えたところで、急に、竜巻がぴたりと止んだ。
薄くなるというレベルではなく、完全に。
「――まずい」
ユーロはミナを担ぎ、フランの手をとって強引に立ち上がらせる。
「ここにいたら駄目だ。逃げるぞ! 早く!」
「えっ?! 何? 何なの?」
「あとで説明するから! 今はとにかく走るぞ!」
いぶかしげにフランはうなずき、ユーロとともに走り出す。
「スキルは、使えてるか?」
「二人ぶんの足元なら大丈夫。それにあそこから離れたら、地脈とかいうのも復活してるみたいだし」
「そうか、それなら、大丈夫だ」
しばらく走ると、ユーロはペースを落とした。
フランはそれに合わせながら、
「結局、なんだったの? 説明してくれる?」
「そうだな――」
ユーロは背後と羅針盤を頻繁に気にしながら答える。
「フランは、あの竜巻が薄くなったのはなんでだかわかったか?」
「だから、ミナちゃんが地脈とかいうのを使い切ったから、だよね。風花が竜巻を作るのに使うぶんが無くなったから」
「今日のぶんはそうだな。でも、俺たちが初めて風花を発見した時も、竜巻は薄くなっただろ。じゃあ誰が、あの場所の地脈を使い切ったっていうんだ?」
あの時は、まだミナが到着する前だった。フランも通常程度にしかスキルを使っていなかった。ならば、『原理』を大量に使うような主体が、他に隠れていたのだろうか?
そう、まさに、隠れていたのだ。
その後に起きたことを考えれば、答えは明らかだ。
「――まさか、魔獣」
「そう。地中にいたんだ。『原理』を食い尽くす魔獣が」
ミナがかつて説明したところによると、『原理』を消費するのは、人間のスキル、『グリム』、それに魔獣の持つ一部の特殊な力だという。
この地に潜むあの巨大な魔獣は、大砂漠の地脈をふんだんに使って何らかの力を行使していた。
「さっき、最後に竜巻が完全に無くなっていた。あれはミナの力じゃない。ミナが使ってもまだかすかに残っていたぶんを、例の魔獣が食ったんだ。あの時あいつが、地中にいたってことだ」
「だから、急いで逃げたってわけね」
フランは大げさに顔をしかめる。前回の恐怖を思い出したのだろう。
「でもあの魔獣が、何にそんなに『原理』を使っていたのさ」
「あくまで俺の推測に過ぎないが、たぶん、この流砂を作っているんだろう」
「流砂を――作る?」
「そう。初めに来た時、フランが言っただろ? この砂は常に細かく振動している。それによって体が飲み込まれる。地上にいる俺たちの立場から見ればそうだが、地中にいる魔獣の立場だとどうだろう? 振動が有るのと無いのと、どっちの方が都合がいいか?」
「つまり魔獣は、自分たちが地中をスムーズに『泳ぐ』ために、砂を振動させて流砂を作っていたってことね」
「ああ。もしかするとここは、何でもないただの砂漠だったのかもしれない。それを、地上は風花が竜巻だらけにして、地中は魔獣が流砂にして、こんな踏破不能の『限界』を作り上げたのかもしれない。だとすればここを限界たらしめているのは、まさに地脈の力、ってことになるな」
「『原理』って、そんなに凄かったんだね」
その時、ユーロの背中でミナが顔を上げる。
「うーん……なんのおはなし?」
「ミナちゃんって本当に凄いものを操ってたんだね、って話」
「んー?」
首をかしげるミナに、ユーロは笑って言った。
「ほら、もう大砂漠を抜けるぞ。キアンに戻ったら最初から説明してやるから」
「よくわからない、けど――」
おぶられたままのミナがユーロの右肩側から首を伸ばし、いたずらっぽく笑う。
その顔があまりにミナらしくなくて、ユーロは目を疑った。
「みんなの『アーツ』は、もっとすごいんだぜっ」
「……だぜ?」
どうやら、ミナは夢の中で変な言葉遣いを覚えてきてしまったらしい。




