決戦
《ユーロ・クレセント》
ついにこの時が来た。
ケンタウロスの神殿への、再戦。
話を聞いてもらうための作戦は、全て整っている。
リエルにとっては初陣だが、彼女を仲間にしてからひたすら糸伝話の素材を集めて回ったので、ある程度の経験にはなったはずだ。
あとは、実践のみ。
◇
再びセクアナに向かうにあたり、運搬任務を探した。『ポルカ』には出ていなかったので直接ミディールの商業組合に聞きに行くと、
「すまんな。あんたらは信頼できるからすぐにでも依頼を出したいんだが、次は向こうからの番なんだ。代わりにダグザへの運搬があるんだが、請け負ってくれるかい?」
との事で、ユーロは二つ返事で承知した。ちょうどカレーの食材が切れる頃らしい。
その翌日に出発し、北へ向かった。前回と同じく、魔よけの鈴と水質検査の実を存分に発揮して進む。ただし、リエルの歩みを考慮してスピードはかなり落とすことになった。そのため、早朝に出発したにもかかわらず、夜までにダグザに着かなかった。
「今日中に着くのは無理かな?」
「うーん、どうだろ。カンテラでも点けてもうちょっと進んでみるか」
「あっ、偉い。ちゃんと持って来るようにしたんだ」
マッチでカンテラを着けて、それを灯にして進む。しかし、辺りはどんどん暗くなり、完全に暗闇に閉ざされた。
流石にカンテラがあっても真っ暗では歩けない。一行はそれ以上歩くのを断念した。
「……ごめんなさい」
リエルがぺこりと頭を下げる。
「遅くなったの、私のせいです」
「いやいや、リエルを連れて歩くことを考慮しとくべきだったんだ。そう考えれば予定よりも進んでるほうだろ」
「そうだよ。今回の作戦はリエルちゃんが一番大事なんだから、私達がリエルちゃんに合わせればいいの」
「……ありがとう、ございます」
リエルは再び頭を下げた。
リュックに入れていた簡単な寝巻きでリエルを寝かせ、ユーロとクローネが交代で鈴を鳴らし続ける。
「リエルちゃん、いい子だし、すっかりユーロくんに懐いてるよね」
暗闇の中、クローネが呟いた。
「というより、俺しか頼るあてが無いんだろうな。皮肉な話だ」
一定周期で鈴を振りながら、ユーロが答える。
「皮肉?」
「リエルが俺の心を読めるのは、単に俺が適当な性格だったからってだけだ。それは、読まれても構わない、どうでもいいと思ってるからだろう。クローネのほうがよっぽどリエルのことを想っているはずだ」
そう自嘲したユーロを、クローネは不思議そうに目を丸くして見る。
「……ユーロくん、なんだか、らしくないね」
「そうか?」
「そうだよ。今までの私の知ってるユーロくんなら、絶対にそんなこと言わなかった。いつも自信満々だったでしょ」
「うーん、まあ俺も学習したのかなあ。自分ばっかりじゃ駄目なんだってことを知ったというか」
「……今までのままで、いいのに」
「え?」
「ユーロくんは自信たっぷりに私達を先導してよ。我が道を行ってよ。それが間違ってたら、私達が精一杯フォローするから」
「……っ」
闇の中、お互いの顔が見えないことが、今だけは役に立った。
「ああ、なんか、いつもクローネには救われるな」
「そ、そんな特別なことは言ってないよ。仲間として当然でしょ」
「……ん、安心してくれ。人はそう簡単に変われないって。悪いけどこれからもワガママに付きあわせるさ」
「そうそう。そう来なくちゃ。はい、そろそろ交代だよ」
手探りで鈴を渡すと、クローネはリズミカルにそれを振りはじめた。それはまるで、子守唄を歌っているように聞こえた。
夜が明けてからさっそく歩き始め、ダグザに着いたのは昼前になった。
カレーの材料を渡し、その場でさっそく注文する。
「これ、おいしいです、お師匠」
一口食べたリエルが目を輝かせた。
「おお、そうだろ! 辛いのは大丈夫かと思ったが、平気そうで良かった」
「……というか、ユーロくん」
クローネがジト目で見てくる。
「なんだかんだ『お師匠』に落ち着いてるっていうことは、ユーロくん自身がその呼び方を嫌がってないってことだよね」
「え、ど、どうだかなあ。俺はユーロって呼べって言ってるんだけどなあ」
「だって、本気で嫌がってたらリエルちゃんにはわかるんでしょ。ねえリエルちゃん」
「お師匠はこの呼び方気に入ってます。懐かしいって」
「お、おいリエル!」
「ユーロくん……」
完全に可哀想な目で見られてしまったのだった。
そんなこんなで、それから三日かけてセクアナに着いた。
『バロック』に付属している酒場で、一行は再び作戦の確認をしていた。
「いいか、何よりも安全第一だ。リエルが危ないと思ったら即座に切り替えて、逃げの一手を選ぶ。たとえ全く話が出来なくてもだ」
「……はい、お師匠」
「わかってるよ」
「じゃあ――いよいよだ。準備はいいな」
「「はい!!」」
◇
そう。
ついに、その時が来た。
ケンタウロスの神殿。そこに近づくのは、決して難しいことではない。
単に樹海を歩いていれば、迷おうが真っ直ぐ歩こうが、必ずそこに来てしまうのだから。
リエルが一人で、樹海を歩く。
ケンタウロスに見つかる位置まで、堂々と。
ユーロはその隙に、鬱蒼と茂る木々に身を隠しながら、ケンタウロスに対して斜め方向へと離れていく。
この距離なら、大丈夫だ。
気付かれないよう、細心の注意を払って、リエルの視界の隅に入るギリギリの位置を目指す。
リエルの能力はそう遠くまでは発揮されない。これは事前に何度も実験し、距離感を掴んだ。基本的には、リエルの視界にちらりとでも映る程度の位置でなら、まず間違いなく能力は発動する。もう少し離れても大丈夫かもしれないが、あえてリスクを取る必要は無い。
ユーロは糸伝話を耳に当てた。
フランによって、注視しなければ見えないほど細く加工された糸は、森の中を短く伸び、別の木の後ろに隠れているクローネの元へ届く。
そこは、ケンタウロスの声が、なんとか聴こえるくらいの位置である。
《――――――》
ケンタウロスが何かを言った。
『何の用だ』
クローネが、呟くようなかすかな声で翻訳する。その声は限界まで遮音性の高められた糸伝話を用いて、ユーロの耳に届く。
後はリエルが、そのユーロの表層心理を読み取るだけで良い。
「あなたは――寂しくないですか?」
ユーロは、リエルにどんな言葉を言えばいいかという指示を一切出していない。
決して嘘をつくな。自分の思ったことをそのまま、自分の言葉で言え。こちらからは、どうしても必要な指示しか出さない。それが、事前に取り決めた、唯一の指示だった。
「よかったら。あなたのお話が、聞きたいです」
『ほう、我の話か』
そう、自由に話せというユーロからの指示はおそらく正解だった。ケンタウロスは魔獣としての常識からは考えられないほど聡い。下手に話す内容を指定していれば、一瞬で勘付かれているに違いない。
ケンタウロスの求めているのは、あくまで、純粋な子供としての心。現に先ほどのリエルの言葉は、ユーロでは思いつくこともできないものだった。
『よかろう。だが、その前にこちらから問う』
――だが、ケンタウロスは、それよりもさらに上手だった。
『そなたのような子供がこの場所に赴いてきたこと。そして、我とこうして会話ができること。……全て、裏に協力者がいるな?』
まさか、気付かれた?!
いや、ケンタウロスは一度もユーロやクローネの方を見ていないし、気にするそぶりも無い。近づく際にも音は立てなかった。ばれてはいない……はずだ。
単純に、不自然さを見抜かれたというのか。確かに子供が樹海に入るという不自然さはある。だがそれは樹海の外に暮らす人間だからこそ分かる部分。永劫にこの場所にいるケンタウロスならば、普通に話がしたくてやって来た、という解釈をしてくれるものと思っていたが。
「います」
リエルは怯えることなく、正直に答えた。
『それは人間の冒険者だな?』
「はい」
『我は人間が嫌いだ。純真な心を持つ子供を除き、人間を受け入れぬ。それを知っているか?』
「その人から聞きました」
『では、なにゆえこのような真似をする! 我の怒りを買うことを承知で、わざわざ殺されに来たか! あるいは、欺き通せるとでも思っていたか!』
圧倒的にまずい。今すぐリエルを連れて、逃げの一手を図るべきだ。
ユーロがそう考えたことを、リエルは読んでいるはずなのに。
「私の裏にいる人たちは、ついさっきまで、気付かれないと考えていました」
『いい度胸ではないか』
ケンタウロスが、その手に持った矛を振りかぶる。限界だ。ユーロは飛び出そうとするが、その時、
「待ってください」
リエルが、おそらくはケンタウロスとユーロの両方に向けて言い放った。
「お願いします。私は、本当にあなたの話が聞きたいんです」
ケンタウロスが、振りかぶった矛をゆっくりと下ろす。
『よかろう。それは、本心からの言葉と見た。続けよ』
「私は、ずっと一人でした」
リエルは真っ直ぐに、自分の言葉を述べる。
「私の周りには、人がたくさんいました。だけど、みんな離れていって、私はひとりで、自分の心を守っていました」
『人間とはそんなものだ』
「いいえ。一人だけが、違いました」
リエルは果敢にも、ケンタウロスの言葉に反論している。一人で危険を背負って、立ち向かおうとしている。
「あなたの言う、私の協力者です。その人だけが私を受け入れてくれました」
違う。そんな大層な人間じゃないんだ。他者の心がわからないから、よく知らないままに受け入れられるだけなんだ。そんな簡単なことを、フランに言われるまで気付きもしなかったんだ。それだけなんだよ。
「その人は、自分のことを否定するんです。人の心がわからないから受け入れられるだけだって。だけど、それは絶対に違うって言いたいです。私を連れ出してくれた。私の心を一緒に守ってくれた。その事実が私にとっては全部なんです!」
それはリエルの、初めての叫びだった。ユーロは糸伝話を耳から離し、ただ、リエルの言葉を聞いた。
「その人は私に夢を教えてくれました。狭い場所を抜け出して、どこまでも広い世界を見渡す夢です。私は世界なんて狭くても良かったけれど、その人の夢を叶えたいと思いました。協力したいと思いました」
リエルはその場所から、一歩ケンタウロスに近づいた。
「そして、あなたの話を聞きました」
ケンタウロスは拒絶しなかった。ただ、リエルが近づいてくるのを受け入れている。
「あなたがこの場所で何を守ってるのか、知りたくなりました。一人で、ずっと何かを守ってきた……あなたが、もしかしたら、私と同じなんじゃないかって。それが本当かどうか、知りたいんです」
《――――――》
ケンタウロスが何かを言った。
そうだ、糸伝話を外していたから、クローネの翻訳が聞き取れない。
急いで再び耳に当てようとすると、あろうことか、クローネも糸伝話を持っていない。
ユーロは焦るが、声を出して気付かせることもできない。
「ありがとう――クローネ、お姉ちゃん」
そんなリエルの呟きが聞こえた。何だ? クローネは何も言っていないのに。
《――――――》
また、ケンタウロスが何かを問う。ユーロにはその内容がわからない。
ところが、リエルは首を振ってこう言った。
「違います。その人は別にいて、クローネお姉ちゃんは、その人のことをとても大切に思っている人です」
ユーロがクローネの翻訳を聞いていないのに、会話が成り立っている?
ということは、つまり――。
《――――――、――――――》
「……いいんですか?」
《――――――。――――――、――――――》
何かしらの会話があって……、直後、クローネが突然木の陰から飛び出し、リエルを抱きしめた。
それを見たユーロは慌てて糸伝話を回収し、二人をかばうようにしてケンタウロスの前に躍り出る。
「危ないぞクローネ!」
「大丈夫です、お師匠」
クローネに抱きしめたまま、リエルがユーロの服のすそを引っ張った。
「ケンタウロスさんが、二人を連れて来いと言いました」
「私達に、門の中を見せてくれるって」
リエルを抱きしめたままクローネが言った。
「く、苦しいです。クローネお姉ちゃん」
「もーっ! いい子なんだからっ!」
「むぐぐん」
なぜか急に仲良くなった二人がいちゃついている横で、ケンタウロスがついに城門を開く。
その中に現れたのは――
「……廃墟、か?」
一面に広がる、荒れた土地。
ボロボロになった建造物。
風景の全てが、ひとつの都市の終焉を物語っていた。




