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猫の巻<中編>

========


にゃん之進の住む『鞍養寺(あんようじ)』はそれなりに由緒ある大きなお寺だ。が、細かい説明は端折るとして、新聞を投函せよと指定されたポストが敷地の奥のそのまた奥、社務所(お寺の場合はこの呼び方が正しいのか俺は知らない)の玄関のポストなのだ。つまり分かりやすく述べるのであれば無駄に遠い。そのくせこのコース自体は他のルートから完全に独立しているので、他の場所に配達しながら向かうこともできないという、ある意味最悪のコースだ。ちなみに似たような独立したコースは配達前半の終わりにももう一件あるのだが、今回は関係ないので割愛する。なお、この寺への距離よりもさらに長いコースである。


夜間でも完全に開けっ放しの正門を抜けて境内に入る。砂利を蹴散らしつつ進むと、曲がりくねった本堂(、というべきなのか?寺に関する知識は本当に全然なので、あまり突っ込みを入れないでほしい。要は一番大きくて、金ぴかの仏像が奉られている建物のことと思っていただければいい)への道にたどり着く。これがまた長く、しかも若干の傾斜があり、ストマック・エイク号のクソ不安定な動力で3速ギアで走った日にはそれこそ坂道の途中でエンスト&応急処置をすることになってしまうので、クッソトロい2速で半キロ以上あるこの道を登る必要があった。


ちなみにこの坂道、未舗装である。石段などという気の利いたものは無いし、というかそんなものがあったらむしろ原チャリで新聞配達はできないわけで。

要は未舗装なのだ。ゴツい石とか浅い穴とかがいっぱいあるのだ。


「に゛に゛に゛に゛」


ゆえにサスペンションの不安定なストマック・エイク号の前カゴに詰め込まれたにゃん之進は、


「にぎぎぎぎぎぎ」


「ミンチよりひどいことになるッ!!!!!」


「ならん!縁起でもないことをいうに゛……に゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ!!」


まあ、ミンチ云々は冗談としても、短時間のパンチドランカー状態に近いレベルの乗り物酔いになりそうなのは明白だった。

ちなみに本人(本猫?)はたまに行われるこの虐待行為を楽しんでいるようで、前回は自発的に前カゴに乗ってきたし、俺自身もにゃん之進が嫌いでこんな事をしているわけでは決してないということは述べておく。いや本当に。


================


「うひっ…ふひひっ……!主様、もっかい、もっかいにゃ!ふへへ!」


もはやアヘ顔で心ここにあらずといった状態のにゃん之進をスルーして、俺たちは本堂の前にたどり着いた。この本堂をぐるっと回り、裏側の道を少し進むと社務所だ。


「主様!なぜ無視するのにゃ!!主様ぁ!!」


「はいはいまたこんどねー。こんどねー」


「にゃんか投げやりじゃにゃい!?」


予定通り本堂の周路を進む。本来ならここはスピーディーに行けるのだが……。進路上に、人の影。

うっすらと細長いシルエットに、真っ黒な着物を着たあの人は……。


「お戻りやす、之進はん。ぬしさんも、ご無沙汰どす」


「あ―……」


「ゲェーッ!?こん太夫(だゆう)様!?こんな時間に何で!?」


にゃん之進の酩酊状態は瞬間的に回復。というのも、この京都っぽい喋り方をするこん太夫という女性、にゃん之進と同じように人間ではない。そのにこやかな表情からはとても想像だにできないが、なんとあの有名な九尾の狐なのだ。ちなみに本人いわく全盛期の力はもうないので実質的な実力は六尾くらいとのこと。違いがわからん。


「之進はん?之進はんを使いに出したのは日付が変わる前だったはずどすえ?何で今頃ぬしさんに乗してもろうて帰ってきてはるんどすか?遅おすえ」


「ひ、ひゃいっ!実はコンビニでMASTERキートンの廉価版が全巻そろっておりまして!全部読み終わって気づいたらこの時間でしたにゃ」


なんだこの猫。


「正直に話したらいいというもんでもないですえ、之進はん。まあMASTERキートンが傑作なのは事実どすから、今回は不問にします」


なんだこの狐。

こん太夫さんはにゃん之進のーーというよりも、この鞍養寺の裏のトップ、つまり人間以外の存在たちを取り仕切る妖怪だ。師匠的存在だと言えばわかりやすいだろうか。鞍養寺が妖怪変化の修行の場と化しているのも、このこん太夫さんの人徳(妖徳?)があればこそだ。……と、前ににゃん之進が言ってた。


「そいで之進はん、お使いはちゃんとできましたかえ?」


「もちろんですにゃ!こん太夫様の大事なお手紙は、しっかりバッチリねっとりと、コンビニポストにぶち込んでおきましたにゃ!!」


「結構」


と、短く答えたこん太夫さんはくるりと向きを変え、本堂の方へと歩き出した。


「……って、まさかにゃん之進の帰りが遅いから、こん太夫さんはこんな時間まで外で待ってたの?」


俺が声をかけると、こん太夫さんは歩みをぴたりと止め、


「まさかどすえぬしさん。わてはただ……」


「ただ?」


「お花を詰みに出てきただけどすえー。ほほほのほー」


くるくる回りながらトイレ(屋外)の方へ行ってしまった。


「あれでこん太夫様は500歳オーバーにゃ」


「精神を育てるって難しいんだな」


「にゃー」


俺とにゃん之進はうんうんと頷くと、社務所への道を再び走り出すのだった。



================


「待てい!!」


「?」(ブロロロロ)


社務所まであと数十メートルといった所で、誰かに威勢良く声をかけられた。が、無視した。行けるさストマック・エイク号。お前と一緒ならどこまでも。頻繁に腹壊しそうだけど。


「ちょっ!待てって!」


「オーライ、私は勤務中。しがない新聞配達員。私を呼び止めるのは誰なのかしら?にゃん之進さん、やっておしまいなさい」


「誰にゃお前」


俺はにゃん之進はノリが悪いと思いました。おわり。(ブロロロロ)


「待たんか!待たんかって!」


「時間がアリマセーン!アナタの頼みはキキイレマセーン!トムの勝ちデース!!」(ブロロロロ)


「なんでにゃ!トム関係にゃいにゃろ!」(ブロロロロ)


俺はにゃん之進はノリがいいなと思いました。おわり。(ブロロロロ)


「仕方ねぇ!ハチ!!ワン念さん!!」


「マジで?」


「ワン」


なんだかスルーしたせいで逆にテンションが上がって面倒くさいことになった謎の声が面倒くさいことに仲間を呼んだ。面倒くさい。というか謎の声と書いてはいるが誰の声なのか察しはついているわけで、それゆえ俺もにゃん之進もスルーしていたわけで。


「「とぅ!」」「ワン」


車の前に格好つけて出てきた2匹のネコマタ…と、どこをどう見ても完全に犬。

「ネコレッド!」


そう叫んだのはにゃにゃ(きち)というネコマタだ。にゃん之進の先輩にあたるクソ坊主である。


「ネコブル~…ふぁ」


眠そうにあくびをしたのはにゃん(ぱち)というネコマタ。こちらもにゃん之進の先輩で、この寺で修行中のネコマタ。


「ワン」


この犬はワン念さん。見た目は完全に犬だが、実はこの寺のナンバー3(一般的なトップの住職さん、妖怪達を管理、指揮するこん太夫さんに次ぐ)の地位にいる、人語を完全に解する犬だ。…やっぱり犬じゃないか!


あとなんか戦隊っぽい感じの登場はスルーした。3人編成だけどどうせ後で2、3人くらい増えるんでしょう?テンプレなんでしょう?何なの?俺が怪人役になってこの茶番を盛り上げると誰が得すんの?あと個人的ににゃ吉は嫌いなんで、今後も積極的にスルーしていこうと思う(ブロロロロ)


「にゃ吉は最近、寺の誰かが宿舎の談話室のハードディスクに撮り貯めた戦隊ヒーローにドハマり中にゃ」


「ロクな奴がいないなこの寺」


「にゃーは別にゃ、主様」


「……そっすね」


ちなみににゃん之進は休日はこん太夫さんに貰ったお小遣いをフル活用し、朝から晩まで漫画喫茶にいるらしい。お寺の僧侶さんってお休みあったんですね。シラナカッタナー(棒読み)


「獣犬戦隊!ネコレンジャー!」


「おーっと俺さんは君たちが何を見てたのか解っちゃったぞーぅ」(ギャギャギャギャ)


アホ共の名乗りが終わると同時に、俺はストマック・エイク号を停止させた。本当はとてもとてもスルーしたかったのだけれども、進路上で集合ポーズをとられたら停めざるを得ない。さすがにひき殺すほど憎いわけでもないし。


ボスッ、と天使が中古ショップで用意したジャンク扱いのラッパを吹いてみたような音がして、ストマック・エイク号のエンジンは完全に停止した。赤々と光り輝いていたヘッドライトはその光を失い、世界を暗黒の闇に引き擦り落とす。

そう、闇の時代が始まるのだ。


「……あっ」


坂道をエンジン全回で走り、こん太夫さんの前で一時停車したときにはエンジンが止まる素振りさえ見せなかったというのに、巡航状態からゆっくり停車するとエンジンごと止まる。ストマック・エイク号はそんな気分屋な相棒なのだ。いや、言い直す。クソポンコツなのだ。クソポンコツなのだ。

それはもう仕方ない事なので半ば諦めてはいるのだけれど、今回は停車する要因が自分ではなくそこにおわすクソ猫坊主軍団にあったわけで。

スターターを数回蹴り回してもエンジンがプスリとも回らない事を確認すると、


三味線(しゃみせん)


俺は満面の笑みで言った。


「マジで」


即反応したのはにゃん八だった。いや、ネコマタ勢はおのおのに反応があったが、最初に口を開いたのはにゃん八だったというだけなのだが。


「三味線」


ちなみに聡明な読者諸君はご存知ではあろうと思うが、三味線の皮部分は猫の腹である。無論剥ぎ取られればその猫は死ぬだろう。人間だっていきなり腹の皮なんぞ剥ぎ取られたら確実にショック死するだろう。俺は知らんけど。


「……す、すまねぇぬっさん!」


珍しく素直に、にゃ吉は頭を下げた。本人(本猫)も事の重要性に気づいたようで、自らの生命の危機を感じ取ったのであろう。

しかしてどっこい、俺は一度決めたら決して折れない、主人公の(かがみ)のような鉄壁の意志を持っていたのである。そう、俺の小動物虐待への意志はチタンサーメット並みに硬いのだった。


「お前のその謝罪でバイト上のミスを償い切れないよ?配達してる俺のバイクが止まったら動かないのは知ってんだろう?」


「……はい」


数週間前にも、鞍養寺内でストマック・エイク号がエンストしたことがあった。

その日は完全にエンジンの不調で、坂を上り切った辺りで停止した。配達は比較的スムーズに行えていたので、時間的にはかなり余裕があったのだが、それでもエンジンが再点火したのは夜明け前ギリギリの時間だった。

そのときの状況は他ならぬこの猫達が一番知っている。エンジンをかけられない俺を見ながら、にゃん之進は和尚(バイクが趣味)を起こしてこようかと聞いてくれるし、こん太夫さんはとりあえず落ち着けとお茶をくれ、ワン念さんはガソリンやオイルのチェックをしてくれたりした。が、唯一、にゃ吉だけは、俺の横で大笑いしていただけだったのだ。


「思い出したらイライラしてきた」


俺は笑顔で拳を硬く硬くチタンサーメットのように固める。とりあえず硬い金属に対する例えがチタンサーメット程度しか思い浮かばないので、しばらくは硬いものイコールチタンサーメットだと思ってくれれば助かる。なんだこの注釈。


「落ち着きなはれ、ぬしさん」


今にも握った拳でとても文面化出来そうもない暴力的行為を開始せんばかりの俺の前に、にゅるり、と闇の中から這い出てきたのはこん太夫さんだ。


「お師さん!」


先にも述べたが、お師さんーーこん太夫さんは、にゃ吉にとっても師匠にあたる。どうでもいいけどぬしさんやらおしさんやら呼称が適当すぎて誰が誰かわからん…いや、ぬしさんは俺か。俺だな。


「止めてくれるなこん太夫さん。俺はこのままこの猫どもを土の下に埋めてセメントを流し込む作業をしなくちゃあならねぇ」


ぎょっ、とにゃ吉の目が見開かれた。やっべー動物に精神的プレッシャー与えるのちょう楽しいわー。ちなみに当たり前だが埋める気もないしセメントを使う気も今のところはない。


「まあまあ……これにゃ吉」


「ハッイ!?」


こん太夫さんに呼ばれたにゃ吉は声をうわずらせながら返答した。


「いくらぬしさんのことが好きやからって、ぬしさんの仕事中に邪魔するのはいけまへんなあ。今回のこれがその結果どすえ」


「お前ホモかよォ!?」


尻を押さえて俺は叫ぶ。


「ちげーわ!変な先入観を与えるのは止めて下さいお師さん!」


ほほほ、とこん太夫さんは笑う。


「しかし、にゃ吉。今回あんさんがぬしさんの邪魔をしたことは変えようのない事実どす。この件にあんさんはいったいどう対応するおつもりどすか?」


「そ、それは……」


言いよどむにゃ吉。そこに俺は、


「あー原チャこわれちゃったなー!これは修理終わるのは陽が昇ってからだろうなー!!」

「早起きして新聞待ってるお客さんに申し訳ないなー!まさか猫に邪魔されて遅れましたとは言えないもんなー!!」

「これは配達クビになるかもしんねーなー!ウェヘヘヘヘ!!」


という追撃のセカンドブリットを撃ち込んだ。いやこれもうセカンドでも何でもねーわ。猫のメンタル攻撃すんの楽しい。


「ぐ、ぐぬぬ……」



後篇へ続くよ!


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