プロローグ
生まれて初めて嫁と視線が合った。
僕の中で何かが音を立て崩れた。
それまで自分の事を、無機質なカルシウムの殻で出来た物体。卵のような存在だと思っていた。
つるんとした何のメリハリもない。
面白味のない人間。それが僕だ。
両親にとってはどうだろう。
大人しく手のかからない。
人形みたいな子供だった。
周囲の人々にしてもそうだ。
褒めどころに困るような。
愛敬も面白味もない少年。
そんな事は知ってた。
いくら幼い身でも、大人たちの自分への反応を見れば自然と分かる。薄々自覚してはいた。
さすがに高校生にもなれば。
両親も反抗期の兆候もない。
我が子の素行を見るにつけ。
訝るようにはなったのだが。
ある日突然殻に皹が入る。
消音機が装備された銃。
物言わぬ彼女の瞳から。
放たれた銃弾。
胸の中心を撃ち抜かれた。
心はそこにあると知った。
僕は卵人間ではなかったようだ。
剥き出しの裸の心を持った人間。
餓えた声で泣き叫ぶ。
実に醜らしい生物。
生き物であった。
僕は色んな意味で醜悪極まりない。
彼女は例えようもなく美しい。
それだけが僕がこの世界で知った。
唯一無二のリアルだった。
彼女に出逢ったその瞬間。
月並み過ぎる言葉だけど。
僕は恋に落ちた。
殻はその時剥がれ落ちた。
「恋というのは罪である」
そう誰かが言った。
誰かが今もポストし続けている。
いかにもありふれた巷に溢れる。
言葉の端切れに過ぎない。
尻の穴に残った紙のきれ端。
それくらいの価値しかない。
彼女の切れ長の美しい瞳。
白磁のような白い指先。
星の瞬きさえも赦さない。
漆黒の髪。
すべてを目の当たりにした時。
僕は目眩の中で罪を知った。
罪を求める指先は震えながら。
互いに触れ合う事だけを求めた。
それは、ひんやりと冷たくて。僕の指先に触れた途端に、胸の奥底まで容赦も慈悲もなく。熱く焦がした。
僕はその時からずっと。
途方も無い馬鹿者になってしまった。
「彼女を自分のものにしたい」
欲求は掻き毟るような。
激しい渇きに似ていた。
湧き出した渇望と劣情。
黒い奔流に呑み込まれ。
そのまま光の届かない。
暗い淵の底へと沈んだ。
それがいかに人の道に外れ。
両親や兄を哀しませる行為だと。
僕は知りながら。
僕が彼女の手に指先を絡ませ。
そこから彼女を連れだした日。
彼女も確かにそれを望んでいた。
今も心深く信じている。
僕等は出会ってしまった。
死より強い絆で結ばれた。
それが2人の運命だった。
ミントちゃん。
ねえ兄さん。
僕って変?




