第44話 第三階層に、いるはずのないレッサーデビル
「そろそろ、予定通り切り替えますか。隠し通路の方へ」
朔が答えると、堂本はスマホをしまいかけた手を止めた。
「せやな。……四階まで行かれたら、追いたなるけどな」
「今から同じ道を行っても、後追いですよ」
成瀬が端末の地図を開いた。朔も横から画面を見る。実習前に四人で相談した時にも、この地図を開いていた。
まずは第三階層で討伐や採取をしながら進む。久賀たちに先行され、そのまま追っても難しそうなら、自分たちで見つけた隠し通路へ向かう。提出した地図は途中までで、水場より先には、まだ調べていない場所が残っている。
ギルドの公式アプリのマップでは、隠し通路から先はまだ表示されていない。今、朔たちが開いているのは、新たにマップを開拓した時に自分たちで作成していくエディターマップの方だ。
権利関係の問題から2週間だけギルドは公開を遅らせてくれるようなので、朔達は公開の延期を頼んだ。そしてちょうどその期間内に、うまくこの実技講習が入ってきたのだ。
第四階層へ進んだという連絡は、隠し通路に踏み込むには十分な判断材料だった。
「向こうと同じ魔物を倒さなくても、未探索の場所を調べれば成果にはなります。先に決めていた通り、それを狙いましょう」
「そっちの方が俺ら向きやな。朔がおるんやし」
堂本が地図を覗き込んだ。樫村も隠し通路の入口を指で確かめる。
「水場の草も採れますね。また生えていてくれてたらですけど」
「まずそこまで行って、その先を調べましょう」
成瀬の言葉に三人が頷いた。朔は後ろの黒瀬へ進路を変えると伝えた。黒瀬は説明を聞くだけで、四人が歩き出すと、そのまま後方からついてきた。
入口の岩肌へナイフを差し入れると、刃は抵抗なく壁の向こうへ通った。
朔は内側へ顔を出して通路を見渡し、足を止めたまま目を閉じた。《索敵》へ意識を向け、近くの音から順に聞いていく。外では届かなかった水音はあるが、近づく魔物の足音はない。
目を開けて三人を呼び、黒瀬も入ってきたのを確かめてから進んだ。見覚えのある通路を抜けてしばらく歩くと、床の濡れた部分が増え、地下水の湧く小さな広間へ出る。
「また生えて来てるやん、根性あるし、金なるし、この草最高やないか」
堂本が水辺の解毒草へしゃがみ込んだ。前に切ったところから新芽が生えて葉っぱ伸びている。前より青みは薄く、葉っぱの大きさ自体も小さいが、それでも十分採取できるほどの大きさだ。
根を残して採れる分だけ切り、樫村へ渡した。
「そういや朔。あの水、結局なんやったん?」
堂本が湧き口を顎で示した。前回、朔が試験管へ採った水のことだ。
「普通の地下水より、魔素が多かったそうです。採ったばかりの水なら、飲むと魔力が少し回復するって」
成瀬がこちらを見た。
「回復するんですか?」
「はい。ただ、時間が経つと急に魔力が抜けるみたいで。持ち帰った分も、地上に着く頃にはだいぶ弱くなってたそうです」
「ほな、瓶に詰めて売られへんのか」
「専用の容器に入れて帰ったら保存できますが、容器の方が高くなりますね。ここで飲むくらいがちょうどいいです」
「もったいないな。売れたら金になったのに」
堂本は残念そうに言い、最後に採った草を樫村へ渡した。成瀬は水際へ寄り、湧いてくる水を眺めている。
「水に染み込むくらい、ここには魔力があるんですね」
朔も湧き口へ目を向けた。同じ第三階層でも、普段歩く通路ではこんな水は見つからなかった。水辺に残る青い葉を見てから、その先へ続く道へ視線を移す。
「この辺りだけ、少し違うのかもしれませんね」
樫村が採取した分を袋へしまった。採り残した草の間から堂本も立ち上がり、盾を持ち直す。朔は地図を開き、前回調べた範囲の終点を確かめた。
水場を離れ、以前トロルが来たために引き返した。端末の地図に、新しい道が延び始める。
曲がり角の手前で、朔は足を止めた。堂本たちも止まり、前後の通路へ目を向ける。その様子を確かめてから目を閉じ、周囲の音へ集中した。
遠ざかった水音の向こうに、小さな足音が二つある。二足歩行。歩幅と重さを確かめると、さっき戦ったコボルトに近い。
ただ、少し軽い。武器や防具が触れる金属音もほとんど聞こえず、時々、何か擦れる音が混じっていた。
「二体です。……たぶんコボルトだと思います。ただ、少し音が違います」
朔は《索敵》を終え、目を開けた。堂本が盾を上げ、成瀬も杖を持つ。樫村が「付与が必要な時は言ってください」と呟いた。
ナイフを抜いて待つと、二体が曲がり角から姿を現した。
コボルトより、少し小さい。角のある頭に細い手足、背中には蝙蝠に似た膜状の翼が畳まれている。歩くたび、その端が身体へ触れていた。
聞こえていたのは、翼が擦れる音だったのか。
「……レッサーデビルですね」
成瀬が言った。
朔もその姿には見覚えがあった。だが、この階層の出現情報には載っていなかったはずだ。
「三階で出るなんて、聞いたことないですね」
二体は堂本の盾を見ると、足を止めた。こちらへ突っ込まず、手前の一体が口を動かす。
「詠唱してます!」
成瀬の声とともに、火球が飛んだ。堂本が盾を出すと、表面で火と衝撃が弾ける。盾の縁から熱気が回り、堂本が顔を引いた。
「うおっ、なんや、いきなり来るんかい!」
成瀬のマジックボルトが奥の一体へ飛ぶ。レッサーデビルの口元が動くと同時、薄い光の壁が出現して受け止めた。
壁はすぐ消えると、今度はもう一体の口が動く、火球を撃ってくる。
堂本がまた盾で受けた。成瀬が次に手前の一体を狙うと、そちらも魔法障壁を張った。
二体とも、火球と障壁を使えるらしい。
朔は盾の横から相手を見た。詠唱の間は口と手が動く。マジックボルトへ手を向けた一体は、こちらへ火球を撃ってこなかった。
「成瀬さん、そのまま牽制をお願いします。僕が横へ回ります。樫村さんマイトお願いします」
朔が言った言葉に被せるような形で、朔の体が薄い赤色に光る。
堂本が正面へ出る間に、朔は壁沿いに走った。近い方のレッサーデビルが翼を開き、バサッと音を立てて後ろへ跳ぶ。朔はその姿を目で追い、着地した足へ距離を詰めた。
そこに火球が飛んできた。
咄嗟に火球にフォースタップを放つ朔。
バンッ。
火球の正面がわずかにへこみ、表面の炎が後ろへなびく。だが、それだけだ。勢いそのものはほとんど殺せていない。
火球は歪んだ形のまま、なおも前へ進むが、続けて放たれていたフォースタップがそのままぶつかる。
まだ形を戻しきっていなかった火球が、今度は大きく揺らいだ。最初の一撃で乱れていた炎の流れへ、さらに別の圧力が食い込む。火球の中心がぐしゃりと歪み、まとまっていた炎が左右へ引き裂かれた。
朔はそのままレッサーデビルとの間合いを詰め、ナイフを振るが、レッサーデビルの胸を少しかすめた程度で終わった。レッサーデビルが羽を羽ばたかせて後ろに大きく飛ぶため、追撃もできない。
「なんやこいつら、すぐ逃げるやないか」
そう言った堂本に向かって、もう一匹のレッサーデビルが火球を放つ。堂本はそれを盾で受け止めて、当たった火球が盾を覆い尽くすように飛散する。
「なんかやりにくいわ、かかってこいや!」
堂本はレッサーデビルを睨みつけながら言った。




