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第4話 第三階層に、未確認のトロルがいた

 ケイプボアを倒した後、コボルト2体とケーブリザード2体を倒した。

 単独で動いていたコボルトの一体目を倒し、二体目には奇襲をかけて、今倒したところだ。

 ここまでドロップしたアイテムは、コボルトの短刀が1本とケーブリザードの鱗皮が一個。


 十分な稼ぎだ。


 朔はバッグから水筒を取り出し、冷たく冷やした麦茶を喉の奥に流し込む。

 そして、額に浮かぶ玉のような汗を服の袖で拭い、大きな息を吐く。


 一人でやれた。


 一般開放区の魔物ではなく、条件付き開放区の魔物を相手にしてだ。

 しかも階層主が討伐される前の活性期の魔物。

 スカウトにしてはよくやれてる方だ。


 朔は床に転がるコボルトの魔石を拾い、軽く宙へ放って掴み直す。

 二階層のものより一回り大きい感触を確かめてから、ギアバッグに入れる。


 ピコン。

 ポケットにしまってあったスマホから通知音が聞こえた。


「お腹すいた」

 湊からのメッセージが届いていた。食べずに待っているようだ。


 ゆで卵がないから辛くて食べられないのだろうか。

 以前から別に辛くしなくてもいいと言っているのだが、湊はそこは絶対に妥協しない。


 「今から帰る。八時前には着く」と返した。

 すぐに湊から「だったら、卵買っとくから、そのまま帰って来て」と返信があった。

 さすがに待ちきれないかと、朔はクスリと笑って「了解」とだけ打った。


 帰ったらカレーか、今日は奮発して、とんかつでも買って帰ろうか。

 お弁当用の小さい冷凍カツじゃなくて、お肉屋さんのトンカツがいいな。

 朔は今日の収穫物が入ったギアバッグをトントンと叩いた。


 スマホのアプリで、現在位置から上へ登る階段までが遠くないことを確認してから、目を閉じて《索敵》を使う。

 階段に向かう道の方には、不穏な音は存在しない。


 しかし、それとは逆の方向から、気になる音が聞こえた。

 この階特有の音は何パターンか記憶していたが、どれとも異なる音がしている。

 大きい足音、二足歩行、単独個体。


 ギルドの登録情報にある、この階層の魔物のうち、足音が一番近いのは、大樹たちが倒したヒルジャイアント。

 柾木はヒルジャイアントを「この階層で出る魔物にしては頭一つ分強い」と言っていた。

 だが、ギルドの分類では、この階層の通常個体よりランク2つ上の特殊個体だ。


 ヒルジャイアントが階層主でないなら、階層主以外の特殊個体が複数いるとは考えにくい。

 ギルドが測定した魔素の濃度はそれほど高くないし、この階層の魔物はそれほど強くない。

 だとすると、この階層でまだ確認されていない上位個体の可能性が高い。


 運がいい。


 第3階層の上位個体は、まだ1体も発見されていない。

 倒さなくても、その情報を持って帰るだけで情報料がもらえる。

 アプネア・ハイドを使えば動画を撮って帰るくらいは簡単に出来る。


 朔は地図をもう一度確認してから、その音源の方に向かった。


 相手の死角になるL字通路の角で立ち止まり、もう一度索敵を行う。

 こちらに向かって歩いてはきているが、歩くスピードは遅い。

 しかし、コボルトよりも足音が大きいため、音だけではいまいち距離がわからない。


 スマホのカメラを起動し、動画モードに切り替える。


《無息隠形(アプネア・ハイド)》

 頭の中で詠唱してスキルを発動し、通路へ顔を出す。


 トロルだ。


 2メートルを超える身長に、でっぷりとした体。

 かぶり物のような大きな頭には、大きな鼻がついていて気だるそうな表情をしている。

 まだ20mほど距離はあるが、その巨体のせいで、それより近く感じる。

 カメラをズームインしてしっかりと顔を撮り、三階層だとわかるようにズームアウトして周りの風景も映してから、姿を隠す。


 得物は太い棍棒。


 盾で防いでも、戦士系の能力補正がない自分など、体ごと持っていかれそうだと朔は思った。


 戦うべきではない。


 でも…。

 戦士の大樹なら単独でも戦えるだろう。

 魔槍士(スペルランサー)の柾木でも、器用に立ち回って勝つだろう。

 斥候職の自分と比べること自体が間違っている。


 戦う必要はない。

 撮影した情報を持ち帰れば、それで十分だ。


 ……でも。

 トロルは、ヒルジャイアントより弱い。


 朔はスマホで地図を確認する。

 後ろに回り込める通路が近くにある。


 朔はギアバッグに手を突っ込み、クロスボウを取り出し準備した。


《無息隠形(アプネア・ハイド)》

 スコープを覗き、照準をトロルの棍棒を持つ側の肩に合わせて、引き金を引いた。


「グォッ!?」

 肩にボルトを受け、トロルが身体を仰け反らせる。

「グルルルル……」

 トロルがボルトを乱暴に引き抜こうとするが、ボルトは矢尻を体に残して途中で折れる。

 トロルは折れた矢を地面に叩きつけ、周りを見回す。


 朔はその様子を確認することもなく、すでに走っていた。

 走りながらクロスボウに新しいボルトを装填する。

 誰も見ていないところで、何度も練習した動作だ。


 トロルのちょうど後ろ側の通路の角に回り込み、目を閉じて《索敵》を使う。

 距離は十分あるようだ。

 アプリの地図では近い距離に思えたが、実際走ってみるとそれなりの距離があった。


 息が乱れる。


 アプネア・ハイドはもう使わない方がいいだろう。

 呼吸ができないのは戦闘では大きなハンデになる。

 深く息を吐き、呼吸を整える。


 口を閉じても苦しくない程度まで落ち着いたところで、朔は曲がり角から上体を出してスコープを覗く。

 トロルは後ろを向いている。

 膝の裏側に照準を合わせて引き金を引く。

 ボルトは狙った膝裏を外れ、ふくらはぎに突き刺さる。


「グガッ」

 トロルはそれを見た後、険しい表情で朔を睨みつけ、雄叫びをあげながら向かってくる。


《魔鋲(カルトロップ)》

 手に出現した撒菱をトロルの方へ放り投げる。

 念のため、もう一度《魔鋲》を作って足元に撒き、来た道を引き返す。


 距離をとりながらならもう一発いける。


 朔は走りながら再びボルト装填作業を始める。

 背後でトロルが声を上げた。

 魔鋲の効果を確認したいが、それは装填してからだ。


 だが今度は練習の時のようにはいかない。

 ボルトレールに乗せるが、うまく奥まで入らない。

 一度引き戻し、角度を直す。

 カチ、と小さな感触が指に返った。

 装填完了。


「くそ、遅い」

 朔は足を止め、振り返ってスコープを覗く。


 トロルとの距離はそれほど変わっていない。トロルの大きな足には魔鋲の効果が薄いようだ。


 できれば今度は目を狙いたかったが、トロルが棍棒で顔をガードしている。

 照準を太ももの付け根に合わせてボルトを撃つが、太ももの中央付近にボルトが当たる。

 トロルは一瞬動きを止めただけだった。

 大きな鼻の下にある口を開き、咆哮を上げながらこちらへ向かってくる。


 接近戦は無理だ。距離がいる。

 朔は腰のベルトに手を伸ばした。

 緊急用にギアバッグへ入れず、専用ホルダーに差してある閃光球を引き抜き、ボタンを押してトロルへ投げた。


 そして朔は目を手で覆い、トロルに背を向けて走り出す。

 指の隙間から強い光が入ってくる。

「グギャァッ!」


 トロルがこれまでで一番大きな声を上げた。

 背後で大きな音が聞こえる。トロルが棍棒を振り回して壁や床を叩いているようだ。


 走りながらクロスボウのボルトを装填する。

 今度は早くできた。


 引き金に指をかけ、振り向く。

 トロルは目を押さえながら棍棒をブンブンと振り回し、壁や床に八つ当たりをしている。

 冷静でないトロルの姿を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。


《熱知覚(サーマル・センス)》

 最初に当てた肩の傷周辺は熱い。


 だが、棍棒を反対の手に持ち替えてるし、指先の温度がわずかに落ちている。脚も同じだ。

 傷口そのものは熱を持っているのに、足先は冷え始めている。

 毒は回っている。

 それなら……。


 朔は今度こそ付け根を狙わず、矢の刺さっていない反対側の太腿、その中央に照準を合わせた。

 引き金を引く。

 狙い通り、ボルトが突き刺さった。


 朔は効果が薄いと分かっていながら、魔鋲を作り出して床に撒き、トロルに背を向けて走り出した。

 大丈夫。距離さえ取れば、やれる。


 わずかな勝機を感じながら曲がり角を曲がったとき、沸き立つ気持ちが一気に凍りついた。


 コボルトだ。


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