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第3話『残念なスキル』だけで、第三階層を戦う

東京第63ダンジョン

第3階層 MAP

保有版 Ver.1.20

最新版 Ver.1.27

更新差分 3.4%

更新料金 70円

 更新しますか?


 朔の持つスマホの画面に、「はい」と「いいえ」の選択肢が表示される。

 朔は「はい」のボタンを押す。

 内容を確認する。


 更新されたのは、三階層の奥の方の地図だった。

 今回は関係ない。


 朔はアプリを閉じ、三階層へと続く階段に向かう。


 ピロン。

 階段の手前にある二本の黒いポール、通称階層ゲートを通って後、スマホが鳴った。


「警告。今回の登録情報で条件付き開放区に入る場合、保険適用外になります。条件を確認して、条件を満たした上で再入場してください」

 ワイヤレスイヤホンからダンコの警告が流れる。

 それでも朔は階段を降りる。


「パーティー人数を確認、現在のパーティーでは保険適用基準に59ポイント不足しています」


 階段を何段か降りたとき、今度は階層ゲートから警告音声が流れた。

 バカなことをしているという自覚はある。

 だが、そのまま家に帰る気にはなれなかった。


 それに、はじめて来る階層だが、事前に階層の知識は入れている。


 階段を降り切り、朔は顔を上げた。


 壁も天井も、第二階層より暗い青灰色に変わっている。足元には黒い砕石が散り、通路もひと回り広い。


 第三階層。はじめて入る。

 本能的にぞくりと身震いをする。

 だが、悪い気はしない。

 朔は目を閉じた。

 スカウトの職業スキル《索敵》。


 発動中は目を閉じる必要がある。その代わり、意識を周囲の音へ集中させ、聴力を増幅することができる。

 しばらく耳を澄ます。


 いくつもの認識しきれない雑音の中で必要な音を探る。

 はじめてくる階層。まだ音の識別は出来ていない。それでも、近くに異質な音がないのはわかる。


 朔は奥へと足を進めた。


 T字路の前で3度目の索敵を行った時に反応があった。


 経験からして四足歩行の個体が2体。

 距離は約30メートルだろう。

 一体は移動中。もう一体は立ち止まっており、地面を掻くような音と鼻息が聞こえる。


 多分ケイプボアだ。


 地図を確認すると40メートルくらいで行き止まり。

 反対側の反応はない。


《無息隠形(アプネア・ハイド)》

 念のために頭で詠唱して、息を止めて曲がり角から顔を出す。


 暗くてずっと先まではハッキリと見えない。


 しかもケイプボアは、毛色を洞窟の壁と同じ色に変える。


 朔は通路の先へ目を凝らした。

《熱知覚(サーマル・センス)》

 視界にあるものの熱を捉える、朔の知覚スキルだ。普段からぼんやりと働いているパッシブスキル。意識を向ければ、周囲とのわずかな温度差まで拾える。


 先ほどまでよく見えていなかった2つの熱源が赤く浮かび上がる。


 大型犬ほどの大きさ。

 ケイプボアで間違いない。


 2体いるが、動きが単調な魔物だから問題ないだろう。


 朔はギアバッグの中に手を入れ、折りたたみ式のクロスボウを取り出した。


 ケイプボアか……。こいつでは、索敵を間違えて群れを行き止まりに追い込み、パニックになった奴らに追い回されるヤラセ動画を撮ったことがある。


 グリップを握り、レバーを引く。

 左右の弓部とストックが開き、乾いた音を立てて固定された。

 ボルトを一本、装填する。

 内部の機構が作動し、鏃へ毒が自動で塗布された。


 二匹のうち、右側。わずかに体温が高い。

 そちらへクロスボウを向け、スコープを覗いて引き金を絞った。


 短い弦音。

 ボルトがケイプボアの肩口へ突き刺さる。


「ブギィッ!」

 巨体が跳ね、ケイプボアが悲鳴をあげる。


 朔はすかさずクロスボウを下ろし、レバーを戻して折り畳む。

 二射目を装填している時間はない。


 朔の姿を確認したケイプボアは朔めがけて突進してくる。


 ギアバッグにクロスボウをしまい、頭の中で《魔鋲(カルトロップ)》と唱えてから必要な数をイメージする。

 まずは5個。手の中に出現した黒い小さな鋲を前方に放り投げる。

 もう一度頭の中で詠唱して作った撒菱を朔の手前にばら撒く。


 頭が良い魔物や視力の良い魔物なら引っかからない。

「ケイプモンキーに簡単に見破られる残念な罠スキル」という題名で動画をあげて笑われたスキルだ。


 しかし、ケイプボアは止まらない。

 怒りに任せ、頭を低くして突っ込んでくる。


 朔は腰の鞘から、刃渡りの長いコンバットナイフを抜き、反対の手を前方に突き出す。


 ケイプボアの前脚が《魔鋲》を踏んだ。

 肩が、がくりと落ちる。

 だが巨体は止まらない。勢いのまま前へ流れ、反対側の前脚を強く踏み込んで体勢を立て直そうとする。


 朔が待っていたのは、その一歩だった。

《遠隔衝打(フォースタップ)》

 踏ん張ろうとした脚へ手をかざし、意識を向けると、小さな衝撃が横から入る。


 ただでさえ崩れていた重心が、支えを失った。

 ケイプボアの前脚が滑る。

 頭が沈み、後脚だけが勢いのまま前へ出る。

 巨体が横倒しになった。

 床の魔鋲を巻き込みながら、数メートル滑っていく。

 その姿を追うこともせず、朔はすでに次の位置へ動いていた。


 これで倒せたわけじゃない。

 毒も、まだ回り始めたばかりだ。

 ただ時間は稼げる。


 もう一匹のケイプボアが、仲間の悲鳴に反応して身を翻した。


 朔とは反対側へ駆け出そうとする。

 だが、その先は行き止まりだ。

 数歩も進まないうちに足が止まった。

「ブギッ……!」

 ケイプボアが慌てたように首を振る。


 逃げ道がないと悟ったのか、巨体がその場で反転した。


 そして、通路の先に立つ朔を見つける。

 一瞬、動きが止まった。

 次の瞬間。

 頭を低くし、地面を蹴った。

 今度は朔めがけて、一直線に突進してくる。


 格好の獲物だ。


 朔は再び《魔鋲》を作り、自分の手前へばら撒く。


 横目で、先ほど転ばせた一匹を確認する。

 まだ起き上がってはいない。

 なら、今はこっちに集中できる。


 突進してくるケイプボアをぎりぎりまで引きつけ、朔は後ろへ跳んだ。


 追うように踏み込んだ前脚が、《魔鋲》を踏みつける。


 巨体が前につんのめった。

《遠隔衝打(フォースタップ)》

 朔は間を置かず、左右の前脚へ続けて衝撃を打ち込む。


 一発一発は、軽いジャブほどの威力しかない。

 「十発打ってもスライムが倒せない残念な攻撃スキル」という題名で動画を流した事があるほど弱い。


 だが、魔鋲を踏んで崩れた体勢をさらに崩すには、それで十分だった。


 踏ん張りを失った前脚が流れる。

 頭から地面へ突っ込み、そのまま勢いに押されて巨体が一回転した。

 腹を上にして倒れる。

 朔はすぐに間合いを詰めた。

 起き上がるより早く、喉元へナイフを突き立てる。


「ブギィッ……!」

 ケイプボアの巨体が大きく痙攣した。


 朔はすぐにナイフを抜き、その場から離れる。

 まだ一匹残っている。


 振り返ると、先ほど転ばせたケイプボアがようやく立ち上がったところだった。


 だが、朔へ向かってくる様子はない。

 そのまま反対側へ逃げようとしている。

 一歩。

 二歩。

 足取りが明らかにおかしい。

 前脚には《魔鋲》が刺さっている。


 さらに、最初に撃ち込んだ毒も回り始めていた。


 歩くたびに身体が左右へ揺れる。

 あれなら走る必要もない。

 朔は距離を詰めた。


 逃げようと踏み出した脚へ、《フォースタップ》を放つ。


 ケイプボアの身体が傾き、そのまま地面へ倒れ込む。


 朔は近づき、ナイフを突き立てた。

 しばらく待つ。

 二匹とも、もう動かない。


 それを確認して、朔は大きく息を吐いた。


 十分やれる。

 胸の奥が高鳴っている。

 けれど、達成感とは少し違った。


 まだ足りない。


 朔は目を閉じ、《索敵》を使う。

 遠くで、何かが動く音が聞こえた。


 まだやれる。


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