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撤退と刺客

アニエスは一度決断してからの、行動は早かった。

フィーナ、トッドを先頭に速やかに撤退を始める。


元々アニエス達はほぼダメージは受けていないし、ミルムが退路を確保していた事とパーティー自身の実力もあって、アニエス達はぐんぐんと退路を突き進んでいく。


(よし。2回戦はなさそうだな。)

とりあえずジグは胸を撫で下ろすが、刺客やモンスターの脅威が去ったわけではない。ダンジョンはモンスターが自然と湧くし、十五階層にいる刺客にアニエス達の撤退が知れれば向こうは最早なりふり構わずアニエスを仕留めに来るだろう。


(むしろ、こっからが本番。)

ミルムも十分それは理解していた。

(そういう事だな。)

(という訳でこっからは、ジグは探索魔法(サーチ)に集中して。)

そして、ひょいっとミルムはジグを抱き抱え、ミルムがジグをお姫様抱っこする形になった。

(…何してんの?)

(だからジグはサーチに集中して、移動は私が担当する。)

(…画的に大丈夫なのかこれ。)

身長150cm弱のミルムが、175程のジグをお姫様抱っこしているのはかなり違和感がある光景だった。普通は当然逆だ。


(ほら、私の首に手を回してしっかり捕まって。)

(いや、それだと完成しちまうんだけど…。何か逆に集中出来ない気が。…ったく。)

文句を言いつつジグは諦めて、渋々ミルムの首に手を回してサーチを唱える。


(今のところ、動きはねぇか。)

刺客であろう魔法使い達はまだ地下十五層にいて動きはない。

今アニエス達は地下十一階層だ、しかも撤退に集中している分、行きよりもその撤退の速度は遥かに速い。

もちろん油断は出来ないが、順調といっていいだろう。

一旦ジグはアニエス達の方に集中する。


ゴォッ!!!


アニエスの炎がオークを薙ぎ払う。

他の護衛達も自分達の役割をしっかりこなしている。

そして早くも十階層への階段へ辿り着いた時だった。

(相変わらず、優秀なパーティーだな。…ん?)

一瞬ジグは何か妙な魔力を探知したが、それは直ぐに消える。


(何だ、今の魔力は。)

アニエスの炎や護衛達の魔法から発する魔法ではない。

そしてジグは直ぐに答えに行き着く。

何故なら今さっきまで、その魔法を散々ジグはミルムと使っていたからだ。

(…念話だ、あれは、間違いない。今アニエス達の誰かが念話を使った。)

念話を使う事自体は当たり前の事であり、ダンジョンにおいてはむしろ念話は必須といえる。

仲間とはぐれてしまった時や、救援要請等その用途は様々である。


しかし今問題なのは、その内容だ。

(ちっ、嫌な予感がするぜ。)


直ぐにジグはサーチを地下十五階層に飛ばす。

(ぐっ、やはりか!)

ジグの予感は的中した、既に魔法使い達が召喚魔法を発動していた。


そして魔法陣の真ん中には一人の女性が立っている。

スラリとした長身に黒いストレートの長髪、しかし何よりも特徴的なのはとんがった長い耳と黒い肌である。そしてその手には大きな鎌が握られている。


(ダークエルフ?)

ジグは少し驚く。生まれつき高い魔力と戦闘力を兼ね備える、エルフ族の亜種の希少種だ。ジグも見たのは数回程度だった。

その手には大鎌が握られている。


「頼んだぞカルラ。」

「はぁ、面倒ね。今回私の出番はなかったはずでしょう?」

カルラと呼ばれたダークエルフは気だるそうに文句を言う。

「済まない、奴らの実力なら十五階層は余裕のはずなのだが…。何か邪魔が入ったらしい。」


「高くつくわよ。じゃあお姫様を狩ってくるわ。」

ふっと笑ってカルラと呼ばれたダークエルフはものすごい早さで十四階層への階段目掛けて走り出す。


(…動き出したか。)

最早あれがアニエス達を狙っているのは火を見るより明らかだ。そしてもう一つ疑念が生まれる。

アニエス達の誰かが念話を使った途端に刺客が動き出した。

確定ではないがそれは護衛達に裏切り者がいる事に他ならなかった。

アニエスは護衛達を信頼しているのはこれまでの行動から明らかだ。

正直刺客よりも遥かに厄介だった。


(ミルム、降ろせ。状況が変わった。)

何か悪い事が起きた事を直ぐにミルムは察してジグを降ろしてジグの言葉を待つ。


(ダークエルフが一人が召喚されて追って来てる。あと恐らく護衛の誰かに裏切り者がいやがる。)

(そいつが念話で、姫さんの撤退を伝えた?)

(ああ。このままだとおよそ二十分後、八層辺りで刺客に追いつかれる。面倒だが、追いつかれたら速攻で始末するしかねーな。)

(でも裏切り者とそのダークエルフが合流したら面倒。いつ裏切り者が行動に移すか分からないし。だからジグは姫さんに集中して。)

ミルムはナイフをスッと取り出して宣言する。

(私がそのダークエルフを止める。)

確かにそれが出来れば一番いい。


(…できんのか?強いぜ。)


刺客はアニエス達の実力を把握している。

地下十五階層程度余裕で踏破する事を知っていたから敢えて深層で待ち構えていたのだろう。低階層だと地上が近い分逃げられやすくなるためそれを嫌ったのだろう。


つまりその刺客が放ったあのダークエルフは一人でアニエス達に匹敵するかそれ以上の実力者という事になる。

それはミルムにも分かっていたがミルムの決断に揺らぎは全くなかった。


(大丈夫。)

(…分かった。任せた。)

ドクンとミルムの胸が高鳴る。

「その言葉が私を強くする。」

ミルムは念話でなくボソリと呟いた。

(あん?何か言ったか?)

(何でもない、任された。私はここで待ち伏せる、ジグも気をつけて。)

(けっ、誰に言ってやがる。じゃあ頼んだぜ。)

(おー。)


ミルムはアニエス達の後を追って行くジグの背中を見送る。

「ようやく、ここまで信頼を勝ち取った。」

ミルムはジグの姿が見えなくなってからポツリと呟く。

最初ミルムはジグに相手にもされなかったが粘りに粘ってコツコツと信頼を積み重ねてきたのだ。

「でも、まだまだ。もっとジグの役に立ちたい。まだ全然恩を返せてない。」


それが今のミルムの生きがいであり人生の目標だ。

その為なら何でもやる覚悟がある。

そしてミルムは気配を殺してダンジョンの一部に溶け込み集中を研ぎ澄まし始めた。


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