アニエスの決意
アニエス達は一度地下十二階層まで引き返して一息ついた。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫そうね。」
「アニエス様、これを。」
フィーナがアニエスに魔力ポーションを渡す。
「ありがとう、エマにも渡してあげてね。」
「はい。」
「皆、休憩しながらでいいので聞いていい?あの吹雪を操る者をどう思ったか。」
「あの吹雪からはすさまじい魔力を感じました。あんな魔力感じた事はありません。」
エマが真っ先に意見を述べ、フィーナがそれに続く。
「アニエス様ならご存知でしょうが、試練の迷宮だけではなくルーゼン王国全土でもあんな魔物が出現したという報告は聞いた事がありません。恐らく北方に棲むモンスターの類だとは思いますが。」
ちなみにルーゼン王国は南国である。
「吹雪を吹かすだけの姿も見せない臆病な魔物ですぜ!大した事ありませんよ!」
トッドが携帯食の干し肉を食べながらそう言い放つ。
(ちっ!人の気も知らねえであの脳筋が。どんだけ手加減してやったと思ってんだ。)
ジグが影でアニエスを見守りながら悪態をつく。
(ジグ、私に不可視化魔法かけて。)
(どうしたミルム?気配断ちは得意だろ?かけなくてもバレやしねぇって。)
実際ミルムの気配断ちはかなりの腕前で、ミルムがその気になれば、ジグも探索魔法を使わないと認識出来ない程だった。
(あの戦士殺してくる。不可視化魔法は念の為。)
(怖っ!淡々と言うなよ!てかなんでミルムの方がキレてんの?)
(…冗談。)
(ったく、笑えねーんだよミルムの冗談。…本当に冗談だよね?)
ジグとミルムが下らないやり取りとは裏腹に、アニエス側ではエマとトッドの本気の言い争いが始まっていた。
「だからトッド、あの吹雪はただの吹雪じゃないのよ!あんたには分からないだろうけど!」
エマがトッドに食って掛かる。
実際にジグの吹雪をマジックバリアで受け止めたエマはその恐ろしさを肌で感じているようだ。
「知るか!事実ダメージは受けてねぇだろ!」
「それは、そうだけど!」
そのやりとりを聞いてアニエスは考え込む。実は先程の攻防にアニエスはかなり違和感を感じていた。
(確かにトッドの言う通りだわ、こちらに被害はなかった。
なぜ?それは単純に向こうが攻撃してこなかったから。あの吹雪は凄まじかったけど、攻撃性はなかった。私がファイアーブレードで反撃しても。まさかあの吹雪しか使えない?でもあれ程の魔力の持ち主がそれはあり得ない。あの吹雪の中に鋭利な氷のナイフを少し混ぜるだけでいいんだから…。じゃあ、なぜ攻撃してこなかった?)
「私達を傷つけたくなかった!?」
アニエスの唐突な発言にフィーナ達の視線が集まる。
「アニエス様?」
「もしかして我々を追い返すのが目的だった?なぜ?どういう理由が?」
「姫?どうしたんですかぃ!?」
「皆、念の為聞くんだけど、あの吹雪を操る魔物を視認できた者はいる?」
アニエスの問いに皆首を振る。
「そうよね、ねぇ皆。…そもそも、あれは魔物だったの?」
この発言に一番驚いたのはジグとミルムだった。
(鋭い。)
(…何か雲行きが怪しくなってきたな。)
ジグとミルムは集中して聞き耳を立てる。
「アニエス様、まさかあれは人間だと?確かに吹雪だけで姿は確認できませんでしたが…。」
フィーナがアニエスに尋ねる。
さすがにこの考えはフィーナにはなかった。
「分からない、でもあれは一切攻撃はしてこなかった。吹雪は凄まじかったけど、こちらに被害はない。」
「どういう事ですかい、姫。」
「あの吹雪は、私達を追い返す事が目的だったっんじゃないかって事、そう考えると私達が撤退する素振りを見せた途端に吹雪が弱まってあっさり退く事に成功したのにも説明がつくわ。」
(弱めた事気づかれてた?くそ、そんなあからさまにやったか俺?)
「吹雪が弱まった?申し訳ございません、私には分かりませんでしたが…。でも確かにアニエス様がファイアーブレードを放っても一切反撃してくる素振りはなかった。普通の魔物の反応ではありませんね。そもそも吹雪を操る魔物なんてルーゼン王国では一度も確認されていない、このタイミングで急に現れるなんて正直考えにくい。という事はあれが人間の魔法使いだったというのも可能性としては…!」
フィーナも考え込んでいる。一般的に魔物は好戦的である。多少大人しい魔物もいるが、こちらが攻撃すれば逃げるか反撃してくるのが普通だった。しかし今回はどちらにも当てはまらない。ずっと吹雪を吹かせていただけだ。
「成人の儀式は暗殺の温床、私も狙われている可能性が高いわ。だからこれ以上進むなって警告してる様な気がしたの…。味方かは分からないけど少なくとも敵ではないのかも。」
(やっぱ狙われってるって分かってたのかよ!だったら早く帰れ!)
思わずジグが突っ込むと同時に、エマが叫ぶように反論する。
「しかしあの吹雪の使い手からは膨大な魔力を感じました。あれは人間では…、人間だとしたら化け物です!」
「全部憶測よ、私もあれが人間だとは思いたくないわ。」
アニエスは苦笑いを浮かべながらエマの意見に賛同する。
(なんか腹立ってきた…。誰が化け物だよ、好き勝手言いやがって。やっぱり多少痛めつけるべきだったか。)
ジグはアニエス達の話しを聞いて後悔の念が湧いてくる。
(ジグは何だかんだで優しいから。でも姫さんすごい洞察力。ジグ、全部見抜かれてる。)
(…言うなって。今すげぇ恥ずいんだからよ…。)
「要はあれは敵じゃねぇって事ですかい!?だったら強行突破しちまいましょうよ!」
いきなりトッドがガバっと立ち上がり、斧を構え叫ぶ。
(余計な事言ってんじゃねー!脳筋馬鹿戦士!姫さんの話聞いてたのかよ!これ以上進むなっ!)
思わずジグの、感情が爆発する。
正直その選択が一番ジグにとって厄介だった。
アニエス達が覚悟を決めて強行突破してきたら本当に痛めつけて追い返すしかなくなる。
下の階層に刺客が控えているこの状況でアニエス達に怪我をさせたくはなかったし、アニエス相手に正体を隠しつつ、追い返すのは正直かなり骨が折れる。
そもそもアニエス達は護衛対象である。
(ジグ、やっぱあの戦士殺してくる。)
ミルムは既にナイフを握りしめている。
(殺すな!でも痛めつけるとしたらあいつが最初だ。)
(仕方ない、それで我慢する。)
(くそっ、これどうなるんだ?二回戦本当にあるのか?)
アニエスのダンジョンにかける想いは既にある程度ジグも分かっていたため覚悟はしたが、アニエスが次に発した発言は意外なものだった。
「撤退します。あの吹雪の使い手が何者なのかは分からないけど脅威である事に変わりはないわ。悔しいけど私達より強い事も。」
アニエスは唇を噛み締めていた。
フィーナ達は当然ジグ以上に皆アニエスのダンジョンへの想いは知っている。だから皆少なからず沈痛な表情をしていた。
その空気を振り払う様にアニエスは突如声を上げる。
「でも皆。聞いて!!」
「私今日でダンジョン探索は最初で最後って決めてた!でも私やっぱりダンジョンが好き!今日でこの想いは断ち切るつもりだったけど…あはっ、無理みたい。」
「アニエス様?」
フィーナが心配そうに声を上げる。
「私は間違っていた、一度決めた事を覆すのは嫌いなんだけど…。」
そして少し間を置いてアニエスは声高らかに宣言した。
「私は冒険者兼、国王になる!」




