第8話:収穫祭クエスト インフィートの名物を調査せよ 初日C
「あー……まだなんか生くせぇ……」
地下ダンジョンで生命のドラマの真っただ中に飛び込んでしまい、子持ち昆布状態にされてしまった俺は、インフィート名物、岩盤壺風呂に浸かりに来ている。
ギルド移転に合わせて新設された、直営の新しい風呂場は、前のそれに比べてずっと明るく、清潔で、色々と便利な造りになっていた。
以前はお湯入れから温度調節から何から全部自分でやらなければならなかったが、この新施設は、予め丁度いい温度になった湯が出る給水口が各岩盤壺に設置されている。
そこの仕切り版を抜けば、自分の入浴スペースに湯が注がれるというわけだ。
あらまあ便利。
「あぁ~……生き返るっス……」
「インフィートはこれがいいよな~」
俺の隣の岩壺ではミコトが、その隣ではマービーが気持ちよさそうな声を上げている。
うん……。
施設は新しくなっても混浴だもんね……。
まあ、全員夏に買った水着を着ているので、ここに卑猥は一切ない。
あ、でもマービーの黒い水着は結構エロい。
比較的大きく、それでいて良く締った尻の露出度が結構高くて……。
おっと……いかんいかん……。
ふと視線を横に移すと、ミコトが凄い目力で俺を見つめていた。
いや、誤解だミコト。
男は美しい肉体を無視できないんだ。
そんな弁明を込めた目で見つめ返すも、彼女はマナティの顔真似をし始めた。
いや、ちょっと待て。
流石にクエストの真っ最中にマナティの生態の実演講義はやめとこうよ……。
「なあ、この岩盤壺風呂ってインフィートにしかないじゃんか。これ収穫祭で使えねぇかな?」
俺とミコトが目と目で合体バトルフォーメーションを議論していると、マービーがなんと無しに呟いた。
「岩盤持っていくのが難しいだろ」
と、至極真っ当なツッコミを入れてみる。
一人用の岩盤壺のスペースだけでも恐らく数トンはあるだろう。
そんなものを運べる輸送手段は、この世界には無いに等しい。
「いや、違う違う。岩盤壺風呂をそのまま持って行けって言ってんじゃねぇよ。この岩のプレートに穴を掘って、そこに熱いものを注ぐっていうアイデアを使えねぇかって」
「あー! なるほど! 料理のお皿とかに使うんスね? いいアイデアだと思うっスよ!」
ほほう……。
その発想は無かったな……。
確かに、天然石プレートを用いた料理の盛り付けや、調理法は存在する。
元の世界では、ちょっとオシャレな肉料理店なんかに行くと、ウッドプレートや天然石プレートに乗った肉が運ばれてきたもんだ。
保温性に優れる岩盤のプレートは、焼き物や揚げ物と相性がいいに違いない。
あ! そう言えばこの街って岩塩も採れるんだっけ!?
岩塩プレート料理なんかもいいなぁ……。
「この街って石炭も取れるっスから、高火力の料理もお手の物っスよ。ハマダイの丸揚げ餡掛けとかどうっスか? 多分コイより美味しいっスよ」
「岩盤プレートに窪み掘って、魚とか野菜並べて、それを下から加熱しながら食うなんてのも趣きあるよな。」
「なんか飯の話してたら腹減ってきたぜ。そろそろ上がって飯にしようや」
食前の料理ブレインストーミングで胃袋を温めた俺達は、ギルド支部に設けられた会議スペースへと急いだ。
/////////////////
奇遇にも、会議スペースにはメンバーが揃っていた。
それも丁度皆夕食前。
せっかくなので、初日の振り返りも兼ねた会議メシと洒落込むことにする。
「簡単なものっスけど……」と、ミコトは釣ってきた魚をぶつ切りにし、簡単なタレに漬けると、ナッツ粉とパン粉で包んで揚げ始めた。
俺はその間、チーズを土鍋に入れ、召喚したカセットコンロで焙る。
魚のナッツ揚げのチーズフォンデュというわけだ。
揚がった魚をざっくばらんに皿に盛り、会議室の円卓の中央に、チーズ鍋と並べて配膳した。
シャウト先輩が知らない間に買って来てくれていたパンを主食に、皆で円卓を囲む。
「相変わらずクソうめぇなお前んとこの飯は……」
チーズ滴るハマダイのフライをいち早く頬張りながら、シャウト先輩が呟く。
エドワーズ達も旨い旨いと言いながら、魚にがっついている。
「お前ら、進捗の方はどうだ?」
「新名物なんすけど、インフィートの周辺には竹林が多いらしくて、食える種類も多いらしいっすよ。明日はちょっと竹藪こいできます」
と、エドワーズが言う。
竹かぁ……。
タケノコやネマガリタケが採れるかもしれない。
メンマに加工できる種があれば、メニューの幅も広がりそうだ。
エドワーズに続き、今度はコモモ、サラナが口を開いた。
「新メニュー開発は順調ですよ! キノコはかなり種類豊富ですし、この魚があれば、もっといろんなメニューが作れそうです」
「さっきマービーに教えてもらった木の実や、ミコトちゃんが言ってる岩盤プレート、岩塩を使った料理も今度試してみるね」
インフィートは木の街ゆえに、キノコ類が非常に豊富だ。
20種を超えるキノコが自生したり、栽培されたりしている。
神樹の栄養で育まれたそれは、他の産地に比べてもずば抜けて旨いらしい。
これは収穫祭において、かなりの強みになるだろう。
ただ、長らく配給経済を取っていたことから、私設農家が極めて少ないため、十分な量を確保できるかが課題とのことである。
「んで、ユウイチはどうだ?」
先輩が俺の方を向く。
「えーっと。インフィート下の湿原の魚は、今の季節食えたもんじゃないですね。ただ、地下ダンジョンの魚……。つまり今食ってるコレなんすけど、こっちは今が旬なんで、食材としてはバッチリかと」
しかし、極めて深いあの湖で、安定して、かつ継続可能な手段で魚を漁獲する方法については、要検討であると付け加えた。
俺が教えた方法で魚を採りつくすような事態になったら後味悪いしね……。
「先輩の方はどうっスか?」
ミコトが尋ねる。
先輩は少し気まずそうに頭を掻いた。
「それがよ……実は全然進んでねぇんだ。サステナはいい職人集めてくれてんだが、アタシは総合計画なんざ初体験だし、職人らも、やぐらとか屋台の設営が初めての奴が多くてな。出来ることと出来ないことを見極めなきゃ前に進めなさそうだ」
「それじゃあ魚の漁法を確立出来たら、俺らが先輩のフォローに回りますよ」
「ああ、悪いな」
その後、互いのクエスト中にあった出来事をアレコレと話し合っていると、サステナが様子を見にやって来た。
ちょうど魚が全部なくなったタイミングで……。
彼女は「えー! 私も食べたかったです!」と頬を軽く膨らませた後、俺達の席に加わる。
先輩から一通りの報告を聞いた後、彼女は嬉しそうに微笑み、俺達のクエストに沿った人員を追加で割り当ててくれる旨を話した。
エドワーズには、竹の伐採、収穫で生計を立てている林業専門の長耳族たち。
料理チームには、キノコ農家や、専門家、それに加えて岩盤加工のスペシャリストたる、ドワーフの石切職人も充ててくれるらしい。
先輩の元にはしばらくの間サステナが常駐し、一緒に祭りの総合企画を練ることになった。
そして、俺達には……。
「ごめんなさい……この街には漁業に詳しい人がいなくて……」
と、人員補充に待ったをかけられてしまった。
一応、縄職人など、漁に応用できそうな職人は一定数いるとのことなので、折り合いがつき次第、人を送ってくれるとは言っているが……。
もうしばらく、3人で漁法を検討しておいてほしいとのことである。
まあ予想はしていたが……。
若干の不安を残しつつ、クエストの初日が終わった。
/////////////////
その夜……。
結局、夜の合体フォーメーション・マナティーは実行に移された。





