第46話:大討伐クエスト! 邪神教徒のリーダーを討て!
瘴気の煙幕に囲まれた俺達。
不意を突いて襲い掛かってくる槍の恐怖に、散らばったまま皆動くことができない。
俺はオートガードがあるおかげで一応動けるのだが、何の対策なしに動き回ったところで、いたずらに魔力を消耗させられるだけである。
「ん~……? ここかなぁ?」
俺とユーリくんの間に、槍が3本突き出てきた。
思わず後ずさると、今度は背後から槍が飛び出してくる。
オートガードが弾いてくれるが、その衝撃で俺は軽くふらつく。
次はその足元から槍が生える。
それを間一髪躱し、飛行スキルの形質変化を活用して音を殺しつつ体勢を立て直した。
(音……だよな……)
敵はこの煙幕の中で、音を頼りに俺達を補足している。
腰を抜かして固まっているユーリくんには一撃も来ず。
ミコトが咳と嗚咽で2発、コトノさんが羽ばたこうとして1発食らって気を失い、それ以降一度も狙われていないことからも明らかだろう。
それから専ら狙われているのは俺だ。
逆にこの状況はありがたい。
ここは一つ、カッコいいところ見せてやろうじゃないか……。
俺はポーチから一枚の干物をそっと取り出し、口に咥え、モシャモシャと咀嚼した。
濃厚なコチのうま味が口いっぱいに広がる。
同時に、左手の指輪に緑色の光のラインが伸び始めた。
指輪のおかげで気づいたのだが、多くの魚には、魔力回復効果や、ステータスを上昇させる効果があるのだ。
例えば、今俺が口にしたヨロイゴチには、魔力の回復効果と補助魔法を増幅する作用がある。
今のところ、保冷庫にあった魚や、近場で釣れる魚でしか試していないが、他の種でも何らかの効果があるに違いない。
ギルドの食堂で出される料理にもバフ効果があるのだから当然と言えば当然なのだが、まさか普通に釣った魚食うだけでこんなにパワーアップできるとは思ってもいなかった。
時間制限があるので、むやみやたらに食えばいいというものでもないが……。
「ん~……みんな死んじゃったかなぁ?」
すぐ傍で敵の声が聞こえる。
俺達が誰も動かないのを不思議に思い、近寄ってきたらしい。
これは好機……!
感知スキルを発動させ、敵の位置を探る。
敵は、俺達を覆った煙幕の外周をグルグルと回りながら、攻撃の機会を伺っているようだ。
(……テレポート!!)
敵が俺から一番離れた瞬間、俺は煙幕の上空20mあたりまで一気にテレポートした。
同時に双剣を抜き、敵めがけて切りかかる。
「ん~……やるぅ」
眼下の敵が俺の方を見上げ、手に持った槍をスッと横に構え、防御の姿勢をとった。
俺はそこに切りかかると見せかけ、直前でテレポート。
敵の後ろに回り込み、双剣の連撃を叩き込ん……!
ガキン!
俺のサイドスイングは地面から出現した槍の束に遮られた。
「ん~……すごいよ君。驚いたなぁ」
槍の盾の向こうから聞こえる、間延びした敵の声。
黒いローブに銀の刺繍糸で形作られた邪神教の紋様。
そして、以前インフィートで暗躍していた敵のリーダーが付けていたアクセサリーがいくつか……。
こいつがあの連中のボスか!
「お前がこの事件の首謀者だな!? 何を企んでる!」
双剣の構えは解かず、大声で問いかける。
「ん~……? 私は魔封結界破壊以上の目的はないよぉ。人さらいや強盗の目的は彼らに聞いてねぇ~」
「……? どういうことだ! 」
「ん~……私は自由放任主義なんだよぉ。魔封結界破壊さえやってくれたら後は皆が好きにすればいいと思ってるんだぁ」
い……意味が分からん!
こいつはリーダーだが、魔封結界を破壊すること以外にはノータッチ?
んじゃアイツらは……?
「ん~……ただの山賊だよぉ。ちょうどいいコマになると思ってスカウトしたんだぁ。思ったより役に立たなかったけどねぇ。全く……せっかくアターが率いてた連中の残党が暴れてるタイミングに合わせたのに、食べ物だ女だと欲を出して見つかっちゃうんだもんなぁ」
あーもういい!
とりあえずこいつは悪人には違いねぇし、生粋の邪神教徒だ!
討つ!!
早くコイツ倒してみんなをデイスに運んでやらないと……。
刺撃を2発食らい、瘴気に晒されているミコトと傷ついたコトノさんが心配だ……。
「ん~……そう簡単にはやられないよぉ」
敵は俺の斬撃をヒラリと躱し、四方八方から槍を突き出してくる。
受けられるものは双剣で弾き、それでも防ぎきれないものはオートガードで弾く。
今度は俺がフロロバインドを放つが、拘束対抗魔法で打ち消されてしまう。
同時に敵を囲うように召喚したナイロンケージは、火炎を帯びた槍の切っ先にあっさりと切り裂かれてしまった。
今度は敵の突撃を、俺が剣で、ワイヤーで防ぐ……。
ヨロイゴチのおかげで、かなり余裕をもって戦えている。
しかし……俺の攻撃が当たらない。
ここはもう一ついくか……!
「テレポート!」
一旦敵から大きく距離を取る。
「ん~……? いいところだったのに逃げちゃうのぉ?」
と首を傾げている。
へへっ……目にモノ見せてやる!
俺はポーチから取り出した唐揚げを口に放り込む。
ミントティーで一気に流し込むと、指輪に青く光るラインが出現した。
体が一気に軽くなる。
離れた分の距離を、テレポートで詰め、同時に飛行スキルを発動。
宙を舞いながら、敵めがけ高速で切りかかった。
先ほどまでは、早すぎて残像しか捕えられなかった敵の動きが、今度ははっきりと見える。
「ぜやああああ!!」
「ん~!!」
俺の斬撃を回避しようと体を捻った敵に、もう一方の剣を叩き込んだ。
……浅い!
しかし間違いなく敵の身体を捉えた!
直前まで余裕綽々だった敵が、初めて表情を変えた気がした。
見たか!
トビバス料理はスピード増幅だ!
ジョブスキルと相成って、俺の速度は格段に上昇している。
「ん……ん~……驚いたねぇ……。ちょっと不利かも……」
「せりゃあああ!!」
もはやおしゃべりは無用。
情け無用。
この勢いで押し切る!
俺の斬撃が幾度も敵に命中する。
相手は手槍で双剣を防ごうとするが、俺の方が速い。
片方の斬撃が止められても、もう一方で確実に肉体を斬る。
その度に、今まででは考えられないような嗚咽を上げ、後退していく敵。
召喚術で俺の背後を突こうにも、オートガードがそれを許さない。
バフがかかった強固なそれは、もはや衝撃の一つも俺の身体に到達させない。
形勢は完全に俺に傾ききっていた。
指輪のおかげで突然の魔力切れも心配無用。
将棋で言えば、もう幾度も王手をかけ、相手はコマを消耗しながら、王を逃がし続けているような状況だった。
「せやああああ!!」
「んっはあああああ!!」
とうとう、俺の双剣が敵の胸をX字に切り裂いた。
悲鳴と共に血しぶきがあがり、敵の全身を覆っていたローブがはらりと解け落ちた。
「ん~……ここまでかぁ……」
「お前……!」
黒いローブに隠されていたその姿は、18にも満たないであろう、色白な少女だった。
「ん~……残念……」
彼女はそう言うと、自分の胸に槍を突き立てた。
俺は思わずその槍を掴んだが、既に遅し。
槍の切っ先は彼女の胸を深々と貫いていた。
「ん~……ふふっ……触ったね」
激しく血を吐きながら、彼女はそう言って笑った。
突然、彼女の全身から黒い霧のようなものが噴き出し、それは漆黒の槍に姿を変えて、俺に襲い掛かってきた。
あまりにも急な出来事だったので、俺は全く反応ができず、その黒槍をモロに食らってしまった。
そして……。
黒い槍は靄のように姿を消した……。
「あれ……?」
俺は自分の全身をくまなく触れまくったが、何の変化もなかった。
な……何だったの?
俺が困惑している間に、街から大挙してやって来た冒険者達が次々とフラウンド森林に向かって行く。
俺達の目的と共に、いよいよ大討伐クエストも終結の時を迎えようとしていた。





