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第39話:ボニート川のコイ釣り




 ボニート川で最も栄えている種の一つはボニートゴイだろう。

 大体どこにでもいて、下水の流れ込む汚水処理水域でも平然と泳いでいる。

 デイスの噴水広場の池にいる個体群は街の人々に可愛がられているし、生活水路に住む個体群は生ごみを食べてくれるそうだ。

 俺の家に引き込んである水路にもよく現れ、ミコトに可愛がられている。


大きい個体は1mを越えるが、釣れるアベレージサイズは50㎝弱の個体が多い。

 簡単な仕掛けで釣れるし、難しいテクニックも不要なので、初心者が釣りを始めるには丁度いいターゲットと言えるだろう



「お……お願いします!」


「「「「「お願いします!」」」」」



 気合の入った声がボニート川の河原にこだました。

 まさか本当に全員来るとは……。



 デイスを襲った邪神教徒の撃退戦で共に戦った6人の新米冒険者たち。

 流布されまくった俺のあらぬ風説を信じ込んだ彼らは、俺に誘われるがまま、釣具を買いそろえて並んでいる。

 洒落のつもりだったんだけどなぁ……。

 コイ用の釣り竿は新米の稼ぎじゃ安くない出費だろうに……。


 今回は俺もこの世界の竿と仕掛けを使う。

 釣りを教えるのに、俺だけ元の世界のそれを使っては意味がないからな……。

 この世界の釣り竿の主流は頑丈な竹に針金のガイドが並び、リールの代わりに4本の太い針金の糸巻きがセットされた、和竿スタイルである。


 糸は麻糸を束ねたもの、釣り針は鉄を曲げてヤスリで磨いたシンプルな環付きのものだ。

 江戸時代に日本で使われていたものに酷似しているのだが、これは時空を超えたシンクロニシティというやつだろうか……。

 釣り針を道糸に直結し、そこに小麦粉とサナギ粉で作った練り餌を付ける。

 シンプル過ぎるが、ボニートゴイ相手ならこの程度で良い。


 ひとまずお手本とばかりに仕掛けを投入し、魚信を待つ。

 すると、辺りを泳いでいた中型の個体が、水面に浮く練り餌目がけてスイスイと泳いできたかと思うと、ポコッと音を立てて吸い込んだ。

 すぐにアワセを入れると、竹竿がミシミシと音を立てて胴からひん曲がった。



「ほら! 掛かったぞ!」



 振り返ると、新米君たちはそんな俺の様子を固唾をのんで見守っている。

 そんな張りつめた空気作らないでくれよ!

 緊張するよ!


 絶対にバラせない空気の中で、俺はゆっくりと糸を手繰り、鯉を寄せた。

 無論、タモ網などという便利グッズはこの世界にはない。

 手鉤をエラ蓋に打ち、魚体を河原にずり上げた。

 サイズは40㎝程度。

 大きくはないが、食べごろだ。



「うわー! 凄いです!」



 釣り上げた魚を囲い、口々に賞賛の声を上げる新米君たち。

 なんかむず痒い……。



「釣ったら、こうやってエラをちぎり、腹を切って内臓を取り出すんだ。川魚はこれをやる、やらないで全然味が違うからな」



 そう言いつつ、俺はコイを〆る。

 内臓を破らないように捌いたそれを、水を張った鉄バケツに放り込んだ。

 血で水が赤く染まれば、水を代える。

 野ゴイを美味しく食べるなら、この工程は絶対に外してはいけないのだ。



「うっ!!」



 突然、水色髪の女の子が蹲った。

 え!? 何!



「……すみません……この間の光景が……ちょっと蘇りまして……」



 口に手を当て、咳き込む少女。

 穀物農家の四女だった彼女は、冒険者になるまで血もまともに見たことがなかったらしく、それでいて人間を斬ってしまったことで、血や臓物への猛烈な拒絶反応と嫌悪感を抱えてしまったらしい。

 うん……分かるよその気持ち……。


 一先ず彼女が落ち着くまで待ち、釣りを再開した。

 今度は新米君たち6人が釣る番だ。

 釣り竿を握ったことがある子は誰もいないらしく、皆、糸絡みに悩まされたり、思ったところに仕掛けを投入できなくてやきもきしている。


 そんな中、真っ先にヒットさせたのはあの水色髪ちゃんだった。

 思いのほか強い引きに驚きつつ、俺が教えた通り、ゆっくりと着実に糸を手繰り寄せ、糸巻きに巻いていく。

 防衛戦の時にも思ったが、この子は要領が良い。

 対人戦未経験で、あの乱戦の中、的確に敵を突き倒せたのだから大したものだ。

 適性を知らなかったとはいえ、ジョブスキルの知力ブースト付きでも初戦でボコボコにされた俺とは大違いである。



「……む……無理です!!」



 突然、彼女が弱音を吐き始めた。

 見れば手足が震え、何かが喉元まで込み上げてきている様子である。

 「私が釣り上げたら……また血が……命が……!」

 などと、咳き込みつつ叫んでいる。

 今にも竿を手放してしまいそうだ。

あれ……。

ヤバいかなこれ……。

 竿を代わってあげようかと、一歩踏み出しかけた時、彼女の手を長髪くんが掴んだ。



「ダメだ! ここで負けるんじゃない!」


「で……でも私……!」


「先輩が命のやり取りを学べる場を作ってくれたんだ……! その想いに応えるんだ!」


「……うん……分かった! 私、頑張ってみる!!」



 と、何やら盛り上がっている。

 いやその……俺そんな崇高な理念で呼んだわけじゃないんだけど……。

 他の4人も熱い眼差しを送っていて、冷めたことを言える雰囲気でもない。


 とりあえずクールな笑顔を作り、「君たちが俺の意図を理解してくれて鼻が高いよ」という雰囲気を出しつつ、彼らにどんな言葉を吐くべきか悩んでいると、水面を割って大鯉が現れた。

 おお! 俺が釣ったのよりだいぶデカいぞ!


 急いで手鉤を手渡しに行く。

 俺が差し出したそれを、彼女は一瞬戸惑うような表情を見せた後、俺の顔を真っ直ぐに見据え、一度頷いてからしっかりと受け取って見せた。

 こんなドラマチックなランディングギア手渡し初めて見た……。



「はあああ!!」



 という勇ましい掛け声とともに振り下ろされたそれは、コイの頭に見事ヒットした。

 後は皆で手伝いつつ、そのコイを河原にずり上げる。



「すぅ……はぁ……」



 水色髪ちゃんは大きく深呼吸した後、コイのエラをむしり取り、ナイフで腹を切り裂いた。

 ビクンビクンと痙攣し、血を流すコイのワタに一瞬たじろいだが、キッと目つきを変え、それをしっかりと取り、野鯉の下処理を見事完了させた。

 60㎝級のいいサイズだ。



「やったじゃんか!」


「凄いです!」



 仲間たちが彼女を褒め称える。

 彼女は、はぁはぁと肩で息をしつつ、仕留めた獲物を眺めている。



「お見事」



 俺も素直に褒める。

 初経験で、しかも扱いの難しい釣具で大物を釣り上げたのだから立派なものだ。



「先輩……ありがとうございます! 私……少し自信が湧いてきました!」


「そりゃよかった。 ほら! まだ日は高いんだ。皆も釣った釣った!」



 誤解とはいえ、彼女が何か壁を越えられたようで良かった。

 格言の類は思い浮かばなかったので、とりあえず皆に釣りを再開するように言っておいた。




////////////////////




「おっ! みんな釣ってるっスね!」



 日が傾き始めた頃、ミコトが河原にやって来た。

 その背には、巨大な鉄鍋が乗っている。

 前々から試してみたかった鯉料理があったそうで、その材料と、必要な器具を買い揃えに行っていたのだ。。

 ミコトは河原の石を並べ、簡易的なかまどを作り、そこへ大鍋を乗せる。

「ちょっと一瞬失礼っス」

 と言ってテレポートし、今度は木の大樽を抱えて現れた。

 結構な重さらしく、ぜぇぜぇと息を上がらせている。

 聞けば、ランプレイ方面産の食用油だそうだ。


 デイス周辺では、菜種油が主流で、明かりと需要を食い合うことから、どうにも高価になりやすい。

 一方でランプレイ山脈の方面、すなわち大陸西のさらに西端では、コーンの生産が盛んで、安価で高品質な食用油が多量に生産されている。


 これまでは流通路の安全性と、重量に対する収益性の低さから、少量がバーナクルから大陸中央に輸送されるだけだったのだが、エドワーズ達が数か月にわたってキャラバン護衛をしてくれたおかげで交易ルートの安全性が向上し、油の出荷量が増加。

 大陸中央へ運ぶ便に積み切れない程の在庫が生じたことで、デイスへも出荷されるようになったそうだ。

ギルドの食堂のメニューに揚げ物がやたら増えていたが、そんなカラクリがあったのか。

 しかしエドワーズの奴大活躍じゃん。

 それで俺に良いとこ取られてるとかよく言うぜ……。




「最近美味しい油が安くなったって聞いて、この料理試してみたくなったんスよね~」




 そう言いながら、鍋に油を注ぐミコト。

 危なっかしいので、俺も手伝う。

 飛行スキルの形質変化を用いれば、数十キロあると思われる大樽も軽々持ち上げられるのだ。


 中から出て来るのは淡い黄色に澄んだ油。

 フレッシュで良い香りだ。

 

 火を焚き、油を加熱する。

 その間に彼女は俺達が釣ったコイに下ごしらえをし始めた。


 バケツに収まった中型のコイ6匹を掴み上げると、丸ままのコイの鱗を取り、側面に切れ込みを等間隔に入れる。

 しっかりと塩コショウをして、身に味を付ける。

 そこに片栗粉と小麦粉をたっぷりとまぶして、加熱された油に投入した。

 ジュワ! と良い音が上がり、油の池を鯉が泳いだ。


 その間に、ミコトは水色髪ちゃんが釣り上げた大鯉の頭を落とし、手際よく三枚おろしにしていく。

 皮を引き、一口サイズの刺身にすると、ボウルにそれを入れ、ウォーターショットとアイスショットで作った氷水の中で洗いにする。

 身が白く締ったところで竹ざるに打ち上げた。


そうこうしている間に、今度は大鍋のコイがふわりと浮かび上がってきた。

ミコトはそのコイを鍋の上にかけた金網にそれを打ち上げ、薪を減らして火を弱める。

 今度は低温の油にコイを投入し、じっくりと二度揚げしていく。



「凄い手際……」



 昨日泣いていた青髪眼鏡の魔導士の少女がミコトの動きに目を見張っている。

 「実は冒険者になったばっかの頃は魚の三枚おろしも満足に出来なかったんだぞ」

 と教えると、尚更びっくりしていた。


 俺達がそんな話をしている間にも、ミコトはもう一つの鉄鍋を取り出し、そこで餡を作り始めた。

 根菜と食用竹、キノコを炒め、ごま油と魚醤で味をつけ、水溶き片栗粉でとろみをつけていく。

 いよいよ人間離れした手際になってきたな……。

 いや、まあ人間じゃないんだけどさ……。


 餡が出来上がるころ、ミコトは俺にテーブルと皿の召喚を頼んできた。

 俺は慌ててキャンプ用テーブルと、40㎝の金属皿を召喚した。

 俺が持つ皿に、揚がった熱々のコイが乗せられる。

 テーブルに並べたコイの揚げ物に、今度は熱々の餡がかけられると、「ジュウウウ!」と小気味のいい音と共に、いい匂いが辺りに広がった。



「ふぅ……。昔、レシピ本で見てから、ずっとやってみたかったんスよこれ! どうぞ熱々のウチに食べてほしいっス! あ、あとこの洗いはレモンでどうぞっス」



 ちょっといい飯屋でもなかなか出ないような料理が外で出され、新米君たちは大層驚いた様子だ。



「ほら、早く食べなよ。君らの獲物だ」



 俺が勧めると、彼らは恐る恐るコイの揚げ餡掛けにフォークを伸ばした。

 「ザク!」といい音が鳴る。

 カラリと良い感じに揚がっているようだ。

 真っ先に噛り付いた長髪くんは「旨いっす!!」と声を上げた。

 貧乏農家の出身で、家を追い出されてからこれまで随分苦労してきたらしい格闘家くんは、軽く涙ぐんでいた。


 俺も一口齧れば、香ばしい風味と鯉の力強いうま味が口いっぱいに広がった。

 釣りたてをしっかり下処理したおかげか、臭みはほぼ無い。

 サクサクフワフワの身が餡の甘辛い味とよく合っている。

 二度揚げしたおかげで骨まで食えるようだ。


 洗いも絶品だ。

 レモンによって際立つのは、鯉のうま味。

 微かにある臭みも、レモンの風味が打ち消してくれている。

 旨い……。

 旨いよコレ!




////////////////////



 小一時間とかからず、テーブルの上の皿は綺麗さっぱり空っぽになった。

 食後の紅茶を飲みつつ、彼らの身の上話や冒険者になった理由などを聞かせてもらう。

 いよいよ日が落ち、そろそろ帰ろうかというところで、何か締めの一言をとミコトに頼まれた。

 俺そんな良いこと言えないんだけどなぁ……。

 と、言いつつ、実は先ほどからずっと考えていたセリフを口にする。



「釣りは良いだろ。釣ることも、釣った魚を食べることも、心を豊かにしてくれる。君たちがこれからどんな方向を目指すのかは俺がどうこう言うことじゃないが、まずはちゃんと生き残って、自分や仲間たちの人生を豊かに、幸せにすることを考えることが大切だよ。できる範囲でクエストを受ける、適度に身と心を休ませる。俺から君らに言えるアドバイスはこれくらいだ」



 まあ、このくらいは言っておいた方がいいだろう。

 シャウト先輩やホッツ先輩、頑張り屋のエドワーズ達でさえ、出来るクエストは見極めるし、ちゃんと休んでいる。

 無茶をして潰れていく、時に死んでいく先輩や同期は何度も見てきたしね……。


 「あとこれ、今週のご飯代にでもするっス」とミコトが彼らに小包をそれぞれ手渡した。

 中には銀貨が5枚

 釣り竿代を差し引いても、半分以上は残るだろう。

 安いギルドの食堂を利用すれば、5~7日間くらいの食費になる。



「先輩……! ありがとうございます!」



 喜ぶ新米君たち。

 俺も……ホッツ先輩やシャウト先輩みたいないい先輩になれるかな……?

 彼らの笑顔を見ていると、何かと目にかけてくれる先輩達の気持ちが少し分かったような気がした。


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