第27話:デイスを目指して 3日目
早朝。
俺が砦の周りをぐるりと飛行し、感知スキルを研ぎ澄まして地上を睨む。
魔物や肉食動物の気配はない。
「大丈夫そうですよ」
「よし、んじゃ出発だ。堀に落ちんなよ」
夏の朝特有の瑞々しい大気を頬に感じながら、俺達は砦跡を経った。
俺の背中に括りつけられたハスヤガラの頭がカラカラと小気味よい音を立てている。
人っ子一人いない廃道では、ちょうどいい賑やかしだ。
ところで、今日から俺とミコトが引くリヤカーに乗客ができた。
「キュ!キュウ!」
タマタマがリヤカーの荷台で立ち上がり、進行方向を指さすようなポーズをとっている。
何だ何だ車掌気分かこの白玉。
それを、ほっこりとした表情で眺めるミコト。
前見て歩かないと危ないぞ~と、言おうとした瞬間、石に躓き、盛大にズッコケた。
無論、共に引いている俺諸共である。
「痛って~っス……」
「キュ! キュキュ!!」
「あはは……そんな舐めなくても大丈夫っスよ~。心配してくれたんスねぇ~。いい子っス」
コケたミコトの掌をペロペロと舐めるタマタマ。
何だこの白玉あざといぞ……。
今度は俺の方に寄ってきたかと思うと
「キュッ……」
と笑い声のような短い声を発し、プイと背を向けて荷台に戻ってしまった。
こ……このタマ畜生……!
「タヌマジロは賢いからな。自分を食おうとしたヤツを警戒してんだよ」
と、シャウト先輩が笑っている。
いや、警戒してるとかそんなんじゃなかったろ今の!
完全に嘲笑いに来てたろ!
知能が高い哺乳類ってやつはどうも苦手だ……。
水族館でシロイルカに水吹き付けられて「ケタケタケタケタ!」と笑われた記憶が蘇り、微妙に胸糞悪い……。
「しかしまあ、今日は結構行程長いからな。足腰に怪我しねぇようにしろよ?」
先輩によれば、あと二日も歩けばデイスの街に着くらしい。
今日は10時間ほど歩いた先の古戦場跡をキャンプ地とし、翌日はそこから以前トビバスの件で訪れた村を経由してデイスの街に戻る段取りだ。
古戦場跡あたりからはもうオオカミの生息地を離れるので、砦などが無くとも安心して夜を越せるとのことだ。
確かにあの辺は何度か採取クエストで行ったことがある。
初心者パーティーが小型の獣を狩ったり、薬草や香草、木の実などを採取するのに選ばれる場所だ。
あそこまで10時間か……。
やっぱ飛行クジラって便利なんだな。
空行く飛行クジラやハーピイ達を見ながら、藪を切り開いて進む我らがプチキャラバン。
2時間ほど進んだあたりで、困った事態に直面してしまった。
ちょうど旧道の中間地点あたりのためか、石畳が無くなり、道しるべの大石「導石」でしか道が判別できなくなってしまったのだ。
進行速度はもはや昨日までの半分以下だ。
それどころか道が合っているのすら分からない。
コンパスがあっても、旧道が正確に描かれた地図が無いのだからどうしようもない。
「こりゃ……日が落ちるまでに古戦場跡まで着けねぇかもしれねぇぞ……」
先輩が弱音を吐き出したのは、日が真上から傾き出した頃だった。
実際、出発から7時間を過ぎても、行程の半分ちょっとしか進めていないのだ。
ミコトに空中から導石を探してもらうことで、だいぶ効率は上がったが、藪を切り続ける先輩、一人で数時間リヤカーを引く俺、そして飛び続けているミコト、その全員が確実に疲労を蓄えていた。
「うえっ……。雨降ってきやがったぞ」
とうとう夕日が地平線に沈みかけた頃、突然湧いた暗雲が、冷たい雨を降らせ始めた。
雷も鳴り始め、激しい雷雨になるのは秒読みだろう。
テントを張ろうにも、こんな藪のど真ん中では無理だ。
状況は最悪である。
「キュ! キュキュキュ!」
突然リヤカーの荷台から飛び降りたタマタマが、藪をかき分けて突っ走っていった。
「おっ! おい! タマタマ!」
「キュ!キュ!」
こっち、こっちとでも言っているかのような声が藪の向こうから聞こえてくる。
導石とは真逆の方向だが、何かを発見したらしい。
「あっ! 何か村みたいなのがあるっスよ!」
上空のミコトが指さす先に、明かりがいくつか見える。
ただ……なんかその明かり……変。
いや、松明の明かりなのだろうが、どこか妙な感じがする。
妖しげというか……。
「ああ!? こんなとこに村なんか聞いたことねぇぞ!?」
シャウト先輩も訝しんでいるが、タマタマが行ってしまったので追わざるを得ない。
藪を切り分けて行けば、木造の民家がいくつか並んだ村があった。
その全ての窓には明かりがつき、人影も見える。
「気をつけろ……賊や邪神教の隠れ里かもしれねぇ……」
こっそりと、村の様子を伺う。
民家の裏から耳を当てたり、集会所を探してみたりする。
妙なことに、話し声は全く聞こえない。
ふと、俺はあることに気が付いた。
それは全ての家が全く同じ形だとか、教会も、柵も、家畜の類も何もないこと以上の違和感。
井戸が無いのだ。
水源になりそうな水場はこの辺りにないのに……。
なぜ……?
「キュー! キュー!」
タマタマの鳴き声がしたので、その方へ向かう。
村のど真ん中で獣の声がしているのに、村には何の変化もない。
タマタマは、村の中心部にある妙なオブジェをクンクンと嗅いでいる。
パッと見、ハスの花の蕾のような物体だ。
何か……腐敗臭のような妙な匂を放っているが、タマタマにとっては夢中になるものなのかもしれない。
「おい! こんな変なもの嗅いじゃだめだろ!」
と、先輩がタマタマを抱き上げるが、タマタマは「キュー! キュー!」と恋しげに鳴く。
「とりあえずどっかの家に寄って、ここでテント張らせてくれって頼もうぜ」
先輩は泣き喚くタマタマをあやしつつ、近場の家へと歩いて行く。
それとほぼ同時に、「何なんスかねこれ?」と、ミコトがそれをツンツンと突いた。
突然、世界が揺れ始めた。
比喩ではない。
立っていられない程の振動に、俺は思わず地面に這いつくばった。
「ぐあああああ!!」
シャウト先輩の悲鳴が聞こえ、その方を向くと、家から飛び出した無数の触手が、先輩の体をグルグルに絡み取っている。
地面の揺れはますます激しくなり、空が閉じていく……。
俺達はわけが分からないまま、漆黒の闇の中へ落ちていった。