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第12話:ヘリング高地の異変




 エドワーズ達を宿まで送った後、俺たちは一旦ギルド本部へ戻った。

 特に何か用事があるわけでもないが、夕飯を奢ってもらいながら挨拶もなしに帰宅するというのはどうかと思ったのだ。

 扉をくぐれば先ほどと変わらず、いつもの席に座っているホッツ先輩の姿があった。

 ホッツ先輩の隣にはシャウト先輩を始めとする腕利きの冒険者たち、そしてギルドの運営さん達が随分真剣な顔で話し合っている。

 「お先帰ります」の一言がどうにも出てこず、入口付近でウロウロしていると、ふとシャウト先輩と目が合った。



「おい! そこのキングフィッシュ! ちょっと面貸せ!」


「はっ! はいぃ……」



 どうやらまだ家に帰れる感じではなさそうである。

 俺たちはビクビクしつつ、実力者揃いのテーブルについた。

 うう……なんか凄い圧迫感……。

 ミコトも先輩達の迫力に圧され、俺の隣でプルプルしている。



「ちょっと大陸西方で厄介なことがあってな」



 ホッツ先輩が口を開く。

 あれだけ酒をがぶ飲みしたにも関わらず真面目な口調で話すあたり、よほどの問題が起きたのだろう。



「さっきエドワーズから聞きました。リトルオークが出たらしいっすね」


「ああ、だがそれは問題の一側面に過ぎないんだ」


「一側面……?」


「先日お前が遭遇した西血みどろヒグマは元々平原西方にしか生息していない種でな。それがここ数か月のうちに平原中央~東部に次々出没している。討伐クエストも随分増えちまった」


「ひえぇ……。あんなのがこの近辺に出て来るって言うんスか……?」


「熊だけじゃありませんよ。ユウイチさんが釣って帰ってきたトビバスも元来西にしか生息しない種なんです。そしてリトルオークは平原西方のさらに奥、へリング高原にしか縄張りを持たないはずだったんですが……」


「まあアレだ、生態系の乱れってやつだな。今上がった奴ら以外にも色んな生物、魔物が西から登って来てやがる。こりゃ西で何かが起きてるに違いねぇってわけだ」



 受付のお姉さんが、俺が以前提出した報告書を捲りながら話し、シャウト先輩がそれを補足する。

 シャウト先輩ガラ悪いけど意外と知的……。

 そんな憧れを込めた目で見つめていると「なにチラチラ見てんだオラァ!?」と凄まれてしまった。

 なんでこんなガラ悪いのこの人!?



「ゴホン……。それで、何が起きているのかを調査してほしいという依頼が国から来ていてな。今その依頼を発注するメンバーを選別してるんだ」


「俺達は行かないっすよ?」

「っスよ?」



 先輩の目線から嫌な予感を感じ取ったので、先手を打って辞退させてもらった。

 レアスキルである飛行スキルとテレポートスキルを併せ持つギルドメンバーは数少ない。

 それに加えて探知スキル、オートガードスキルを持つ者となると、俺とミコトしかいないのだ。

 調査や偵察とあれば俺達ほどスキルに恵まれている者はいないだろう。

 決して自惚れているわけではなく、これまで調査、偵察クエストが来る度に何度も言われたことだ。

 魚に関するもの以外は全て丁重に断ってきたが……。



「んだとコラァ!?」


「ひいいい!!」



 突然立ち上がったシャウト先輩が凄い勢いで胸倉を掴んできた。

 いや、こんな怒るようなことか!?

 ホッツ先輩とギルド運営の人たちが彼女を止めてくれたが、2、3発は殴られそうな勢いだった。

 シャウト先輩は「ケッ……。風に当たってくらぁ」と言い残し、飛行甲板へ上がっていった。

 こ……怖かった……!



「全くアイツは喧嘩っ早くていかんな……。しかしユウイチ、この依頼はお前にも利益があるんだぞ?」


「利益ですか? 死ぬほど怖い目に遭う未来しか思い浮かばないんすけど……」


「へリング高地に向かう途中のギルド西拠点はリトルオークに破壊されちまった。となると、飛行クジラで一旦バーナクルへ向かうことになるな」


「バーナクル!? マジっすか!?」



 バーナクルはここらで最大の港町だ。

 この世界に来てから海の魚を釣ったことがないので、一度は行ってみたかった。

 しかし陸路ではかなり遠く、運賃もかなり割高であることから、なかなかいくことが叶わなかったのだ。



「国からの調査クエストは1週間分の旅費が出る。調査する時間を差し引いても港で釣りをしたり、海産物を思う存分食うくらいは出来るだろうが……。まあ他のパーティーに頼むとするか……」


「行きます行かせてください!!」

「っス!!」



 鼻先にニンジンをぶら下げられた馬と同じく、鼻先に魚をぶら下げられた釣り人はその誘惑から逃れることは出来ないのである。

 「よっしゃ! じゃあ俺は寝てくるわ!」と言い残し、ホッツ先輩は去って行った。

 ギルド運営の人たちも事務所に引っ込んでいき、俺たちはその場にポツンと残された。




///////////////////////////




「やっべー……。どうしよ……」


「完全に勢いで承諾しちゃったっスよ……」



 小一時間後、すっかり人気の引いた食堂で俺たちは頭を抱えていた。

 釣りと食い物の魅力に負け、即答してしまったはいいが、へリング高地は西血みどろヒグマを始めとする危険な猛獣、魔物の生息地で、本来なら死んでも行きたくない地域であった。

 しかし今更断るわけにもいかない。

 何せ国からの依頼である。

 「やっぱりやめます」は俺個人ではなく、国からこの街のギルドへの信頼をも低下させてしまう。

 となると、もうやるしかないのだ



「一応飛行する危険生物は居ないって書いてるっスね……」



 ミコトがギルドの発刊しているマップでへリング高地、へリング森林の生物を調べている。

 血みどろヒグマ、穴掘りオオカミが危険な猛獣、リトルオーク、ゴブリンが魔物の代表例である。

 ゴブリンはともかく、それ以外の連中はどれもこれも危険度Bである。

 特にリトルオークは群れるので、戦いを避けられない事態となればまず助からないだろう。

 貧弱な俺達にとって何より肝心なのは、とにかく地上に降りず、空からの調査偵察を心がけることだ。

 まあ、防具くらいは新調しておこう。

 そんなことを考えつつ、何か腹に入れようと深夜のメニュー表を眺めていると、背後から声をかけられた。



「おうオメーら。クエスト受ける気になったらしいじゃねぇか」


「ひぃ! シャウト先輩!」


「ひぃって何だコラ。そんなに怖がることあんのか?」



 「マスター!イチゴミルクくれ!」と叫ぶと、俺の隣にドカッと座ってきた。

 案外可愛いもの頼むんだな……。



「しかしオメーらアタシの推薦を一回でも蹴るたあいい度胸してやがるじゃねぇか? オォ?」


「えぇ!?」


「何驚いてんだ。何の関係もない奴呼ぶわけねぇだろ。オメーらには丁度いい修行になると思ってな」



 運ばれてきたイチゴミルクをグビグビと飲みながら笑って見せるシャウト先輩。



「ユウイチ。お前温泉でゴブリン相手に面白い戦い方したらしいじゃねぇか? ちょっと見せてみろよ」



 一体どうやって知ったのか、盗人ゴブリン戦の錘召喚を見せろと迫ってくる先輩。

 断るのも怖いので、テーブルの上にスパイク錘を召喚してみせた。



「これを召喚と同時に飛ばしてゴブリンの頭にぶつけました。あとは上空に召喚した錘で脳天叩き割りましたね」



 空中に天秤を出現させるイメージで釣具召喚を行うと、ゴト!と音を立て、天秤がテーブルに落下してきた。



「ほう……。なかなかのレベルじゃねぇか。お前これ出来るか?」



 そう言うと先輩はイチゴミルクが入っていたグラスに手をかざした。

 直後、それを取り囲むように細い糸が出現し、グラスに絡みついた!

 すげぇ!?



「え!? なんスかこれ!?」



 ミコトも感嘆の声を上げる。



「召喚術の応用だ。敵を縛る形に糸を召喚して拘束する。使えるようになったら便利だぜ。ちょっと試しにやってみろよ。お前確か透明な糸みたいなもん出せただろ」



 そんな応用術があったとは……。

 しかし、確かにこれを使いこなせたら相当便利だろう。

 特に釣り糸は現代技術の結晶の一つ。

 強度や透明度においてこの世界のあらゆる繊維を超越した存在である。

 人の捕縛、魔物や猛獣の足止め等に有用だろう。

 その気になれば細いPEラインで首を絞めたり、切り落としたりも出来るだろうが……正直それは避けたい。

試しに、目の前にナイロン20号のラインを1m分ほど召喚してみる。

 太く、いかにも頑丈なラインが目の前にポトリと落ちてきた。



「そうそうコレだ。相変わらず訳分からねぇ硬さしてんな。こいつをあのコップに巻き付けてみな」



 シャウト先輩に言われるがまま、コップに向かって釣り糸を召喚する。

 だが、それはコップの周りに輪を描いて落ちてしまった。



「だぁ! 惜しいじゃねぇか! 重要なのはイメージだ。目の前の物を拘束するイメージをはっきりと描きながらこうやるんだ!」



 シャウト先輩のグラスに再び糸がピシリと絡みついた。

 イメージ……イメージかぁ……。

 拘束と言えば、亀の甲を模した拘束技法……。亀甲縛りという奴だ。

 ミコトはあまり好きではないということで封印したが、悪党や魔物相手にはやっても構うまい。

 目の前のグラスを亀甲縛りにするイメージを湧き上がらせ、右手に力を込めていく。

 あれ……? でも亀甲縛りにするならシャウト先輩みたいな気の強い女の人の方が似合うかも……。

 仮に彼女を縛るなら、釣り糸よりバケツ用のナイロンロープとかの方が危なくないよな……?

 そんな雑念が俺の脳裏をかすめた瞬間、隣で「きゃあ!?」という可愛らしい悲鳴が上がった。

 驚いてシャウト先輩の方を見ると、太い緑色のナイロンロープが彼女を亀甲型に縛めていた。



「お……! オイてめぇ!! これ……どういうことだ!?」



 羞恥なのか、怒りなのか、顔を真っ赤に染めてこちらを睨みつけてくるシャウト先輩。

 ち……違……俺そんなんじゃ……!!

 いや、そんなんだったけど!

 思わず俺は右手に力を込める。

 すると、彼女を縛るロープがグッと締まった。



「ひゃあん!! このエロスケベ野郎……!!」



 彼女の周囲の大気がバチバチと音を立て始めた。

 あ、やべぇ……。

 ミコトに目線で助けを求めたが、彼女はムスッと膨れた顔でこちらを静観していた。

 ええ……これ浮気判定……?

 そう思った瞬間、「エレキショック!!」という叫び声と共に眩い閃光が走り、俺の意識は途絶えた。


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