第11話:温泉帰りの報告ごと
俺達を乗せた飛行クジラは温かい上昇気流を受け、ゆっくりと離陸する。
飛行甲板の作業員が帽子を振って見送ってくれた。
いやはや、いい温泉旅行……いや、温泉調査クエストだった。
宿の温泉、立ち寄り湯の温泉、温泉湖、足湯、地熱を用いた岩盤浴で死ぬほどリフレッシュし、身も心もツヤツヤのテカテカである。
マリクイアゴダイも大小5匹確保し、自分たちと先輩達へのお土産もバッチリだ。
エドワーズ達にはマリバナナをひと房買っておいた。
ギルドに戻ったらハーピィ便で西方のクエスト拠点に送ってやろう。
ホッツ先輩の依頼文通り、俺は立ち寄った温泉の入り心地やサービス等をギルド公式報告書へ事細かに記録していく。
今日は気流も穏やかで揺れが少ないため、本部到着までに書き上げられるだろう。
ミコトは出発前に名物をしこたま食べて腹が膨れたせいか、俺の肩に頭を預けてスースーと鼻息を立てている。
彼女の髪からはほんのりと甘い果実のような匂いが漂ってきて、何だか俺まで眠ってしまいそうだ。
出会った日のコイツは風呂に一か月に一度しか入らない汚天使だったのだが、もはやそれは過去の話。
今は人一倍体の清潔さに気を遣ってくれている。
女の子は恋をすると綺麗になるというが、あの俗説が言っているのは詰まるところこういうところだろう。
「想いを寄せる人に臭いと思われたくない、汚いと思われたくない、綺麗と思われたい、皆に自慢できる存在でありたい、そう言った想いが乙女を美しくしていくの」
エドワーズのパーティーメンバーの一人がそんなクサいことを言っていたのを思い出す。
そういえばあの子達いつも身なり綺麗に整えてたっけ。
エドワーズの野郎無駄に人望あるな……。
俺にハーレムの野望はないが、なんかちょっと悔しい。
バナナ送るの辞めようかな……。
そんなことを考えていると、見慣れた城壁都市が遥か彼方の地平線から現れる。
飛行クジラは「ブシュー」とガスを吹き、夕日に照らされたギルド本部飛行甲板へゆっくりと接岸した。
今日はやけに飛行クジラの数が多いが、近々大規模クエストでもあるのだろうか……?
牧歌的なカトラス飛行甲板とは真逆の、忙しなく走り回るギルドの飛行甲板作業員を横目に見ながら、俺はギルド本部へと繋がる階段を下っていった。
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「おお! ユウイチ! こっち来い! 飯奢るぜ!」
夕食時でごった返すギルド食堂で酒樽ジョッキ片手に俺達を呼ぶ声がする。
まあ、声で分かるがホッツ先輩だ。
ギルド名物突貫イノシシのチーズステーキに並ぶ列をかき分けていくと、いつも彼が陣取っている大時計前の席に行きついた。
既に彼の周りは酔い潰された新人冒険者で死屍累々である。
自前で時計を持っていない新人は必ずこの大時計を見に来る。
すると必ずホッツ先輩と目が合い、飯を奢ってやるからと無理矢理同席させられ、このような状態にされてしまうのだ。
俺の一つ上、同い年、一つ下、さらに下……。
酔い潰された連中とは皆若干面識があった。
あ~あ……。この子最近冒険者になったばっかりなのに……。
赤ら顔の生ける屍達を床に寝かしてやり、俺たちは先輩の向かいの席に並んで座る。
「温泉調査はどうだった?」
「最高っス! めっちゃリフレッシュ出来たっス!」
ミコトが食い気味に返事をする。
ホッツ先輩はそんなミコトの様子に「そうかそうかワハハハハ!」と豪快に笑って見せる。
一しきり笑うと、今度は俺の方を向き、やや真剣な表情で報告書を出すように言ってきた。
お、珍しく真面目モード。
ふざけた先輩だが、クエストに関しては至って真剣。
そこが彼の素晴らしいところだ。
俺の報告書をゆっくりと読み進めていくホッツ先輩。
あの眉の様子を見るに、今回の報告書は彼のお眼鏡に適っているようだ。
「ふむふむ……。期待通り、いや期待の1.5倍くらいに様々な所を調査してくれたな。置いてある石鹸の質まで普通は報告しねぇぞ」
「まあちょっと気になったので……」
「しかしこれなら観光局も納得してくれるだろう。いい報告をありがとうな。お前に任せて正解だったぜ」
温泉調査とは一見ただのプレゼントに思えるが、なんとコレ、国の観光局が不定期で行う国内観光地の抜き打ち調査だったのである。
観光産業にも力を入れるこの国において、観光地の質の維持は大きな課題だ。
しかし役人が動けば嗅ぎつけられるし、汚職に繋がる危険性もある。
そこでギルドを介して金に無頓着そうな冒険者へ依頼を出すことになり、ホッツ先輩にお鉢が回ってきたそうだ。
しかしホッツ先輩は金だけでなく観光や温泉にもあまり興味が無いので、ちょうど怪我をしていた俺達に白羽の矢を立てたらしい。
「これで国にお前の名前がちょっとは知れたな! ガハハ!」と笑う先輩。
あ、この流れは……と思うまでもなく、「祝い酒」と称する大酒樽ジョッキがテーブルに運ばれてきたのだった。
少しばかりうんざりしながらそれを持ち上げ、ホッツ先輩のジョッキにぶつける。
ミコトが渡してくれた酔いを和らげるハーブを口に含み、意を決してグビッとやろうとした時、飛行甲板の方で大きな声が上がった。
「ん? 何だ?」
先輩が立ち上がり、目を凝らしている。
やがて突然目をカっと見開いたかと思うと、大急ぎでその騒ぎの元へ走っていった。
俺も慌てて後を追う。
すっかり短くなったチーズステーキの列を横断すると、飛行甲板へ続く階段から、包帯まみれの冒険者達がゾロゾロと降りてくるのが見えた。
中には木と布で作られた即席担架に乗せられ、苦しそうに呻き声を上げている者もいる。
そしてその中に、俺は見知った4人組がいることに気が付いた。
「エドワーズ!」
俺の姿を見ると、彼は安心しきった顔で歩いてきた。
心なしか、フラフラしている。
彼が連れ歩いている3人の娘も同じく弱々しい足取りだ。
「ユウイチ……酷い目に遭ったぜ……」
彼はそう言ってドサッと椅子に腰かける。
近くで見ると彼の体は至る所に傷があり、額にも大きな傷がつけられていた。
裂けた肉の跡が痛々しい。
魔法使いの少女、コモモは頬をザックリと切られ。
格闘家の少女、マービーは脇腹に包帯を幾重にも巻いている。
薬師見習いのサラナは右肩に大きな打撲痕が残っていた。
そこ以外にも皆全身傷だらけで、まさに這う這うの体で帰還した様子である。
何があったのかと聞けば、西方に出現したのはゴブリンではなくリトルオークの群れで、ゴブリンのそれを遥かに上回るパワーと魔力にクエスト参加者はメタメタにやられ、拠点も手ひどく破壊されてしまったそうだ。
異名持ちの冒険者が数人いたので撤退には成功したが、けが人を多数出してしまったとのことである。
突発緊急クエスト恒例の討伐対象見間違いである。
近場ならいざ知らず、西の外れともなれば事前に偵察を送り込む余裕も無い。
完全に運が無かったと言えるだろう。
「とりあえず元気出せよ」とマリバナナの房を渡し、町医者のいる宿まで送ってやった。
傷だらけの彼らの前ではおくびにも出せなかったが、俺は彼らが傷だらけとはいえ生きて帰ってきたことに、心底胸を撫でおろしていた。
「明日ウチで生還祝いやらないっスか!?」
と、ミコトがマリクイアゴダイの入ったクーラーボックスを指さしながら言った。





