その背に背負うもの
前日の土手走りが結局終わらなかったため、今日はマラソンからスタートとなった。
レギュラー組などは早々にクリアするも1年のほとんどを中心に、へばってしまう部員が多かったため、この日の練習は各自の判断に任せ自主練となった。
昨日は結局、飯塚しか対戦しなかったため、折角ということで誠がフリーバッティングのバッティングピッチャーをすることになった。
プロの球が打てるということで部員全員がこぞって希望したため一人一打席交代となったが一打席程度で打てる筈もなく、全員がただの扇風機になっただけで練習にならなかった為、一通り回ったところでアンダーは封印となった。
――まあたとえ打てるようになったとしても全国どこを探しても――プロを含め――150kmアンダーなど存在しない以上、あまり意味が無いと言えなくもない。
ただオーバーで投げても140㎞越えの直球など、完全に超高校級ということで、なかなか快音が響くことはなく果たしてバッティング練習としていいのかと思わなくもないが、部員たちとかなえさんが大変満足気だったので誠としても深くは考えないことにした。
それから数日が過ぎたが、誠の周りは至って平穏だった。誠としてはキングとして騒がれることも覚悟していただけに拍子抜けと言った感じであった。
……流石に自意識過剰か。
自分がスター、などと言うつもりはないがここまで何もないと、単なる色モノと思われていただけなのかなと落ち込みそうになる。
――勿論、これは部員たちが気を使って緘口令を敷いた結果なのだが、知らぬは本人ばかりということである。
一番大きく変わったことと言えば――
「太田さん、今日は学食っすか? 俺、先に行って席取っとくっすね」
と、舎弟の様になってしまった、飯塚だろうか。
クラスでは真面目な暗い奴との認識をされている誠が飯塚を従える様子は、若干奇異にうつったがそれ以外に関しては、別段変化がなかった為、首を傾げる程度でみんなの話題にあがるほどではなかった。
その日は、連絡があるということで練習の前に全員が集められた。主将に対し半円を描くように広がり、静かに待つ。
「HRで聞いたと思うが、来週の月曜日は近隣校合同の総合体育大会だ。野球部は隣の城西高校のグラウンドで試合をすることになった。当日は、朝に一旦ここに集合し自転車で移動することになる。
また、当日は午前午後に一試合ずつの二試合行うことになる。交流戦ということでメンバー制限交代制限はないから1年を含め、全員いつ出番が回ってもいいようにしっかり用意すること。以上」
「「はいっ!!」」
元気よく返事をする。特に1年生の多くはこれがデビュー戦になるということで気合いが入っているように見える。
「……あっ、太田、忘れないうちにお前の背番号も渡しておく、流石に一番は譲ることは出来ないから、かんべんな」
そう言って主将により渡された背番号を受け取る誠。そこには『28』の文字があった。
もしやと思って見回すと「頑張りました~」とでも言いたげに胸の前でこぶしをつくり、満面の笑みをたたえるかなえと苦笑する主将――そして端の方で丸くなる背番号『54』だった。
……だめでしょ、かなえさん。
明らかに『54』の人から奪ったと思われる『28』を手にしながら、途方に暮れる。
現役時代の背番号にわざわざ合わせてくれたのだろう。
これと言って思い入れのあるものではなかったが、今さらここでいらないと言う訳にもいかない。素直に、ありがとうございます、とだけ言っておく。
しかし部員達にとっては違うのか、28を手にする誠を感慨深げに見る者も多い。
「……太田がいるなら、俺ら無敵じゃね」
「あほ、そんな太田に頼りっきりなんて駄目に決まってんだろ」
「そうそう。日程によったら2日続けてってこともざらにあんだし」
「ああ、太田なしでも勝ってこそ俺たちの勝利だろ」
言葉とは裏腹に、嬉しさが隠し切れない様子の部員たち。特に2、3年生は去年が初戦敗退なだけに今年にかける思いも大きい。
――今年の夏を思い描き、目標を新たに前を向く
「すまないが、今のところ僕は試合に出るつもりはありませんよ」
ふと、思い出しかの様に誠は言った。
誠自身狙ったわけではないが、皆が内に思いを馳せ、場が静かであったためにその発言は大きく響いた。
「えっ!? いや……あれか、プロ規定か何かか? ほら選手がコーチしたらダメとかみたいな」
「いや、そういったことではありません。……あくまでも僕個人の思いです」
「だったらっ! いや、なんで?」
部員たちは驚きで困惑した。俺に投げさせろ、エースにしろと言った王様発言は予想していたが、全く逆の意見など想像もしていなかった。
「……俺たちみたいな下手な奴とは一緒に出来ないってことか?」
絞り出すように言われた一人の部員の言葉に全員の視線が誠に集まる。
「いえ、とんでもない。皆さんと野球ができる今の状況、僕にとって掛替えのないものです。僕が投げないのは、自分が高校野球に相応しくないからです」
一度言葉を切り、全員を見渡し、そして続ける。
「僕は決して力不足、戦力外で解雇になったわけではありませんし、今でも十分プロで通用すると思っています。僕のストレートは去年首位打者の柊さんでさえ空振りにさせ、アウトコースのシンカーは手が出ない程でした。そんな人間が高校球児の舞台に土足で上がることなど出来ません。
勿論、ずっと何て言うつもりもありません。球児たちの思いを蹂躙しても尚勝ちたいと、そう思ったなら、例えエースであってもマウンドから引きずり下ろします。
……だから、我が儘だとは思いますが、待っていて貰えませんか」
自分の正直な気持ちを伝え頭を下げる。キングとは決別し新たな野球人生を踏み出したとはいえ、全てが無かったことになる訳ではない。
「分かった。君の意見を尊重しよう。……勿論、練習には協力してくれるんだろう」
「ええ、それは勿論」
部員全員を代表しそういってくれた主将に感謝が絶えない。
「最高のピッチャーがバッティング練習に協力してくれるんだ、これで甲子園行けなかったら全員土手100周だかんな!」
「「おおぉぉぉ!」」
思うところもあるだろうに、主将のその言葉に迷いなく応える部員達。
自分の納得のいく範囲で今出来ることを精一杯しよう。誠はそう心を新たにした。
――その後、力が入りすぎた誠は奪三振の山を築くことになったが、まあ、仕方がないだろう。
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