精霊に出会う
そこは六角柱のような形をしており、内部は壁に沿って幅1メートル程の木の足場が六方に組まれ、中央には六角形に切り取られた湖面が波を寄せている。
不思議と水自体が光っているようで、室内に光源は無いが仄明るく、全体を見渡すことが可能だ。
薄青い光に下から照らされた司祭は、陽光の下よりも得体が知れなく感じられてならない。
「…美しい場所ですわね。」
居心地が悪いとは思うが、それでも演技を崩すわけにもいかない。誰にもばれないこと、それは必須条件なのだ。
ましてやこの司祭、国王から直々に任命されてこの神殿を取り仕切っている。もし私が演技をしていたとばれ、能力的に恵まれていると知られてしまったら妾の地位はおろか妃にも、と望まれうる。
何も自慢ではない、私は妾の中で、実家の地位は第二位としても血統は一流なのだから。優秀な血統を王家に取り入れようとするのは当然のことであろう。
「そうでしょう。…ここは湖に住まう精霊と会うための部屋。そのお陰か、何故だかはわからないのですが、このように他の場所では見られない水の輝きに満ちているのです。」
「美しい場所だとは思いますけれど、少し華やかさが足りないのではなくて?この神殿は陛下のものでしょう、みすぼらしいのはおかしいわ。」
この、真っ白な空間をみすぼらしいと言ってのける私に、さすがの司祭も苦笑した。
殺風景と見えるこの部屋だが、それを構成するのは神殿の大部分と同じく白木。最高峰の魔術結界や、何やら精霊術も掛けられていることからしても、この部屋は国でも屈指の動かぬ宝、ということである。
「この湖の精霊は慎ましやかなものを好むのですよ。白も精霊が好む色です。」
「そうなの…質素な精霊なのね。」
言いながら嘲笑を浮かべることも忘れない。
私は実質この湖の精霊に喧嘩を売っていると同義であるが、この場はもとよりこの近くにも精霊の気配は無い。もし精霊がいたら、私がこう言った時点で怒りを買って殺されても文句は言えまい。精霊はヒトよりもずっと感情に豊かであるから。
「…しかし、なぜこの場所に来ようと思ったのですかな?」
不意に尋ねた司祭の顔は横目に見ても明らかな好意に満ちていて、どうにも落ち着かない。
そこから目をそらすように滑らかな水面を覗きこみ、私は口を開く。
「さっきも言ったでしょう。私が入れない場所は無いはず。部屋にいるのも飽きてしまったから、神殿の中を全部見て回ろうと思ったのよ。最上階も確か入れないと聞いたけれど、入ってもいいわよね?」
室内に興味を失った、と私は司祭を振り返る。
見るべきところは見た。魔術式も、複雑ではあったが母から教わったものにいくつかの改変を加えただけのようである。…この結界も、母がかけたのかもしれない。
「ええ、どうぞ。…さて、それでは精霊に会うとしましょうか。」
「…え?」
司祭が何事か――耳が慣れていないため聞き取れたのは断片にすぎないが、恐らくこれは偉大なる古語――を囁いた途端に、水面が静かに盛り上がった。
湖の水を固めた様な色味の、林檎ほどの大きさであったそれは、徐々に徐々に細長く、大きくなり、最終的には完全にヒト型となった。鈍色をしていた全身が、突然色彩を得る。透き通る水の髪に、青白い肌。白目のない宝石のような深い青の瞳。
ただ、背丈は子どもと似た様なものである。体のバランスは大人であるので、作り物めいた容貌も相俟って精巧な人形のような印象を抱かせる。
「貴方に会いたいとせがまれましてね…わたくしと契約を結んでくれている、水の精霊です。こことは別の泉を住処としていますが、この湖と繋がっているのでよくこちらに遊びに来るのですよ。」
二の句が継げず絶句している私を微笑ましそうに見つめて、司祭は彼女を紹介した。
彼女である――女性形の精霊だ。
私が、山を駆け回っている時に出会った低位精霊は皆不定形であったのに対し、こちらは明らかに上位精霊。この司祭はどうやら、精霊術師として破格であるようだ。
「見えるのでしょう?」
確信に満ちた言葉に、ハッとなる。
上位精霊で人の形がとれるとは言えど、人間とは存在自体が違う。それを感知できるのは、その身に流れる力が一定以上の者だけ。
ここでしらを切ってもいいが、それには精霊と見つめ合い過ぎた。何より、精霊自身にこうも嬉しそうに見つめ返されてはどうしようもない。無視して殺されては元も子もないのだから。
「…ええ。」
どうやって挽回しようか、と考えあぐねていると、司祭がこらえきれないとばかりについに噴き出した。
「っく、ははは!いや、失敬。貴方を困らせるつもりは無かったのですよ。ただ、どこまでも見事に演じ切られるものですから…つい遊びたくなってしまいまして。」
「…どういうことですの?遊ぶ?…私で、遊んだというのですか?」
険を増して尋ねても、司祭はどこ吹く風で笑い続ける。
どうも、バレバレである気も、ばらしても大丈夫な気もするが、用心するに越したことは無い。
「大丈夫、わたくしは貴方の味方です。勝手に味方になっているだけですので信用はされないと思いますが…王に何を報告するつもりもありません。ただ、貴方は精霊術師の素質があると彼女から聞きまして。是非、会いたいと思っていたのですよ。」
彼女、と司祭が手で示したのは件の精霊である。いまだに熱視線を私に送って来ているが、どうしろというのか。
ともかく、そう言われてハイそうですか、と信用する馬鹿はいない。
仮に本当に味方であるとしても、自身でも言っているように信用されないのが前提であるのだから、それはつまり私が勝手に演技し続けても怒りはしない、ということと判断する。
「まあ、私に精霊術師の素質が?それは素晴らしいわ。私、魔術も武術も教師が無能なせいでうまく扱えないのだけれど、こうして精霊が見えるということは精霊術はうまく出来るということでしょう?」
自分の母と父を指して無能とは酷い言い草である。恐らく国一の使い手と評しても不足は無い二人であるのに、だ。
さすがに、父母とも知り合いであろう司祭は眉を顰めるかとも思ったが、それすら可笑しそうに腹を抱えるのだから大したものだ。
「あくまでそうし続けるのならば、それもまたよろしいでしょう。…ええ、わたくしも精霊術師のはしくれであれば、貴方様のお力の片鱗を感じることが出来ます。貴方は恐らく、わたくしなどよりももっと素晴らしい術師になるに違いありません。」
「それは嬉しいことね。陛下は、力のある者がお好きですもの。…けれど、私、それなら完璧に精霊術が使えるようになってから陛下にお見せしたいわ。その方が驚かれるし、喜ばれるでしょう?」
もっとも、精霊術が完璧に使える頃には私は後宮にいる予定ではないが。
私の目的をどこまで知っているのか、司祭は少しばかり考え込むようにした後、快く頷いた。
「それでは、時期が来たら再びこの神殿にいらっしゃるとよろしいでしょう。今回は療養のための滞在。そう時間がとれるわけではありません。」
また機会を改めて、不肖のわたくしが貴方様にお教えいたします、と司祭は微笑んだ。
本当に、どこまで私の意図するところを知っているのか。精霊術のなせる業かは知らないが、私が晴れて自由の身になった後に精霊術を師事したいと考えているとわかっているような口ぶりである。
己に好都合なことばかりが恐ろしいが、もともと知識を得ることが好きな私は、精霊術も会得できるものならしたいと願ってしまうのだ。
「そうね、ではまたお願いするわ。」
自由になった後の楽しみがまた一つ増えた、と、私は久方ぶりに作り物ではない心からの笑みを司祭に返した。
後々番外編で詳しく語られるかと思いますが、司祭様は精霊たちの好意的ストーカーにて姫君の情報を得ていましたので姫君のことは娘のように思っています。




