神殿は壮麗だった
真っ白な神殿は、この国でも珍しい白木で造られていた。石と同じくらい強度があり、石と同じく燃えにくく、石よりも軽い木。
ただ、汚れやすいのが難点である。その白木を贅沢に使って建てられた神殿は純白で、恐らく近付けば何らかの傷や汚れは見えるだろうが、さすが国王が管理すると言われる神殿である。
「ようこそいらっしゃいました、ヴィオランジェン・ウーラ・フィオグレス様。鈍色の精霊が貴方様に良き水を注がんことを。」
「…ありがとうございます、司祭様。」
返答が数瞬遅れてしまったのは、普通にこの祝詞に対して返礼しようか迷ったからだ。
けれど、可哀想な姫君はこの神殿独自の祝詞を知らない。
けれど、私の周囲の人間は全員知っている。なぜならここは、国王直轄だから。
私の返事に目を一瞬見開いた司祭だったが、それでも特に忠言するでもなく柔和に微笑んだ。
本来ならば、ここでは「貴方にも清らかなる鈍色の光の祝福を。」と返すところなのである。
初日から愚鈍で馬鹿な小娘全開の私は、周囲の生温かい視線にも負けずに可愛らしく小首を傾げておいた。
あてがわれた部屋はそれはもう白木をふんだんに使った調度品でまとめられていた。良くも悪くも真白である。
部屋に入って早速、侍女を罵りながらお茶を入れさせ、荷物を持った下男を汚物を見るような目線で追い遣り、護衛騎士のなかでもお気に入りの2人だけには愛想を振りまいておく。
「リトリジット卿、ガーディナン卿、ご一緒にいかがかしら?」
侍女を弄りながら用意させたティーカップとお茶受けのクッキーを目の前に、護衛騎士として下男が室内にいる間ずっと立っていなければならない二人に問いかける。
すぐ傍の扉の外にも同じく護衛騎士が2人待機しているというのに、そちらは家位が下であるのでわざわざお茶に誘ったりはしない。
「いいえ、大変喜ばしいお申し出ですが、わたくしどもは護衛騎士。陛下の愛する方とお茶をご同伴するなど、不敬に当たります。」
当たり障りのない返答をするガーディナン卿だが、兜から覗くその瞳は「誰がこんな馬鹿女と一緒に茶を」、と雄弁に物語っている。
目は口ほどに物を言うとはこのことか。
はたして、私は陛下を盲目的に愛している女であるからして、不敬に当たると言われてしまったらそこは我慢をするのである。
優先順位を間違えてはいけない。
「そう…。残念だわ。……そこの家畜の匂いのする男。早く出ていきなさい、折角真っ白な部屋がお前の垢で汚れるでしょう。」
騎士二人にさも無念そうに溜息を吐いたその口で、下男を罵る。
本当は前々から言いたかったが、下男とは口をききたくもないので黙っていたけれどそれも限界、とばかりに手に持っていた扇で口元を抑えた。
さらにあからさまに手で匂いを払う仕草をすると、下男は恐縮してこけつまろびつ部屋から出ていった。
荷物は先程運びいれられたもので全てなので、問題は無い。
「それでは、我らもこれにて失礼いたします。」
「何かございましたらお呼びください。」
下男が出ていったと同時、リトリジット卿、ガーディナン卿が揃って騎士の礼をし、私はそれを残念そうに見送った。
室内に残ったのは、私と侍女3人である。
最初は物珍しく室内を眺めまわしつつお茶をすすりクッキーに手を伸ばしていたが、それもだいぶ暇になり、侍女たちも私の私物を粗方片付け終えている。このあたりで、新人いびりでもしておこうか。
茶器を置いたかすかな物音にびくりと反応を返す初々しい彼女は、男爵家令嬢である。
当家が侯爵家であるので、下も下。年齢は彼女の方が上であるが、どこか優しげで気弱な、男性からすればきっと守りたくなる性格をしている。
だからこそ、私の侍女苛めの標的にもなりやすいのだ。
「お前。そう、お前よ。何しているの?お茶がぬるいわ。それにも気付けないなんて侍女失格ね。」
今の今まで荷物を片付けており、かつ他にも侍女はいる。
それでも主である私に口答えは許されない。
「もっ、申し訳ございません!すぐに代わりを…ッ」
「いらないわ、お前の淹れたお茶は不味いもの。」
「…ッ…申し訳ありません…」
「口を開かないでくれる?声を聞くだけで胸糞悪くなるわ。」
前半の、お茶が不味いというのは本当である。侍女として新米であり仮にも貴族の令嬢であるからして、お茶の淹れ方は下手なのである。かくいう私も、知識として淹れ方は知っているが実際に美味しく入れられるのか、と訊かれれば答えは否だ。
後半の声を聞くだけで云々は嘘だが、彼女のことを毛嫌いしているのは本当である――可哀想な姫君が、であるが。
男性受けの良い同性を嫌うのは常識だ。
ふん、と鼻を鳴らしてから、手に持った扇ではたはたと己を煽ぐ。
「ああ、つまらないわ。陛下もご一緒にいらっしゃれば良かったのに。」
政務に忙しい国王が一緒に来るはずないだろう、との視線が侍女3人から注がれるが、独り言に忙しい私はそれに気付かない。
ぶつぶつと、お優しい陛下、私の体調を気遣ってこんな素敵なところで療養をしたらいい、だなんて…。でも陛下、私が王宮から居なくなってお寂しくないかしら?などと呟く。
むしろ厄介払いが出来て清々しているだろう、という空気が室内に滲み出ているが、それにも私は気付かない。何と言っても愚鈍だからである。
しかし、そのうち独り言にも飽きて、まだ一度案内されただけの神殿の中を散歩しようと試みる。
大体は頭の中に構造が入っているが、可哀想な姫君はそうではない。入ってはいけない場所すらわからないのだから――問題を起こすことはいとも簡単なのである。




